第263話 砂塵航路
あらかじめわかっていたことではあるが、とにもかくにも情報がない。
――まるでこの世界に来た時と同じだな。
降下地点――海に程近い場所でロバートはそう考えた。
ひとまず、不要な装備を召喚端末の機能で処分し、装備の点検をしながら夜が明けるのを待ってから、“人”のいる場所を目指すことにした。
「よし、朝になったな。そろそろ移動するか」
地平線の向こう側が明るくなり始めたところでそれぞれが腰を上げる。
重心の位置が変わって足が軽く沈み込む。
砂だ。細かい砂がずっと広がっているのだ。
どうもこのあたりはずっと砂漠地帯が広がっているようだ。
――中東にでも戻って来た気分だな。
ロバートは幾分かの懐かしさを感じる。
ただ、残念ながら“あの場所”にあまりいい思い出はない。
いつどこから狙われるかわからない緊張感と、突然爆発する砲弾を積んだ車両、果ては人間までもが……
「マサト、車輌を召喚しろ。徒歩で進んでたらいくら時間があっても足りない」
忌まわしい記憶を振り払い、まずは移動手段として車輌の召喚を命ずる。
「了解。ラクダでも召喚できればいいんですが」
「優雅に砂の海を渡るアラビアンナイト……って場所じゃないぞ」
軽口を叩き合いながら召喚されたのはL-ATVが二台だった。
「さて、例のごとく街道は避けるが――」
「そもそも街道を探すところから始めないとだがな」
ロバートへ被せるように、スコットがあたりを見渡して笑った。
「……たしかに、道以前の問題だったな」
「まぁ、何らかのイキモノはいるだろ」
小さく鼻を鳴らしたスコットは、Mk46 Mod2の
相変わらず細かいことを気にしない男だが、まるで未知の惑星に不時着したSF軍隊のセリフである。
映画では多くの場合、原住民や原住生物に襲われて壊滅するのだが、そこは将斗でなくとも誰も口にしない。
「一応、事前の航空偵察で、人――もとい、“知的生命体”の存在は確認できるらしいが……」
「“知的生命体”ねぇ……」
スコットも今度は大きく鼻を鳴らした。
なぜこうも回りくどい言い方をするのか。
それは総司令部でも空飛ぶ人間らしき存在を“人”と呼んでいいか判断がつかなかったからだ。
パイロットたちが間近で目撃し、搭載していたカメラにも残っていたので、どう見ても人なのだが……。
それでも、たった二例だけで判断するわけにもいかなかった。
仕方がないので、言葉遊びだとは理解しつつも、現地にて
話が逸れた。
「
「そりゃそうだ、ファンタジー世界だし。……まぁ、ソレ以外にとりあえず村があるとか街があるとかそういったとこはわかってるみたいだし」
それだけわかれば派遣するには十分な理由となる。
第一、知的生命体の存在しない場所に人員を送り込む余裕は現状〈パラベラム〉にはない。
地球の大航海時代よろしく新大陸に入植するなら、まずはアルメリア大陸を安定させるのが先だ。
「とにかく出発するぞ、分乗しろ。人のいる場所を目指す。できれば街がいいな」
「そこらへんの村ではダメなんですか?」
小首を傾げた将斗が疑問を上げた。
「ダメだ。ここは言ったら大陸最北端だろ?」
ロバートは小さく首を振って海を指し示す。
「近くの村に行っても断片的な情報しか手に入らない。俺たちが欲しいのは国とかのもっと大きな情報だ」
「そもそも最果ての村なんて閉鎖的に決まってる。そんなところじゃ無駄に警戒されるだけだ」
「砂漠地帯ならなおさらだな。それなら最短で街を目指すべきだろう」
ロバートの言葉をスコットが引き継ぎ、また最後にロバートへ戻った。
ここがアルメリア大陸とさほど変わらない文明水準とすれば――相当に近代化が進まない限りは時代で大きな差がなさそうだが――村とはそもそも排他的・閉鎖的な共同体だ。
「まぁ、良くて領主なりに密告されるか、悪けりゃ旅人をカモる村人に襲われるってところだな」
「これなら比較的余所者の出入りが当たり前の街を目指した方が万倍マシだろ?」
ニヤリと笑うスコットを見てロバートは小さく肩を竦めた。
「……よく理解できました。では、先頭車の運転は俺が」
「となると、後ろは僕がやりましょう。まぁ、言葉の心配はいらなさそうですしね」
将斗が頷き、ジェームズが続く。
今回は基地での引継ぎ作業で居残りのミリア曰く、この世界の言語パックは
むしろ、勝手に意識をいじられていないかの方が心配すべき内容かもしれないが。
「では、行くぞ」
とにかく、一旦は海と反対側――南に向けて進むことにした。
ずっと走り続けていたわけではなく、岩場などでは迂回もしたり、高台に上がって先を見たりしたが、人らしき姿は確認できなかった。
偵察用に小型UAVを飛ばしても良かったのだが、未確認飛行物体のいる場所では下手に鹵獲されても困ると避けることにした。
「とりあえず、ここらで休むか。マサト、頼む」
「イエッサー」
「メニューは任せた、俺とスコットで軽く見張る」
しばらく走り続けて正午になった頃に簡単な昼食を取る。
何をするにもまず食べなければ動けない。
「よろしいので?」
「おっと、俺らを年寄り扱いするなよ? 身体は若いし、経験なら俺らが一番ベテランだ。そして、調理はお前が一番上手くて美味い」
「ふい〜、疲れた〜」
L-ATVから降りたマリナが砂地に座り込んだ。
「おいおい、砂まみれになるぞ。簡単なテントを張るからもうちょっと待ってろ」
「いいね〜よろしく〜」
降下してから夜明けまで軽く休んだとはいえ、慣れない土地、しかも暗闇の中にいては休まるものも休まらなかったのだろう。
こうした作戦に慣れていない現地組は、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「コーヒーを淹れるぞー、欲しいヤツはいるか?」
「あたし砂糖とミルク」「わたしも同じでお願いします」
早速、エルンストがパーコレーターで直火コーヒーを作り始める。
要るかと問うとマリナとサシェが欲しいと手を挙げた。
「ジェームズ殿、紅茶は淹れるのですか?」
「ええ。用意しますよ、殿下」
同好の士のそばに寄るクリスティーナ。
航空機では見事にやられた彼女も、自動車には多少慣れたのか意外と乗り物酔いはしていなかった。
あるいは、見知らぬ土地にいる緊張感が良い方向に影響したのかもしれない。
パンに肉とチーズを挟んだホットサンドとサラダ、それと簡単なスープで食事を済ませてからまた一時間ほど走った。
「いや、しかしなんもないですね……」
ハンドルを握る将斗が退屈そうにつぶやいた。
口では気怠げな様子だが、タイヤを取られないよう舵取りは慎重だった。
「安全を見て進出地点をかなりギリギリにしたからだな。何かあった時に輸送機がやられたらどうにもならない」
ロバートは眉を寄せた。
素性のわからない
先日侵入した
たとえパラシュートを背負っていても、墜落する輸送機から安全に脱出できるかと言えばかなり厳しいのだ。
「細かい話はわからないが、早く宿かどこかで休みたいな……」
森に生きるエルフには窮屈なのかリューディアが溜め息を吐いた。
かわり映えのしない風景に飽き飽きしているのが声で丸わかりだった。
「ん、何か――」
そうして太陽が傾いてきた頃、砂の途中に何かを見つけた。
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