第264話 ファースト・コンタクト
「止めろ。……何かあるな」
車両が止められ、ロバートは目を細める。
「水路ですかね? 行ってみますか?」
「待て。先に周囲を確認してからだ」
車から降りたロバートたちは辺りを警戒しながらゆっくりと水路に近付いていく。M27 IARをローレディで構えながらだ。
時折忘れそうになるが、ここは地球と違ってファンタジー世界だ。
ゴブリンやオーガにワイバーンまで存在するのだから、ワニやカニやサメをもっと化け物にしたような人喰い生物がいないともかぎらない。
「頭が複数あるサメでもいたら厄介だからな……」
「ああそういう……」
将斗は嘆息した。珍しく慎重だと思っていたらこれだ。
とはいえ、アメリカ人はサメに妙なこだわりがある。
スコットもそのクチか、いつものように軽口を叩くことなくMk46Mod2を構えていた。
「
水路らしきものは幅二メートルくらいでU字型をしていた。深さはそれほどなく浅い。
今は精々大人の膝くらいの水深だ。泳ぐ魚の姿がいくらか見える。
「満潮だったら海から水がのぼってくるんでしょうね」
ジェームズが壁についた水の痕跡を眺めながら言った。
「なぁ、タウンゼント少佐。これは明らかに知的生命体が作ったものだよな?」
「古代人の遺したものとかでなければそうなるかと思われます」
もしも使われていなければ風化するなり砂に埋もれるなりしているはずだ。
見たところ、新しくはないがボロボロでもない。誰かが定期的にメンテナンスをしているのだろう。
とはいえ、辺りを見渡しても依然として街はおろか人の姿さえ見えてこない。
「人が暮らしてるなら綺麗すぎる気もするが……」
元が川かどうかはわからないが、生活排水で汚れている気配がないためどこか不思議に感じられる。
「……考えても仕方ない。行ってみるか。一旦車両を消すぞ」
とりあえず水路を辿ってみることにした。
「おっ」
しばらく行くと水門があった。今度こそ間違いなく人工物だ。
「こりゃ当たりかな」
ロバートが腕を組む。
石の枠に板をはめ込んだだけの単純なものだが、木製だからこそわかる。つい最近作られたものだと。
これで何かしらの知的生命体が存在することになる。南大陸人とのコンタクトだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
地球組が先頭に立ち、水門横の傾斜を乗り越えて奥を覗いてみた。
「ああ、なるほど……」
ジェームズが納得したような声を上げた。
広がっていたのは塩田だった。
「だから水が汚れていなかったんですね」
「うん、そこそこの規模だね。近くに街がありそうだ」
将斗の言葉にジェームズは頷く。
水門の向こう側では何十人かの男たちが、結晶となった塩をかき集めていた。
太陽光の熱のみによって塩の結晶を生産する
辺りを眺めながら歩いて行くと地球で言えば中東系――整った顔立ちの若い男たちだとわかる。その中のひとりと目が合った。
いよいよファーストコンタクトだ。
「おいマサト、お前が行け。得意だろ、
ロバートに背中を押された。
「えぇ……? えーっと、『こんにちは』?」
相手に先んじて挨拶すべし。
日本人の心が命ずるままに将斗は話しかけた。
実際、挨拶は大事である。古事記にもそう書かれている。
尚、当然のことながら、この地の言語など知らないため、彼の口から出たのは日本語だった。
外国人と見れば英語で話しかける日本人メンタリティからは逸脱している。さすがはサムライかニンジャの末裔である。
「??? どっこの人だぁ、あんたら?」
困惑交じりだが、意味は問題なく伝わってきた。
大陸を跨いでも脳内にインストールされた翻訳システムはしっかりと機能した。
たいしたものである。これだけで労力が大幅に削減される。
「ああ、すいません、こんにちは」
知らない言葉なのに自分の口から出て来る違和感を覚えつつ、将斗はなるべく友好的に見えるよう笑いかける。腰に佩いた刀のことは知らんぷりだ。
「おう、こんにちは。こんなところでどうしたぁ。なんだか見ない格好してるけんど?」
案の定、素性を訊ねられた。
少々警戒している気配がある。もしかすると盗賊で出るのだろうか。
いや、あり得る。工業化などまだまだ数百年は先の世界だ、塩は戦略物資と言っても過言ではない。
だとしたら、より一層の紳士的な対応が求められる。
向こうから見て、こちらは最低でも剣で武装しているのだから警戒されない方がおかしい。
「ええと……船でやって来たのですが、何分見知らぬ土地なもので……。街を探していて……」
適当に、それらしく喋った。
実際は数千メートルの高度からパラシュート降下してきたのだが、そんなことを言った日にはどうなるかわかったものではない。
正直は美徳とはかぎらないのだ。
「ああ、船で来たのかい。……おい、おまえ親方を呼んで来い」
「親方ー! 親方ぁ!! なんか船で人が来たってよーっ!!」
若者がもっと若い少年に命じると、彼は駆け出しながら叫ぶ。
すると、奥の方にいくつか並んでいる石を積んで作られた休憩小屋らしき場所から男が出てきた。
地球とは諸々が異なるのでわからないが、おそらく四十を過ぎたくらいに見える痩身の男だ。
日焼けが雰囲気を増しているのだろうが、生来の鋭さを感じる顔をしている。
将斗は男に軽く会釈した。
「お客人……と呼んで構わないのかな? はじめまして、こんなところに来られるとは珍しい」
男は相好を崩した。鋭い顔に似合わず声は低くない。
「して、船で来たわりには数が少ないようだが……」
視線からして近隣の国から来たとは思ってなさそうだ。
「あぁ、いや、あの……。恥ずかしながら故郷を追われた形になりまして……」
言葉に詰まってしまったが、身の恥として語ればそれらしく見えるかもしれない。
特に不審がられることもなかった。
「……それはそれは。見たところ名のある方とお見受けするが……」
一瞬将斗はどうこたえるか悩む。
今度は召喚されたわけではない。ここで身分を変に偽って侮られるのはよくないかもしれない。
「海を越えた北方のアルメリア大陸から来ました。細かい事情はご勘弁願いたいのですが、こちらはさる国の王女殿下であらせられます」
クリスティーナにそっと視線を向けると、咄嗟のことだが鷹揚に頷いてくれた。
こんなこともあろうかと、彼女には軽装だが王女の騎士鎧をつけさせていたのだ。
マリナもサシェもリューディアもそれに合わせて質の良い布を使った装束にしてある。護衛兼従者くらいには見えるだろう。
ちなみに将斗たちはデザートパターンの迷彩服なので、機能を知らなければ一番ランクが低く見えるかもしれない。
「どうも複雑そうだな……。まあ、中で話を聞こう。女性たちもいるしな、入ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
なし崩し気味だがそういうことになった。
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