第259話 未知との遭遇
「――どこだ」
一瞬でスティーブの声が緊張を帯びた。
さすがは長年飛んで来たプロだ。すでに彼自身もレーダー画面を注視している。
「慌てるな。サーチモードを切り替える。反応はふたつ。こいつは小さいぞ」
アランは後席でレーダーを操作、レーダー・レンジと指向性を絞って詳細を拾おうとする。
「おいおい、なんだ。脅かしといてまさか鳥だったとか言うんじゃねぇだろうな」
「静かにしてろ。鳥にしてはデカい」
集中しているアランは相棒の冗談にも取り合わない。WSO士官としての勘が「何かある」と告げていたからだ。
「さて何が出て来るかね……。そういえば、あっちの大陸にもヒクイドリとかいうのがいたな。アレのお仲間じゃないのか」
窓の外に名状しがたいバケモノが張り付いていたり、ミサイル警報が出たりしているわけでもない。
スティーブの声からはすでに緊張が半分以上抜けていた。
なんだかんだとファンタジーな世界だ。地球ではありえない妙ちくちんな生き物なら数多く生息している。
それらを積極的に
だが――“脅威”であれば対処する必要がある。
「そこまでデカくはなさそうだが、そこそこ速いぞ。方位と高度は――」
「仕方ない、確認に向かうぞ」
指示を受けたスティーブは、サイド
AN/APQ-120火器管制レーダーでの探知では、どうしても性能が限られるため、これまでの経験も加味してアランの情報から方向性を絞っておく。
わざわざ高度を下げたのも、ルック・ダウン能力の信頼性が低いからだ。
アンテナを下方向に向けて地上からの
しばらくして目的の地点近くに到達する。
その瞬間――
薄緑色の閃光が大空に迸った。
「なんだあれは!」
普段冷静なアランから珍しく驚愕の叫びが上がった。
「俺が知るかよ!」
怒鳴り返しつつも、スティーブには原因がわかっていた。
――
彼の常識では考えられない未知の光景に動揺しているのだ。
こちらの世界に来てからワイバーンは落としていても、あくまでレーダー上の
人が乗れるほど大きく、空を飛んで火を吐く爬虫類じみた生物を間近で見たわけでもない“経験不足”がこの時になって影響を及ぼしたのだ。
やや頭でっかちなところのあるアランの正確もあるだろうが、それは些末事だ。
「こんな世界だ、レーザーだのビームだのじゃないだろ!」
対するスティーブは自分でも驚くほど冷静だった。
地球にいた頃からそうだったが、雲行きが怪しくなればなるほど、かえって冷静になる。それこそ不利な空戦の最中でも――それがスティーブの持ち味だった。
「じゃあなんだ!?」
「落ち着け。この世界にはよくわからない魔法とかいう
まずは、原理がわからずとも、どうなっているか・何がある(いる)のか、偵察任務である以上、それらを確認しなければならないのだ。
そうしている間にも今度は赤味がかった閃光が空間に走るのがキャノピー越しに見えた。
――まるで何かと何かがやり合っているみたいだ……。
直感ではあるがスティーブはそのように見えた。
「クソッタレ……! なんなんだ……!」
やがてアランから震えまじりの声が上がった。
後席から双眼鏡で光の発生源を探っていたのだが、ずっと冷静だった彼らしくない様子だった。
「おい、アラン。どうした、デカいドラゴンでも飛んでたか?」
スティーブとしてはファンタジー世界には慣れたつもりだった。
ちょっと妙な生き物がいたり、魔法とかいう技術があるだけで、中世とか昔の地球だと思えばいい。そう考えていた。この時までは。
「いいから見ろ……! あれは――人だ……!」
「はぁ? お前こそ異世界に来てボケ――」
一瞬理解できなかったが、スティーブ自身も機体を傾けて双眼鏡越しに視線を向けると凍りつく。
「あれは……魔女か……!?」
自分の脳がおかしくなっていないのなら、見えているのはホウキに跨った人間だ。
あれはまるで――幼い頃、童話で読んだ魔女の姿そのままではないか。
ただ違うのは、ローブを目深に被ったシワシワの鼻デカ老婆ではなく、少女と言っていい年齢にしか見えないことだ。
それがふたつ、まるでドッグファイトを行っているように互いの後方を取ろうと必死で動き回っていた。
また、よく見れば、先ほどの大きな光以外にも小規模なものが互いの間を飛び交っている。間違いなくあれは戦っているのだ。
「なんてこった……」
さすがのスティーブもこれは予想外で一瞬だけ呆然とするも、すぐに思い起こしてマスターアームスイッチへ手を伸ばす。
「
「やめろ、スティーブ。やるつもりなら交戦許可を取れ」
相棒としてアランはスティーブの軽挙を止めようとする。
「どう説明する。ホウキに乗ったマジカルガールがいると?」
「それは……。だが、いくら異世界だからってここは教会の勢力圏じゃない。アレも所属は違うはずだ。勝手に戦えないぞ」
南大陸にいくつかの国家がありそうなことは判明しているが、それだけでは何も意味がない。
どういった勢力がいくつあり、どのような関係性となっているか。そこまでわからねば介入のしようがないのだ。
「……だったら、近づいて挨拶だ。この感じだとこちらには気付いていない。それならいいだろ」
司令部に通信しても頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
何よりもまともな説明がつかない。このF-4Eはコクピットに監視用のHDカメラを貼り付けているので、帰投してからの事後報告であればなんとかなるだろう。
「……俺は止めたからな。後でどうなっても俺は知らないぞ」
相棒の溜め息をスルーしたスティーブは、一度高度を取って大きく旋回していく。その間に、レーダーをボアサイトモードに切り替えて正確な距離と位置を把握する。
そして、機体の進路を件の“魔女”たちのすぐ近くを通るルートに定めると、スロットルレバーを押し込んでエンジンの回転数を上げる。
――これだ、こんなヒリつく時を待っていた!
「イッツ、ショータイム!」
アフターバーナー全開で一気に音速を超えるところまで急加速させながら、スティーブたちは押し寄せるGを感じつつ“魔女”たちが飛ぶすぐ近くをパスする。
そう、武器を使わずとも戦いはできる。狙いは――物体が高速移動する際に発生する衝撃波だ。
飛んで来る攻撃への警戒はあっても、空気そのものが荒れ狂ってはどうにもならないはずだ。
「ヤツらはどうなった?」
後ろを振り返らずスティーブは一気に飛ぶ。
トロトロしていて謎のレーザービームを喰らってはたまらない。アレなら戦闘機だろうが間違いなく破壊される。いや、そもそも戦闘機は金属の塊が空を飛ぼうと無理をしているだけに見た目ほど頑丈ではないのだから。
できるだけのことはやった。あとは
フルスロットルにしたせいでそろそろ燃料が帰りの分怪しくなっている。
「たぶん……落ちていった」
通り過ぎた後に急旋回しながらアランは目標を補足しようと視線を向けていたが、不意討ちの衝撃波に煽られて地上へ向けて錐揉み降下していく“魔女”の姿を確認していた。
あれではおそらく墜落とはいかないだろう。仮にホウキの制御を失っていたらもっとまっすぐ落ちていたはずだ。
「で、どうするんだ? これで妙な飛行物体がいるとか報告されるぞ」
しばらく飛び、危機が去ったと判断したところでアランは相棒に訊ねる。
「……まぁ、あとはアイツらがなんとかするだろ」
スティーブはまるで悪びれていなかった。
むしろ、これから潜入する連中が情報を拾うためにやりやすくなったくらいに思っているほどだ。
「まったく、いつか後ろから撃たれるぞ」
「じゃあ、早く機種を更新しとかないとだな。高機動とECMで逃げるさ」
「これだよ……」
当然ながら、スティーブとアランは事後報告となったことで帰還後にレイモンドからたっぷり絞られるのだが、同時に“魔女”との接触でF-16が開放されたことが発覚したため営倉行きと飛行禁止処分だけは免れたのだった。
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