第257話 新生!百合騎士中隊!
「おはよう、お嬢様がた! さぁ、今日も訓練だ!」
いつもと同じように兵士たちを集合させ、軽くウォーミングアップをさせてから、場所を移して一連の作戦行動を話し合わせた。
それぞれの作戦で、各々が感じた問題点を並べて洗い出し、自分たちで議論した上で改善させるのだ。
三つのグループ内で話し合った後、全員の前で発表を行ってさらに議論を深める形だ。
「突撃の時、ライフルの全長が邪魔になりました。全長を短くできれば――」
「偽装用の装備が足りないのでは? 個人差もある。正式にギリースーツを採用して標準化を――」
「斥候との連絡方法をもっと確実にしたいです。〈パラベラム〉から貸与いただけないなら、エルフに依頼して専用の魔導具を開発――」
「分隊長・小隊長の指揮下の兵の数が多いかと。定員を減らしてでも小隊・分隊を増やしてスムーズな指揮を――」
「騎兵の機動性を活かすには、そもそも陽動として――」
「月がもっと大きかったら……」
次から次へと意見が出てきた。
結構なことである。これがアイデアの種となって部隊を成長させるのだ。
兵士ひとりひとりが考えて案を出す。
あまり有効ではない案もあるが、考えることが重要だとロバートは思う。
「では、各グループで内容をまとめろ」
兵士にはなったが、まだまだなりたてのヒヨッコ兵士だ。訓練兵でなくなったに過ぎない。
内容は後から直していく。今はそれでいいのだ。
「まずは第一グループからだ。発表者は――」
昼食をとり、午後からはいつも通りの体力錬成を行う。
準備運動して、走って、筋トレして、銃剣術や射撃の訓練をしていると、あっという間に夕方になって1日が終わる。
「総員傾注!」
ヴァネッサの号令で、居並んだ兵士たちが姿勢を正す。
あらためて、戦闘服と新たに用意したベレー帽を着用させ、中隊を訓練場に集合させた。
片付けられた訓練場には昨日の賑やかな宴の残滓はなく、もはや記憶の中に残るのみだ。
その代わりとして、兵士たちの表情には可憐さと精悍さが同居し、凛とした雰囲気を醸成させている。
「よし、私から貴様らに通達がある」
兵士たちの視線が一斉にロバートへ向く。
「我々“レイヴン”チームの中隊専属教官としての任期は本日までだ。そして、貴様らの訓練期間も終わり、雌豚を卒業する。以後は
戸惑いの視線を感じつつ、少しだけ表情を崩してロバートは言葉を続けていく。
「正直に言って、貴様らの能力は、肉体的にも技術的にも、我々が満足する水準よりもずっと低い。だが、兵士としての根性だけはなんとか及第点に達している。それが今は一番重要なところだ」
誇らしげな顔もあれば、まだまだ評価に不満そうな顔もある。
――いいツラになってきたじゃないか。
ロバートはそう思う。
これらの反応は彼女たちの個性の表れだ。
できるだけ均一に動けるよう厳しく教育したが、結局のところ相手は意志を持った人間でどうしても限界がある。
そういった個々の性格まで把握した上で、あとは各分隊・小隊の隊長たちが兵を適所へ割り振って行くのだ。
「以後、ヴァネッサ中隊長の下で、さらに技能を高めるべく訓練に努めろ。貴様らの頑張り次第だが、数年のうちにはこの国――いや、この世界でもトップクラスの部隊に育つと我々は信じている」
〈パラベラム〉最高クラスの人材からそう言われたことで、受けた兵士たちの顔がまたそれぞれに変わっていく。
少女としての面影は儚くなってしまったが、今度はそれが彼女たちを次の舞台へ導いてくれることだろう。
「さて、貴様らはこれからより激しい――“本物の戦争”を経験するだろう。多くの者が戦場で死ぬ。二度と戻らない。だが、それこそが貴様ら兵士のやるべきことなのだ」
――ズビッ。
ふと誰かが鼻をすする音がした。
訓練が終わるのだと、ようやく実感が湧いてきたのだろう。
賑やかな宴をしても現れなかったそれが、訓練を終えた夕暮れの訓練場で瞬く間に皆へと伝染していった。
気が付けばほぼ全員が顔をくしゃくしゃにしていた。
可愛いところ揃いが台無しである。
「この隊があり、仲間があり、守るべき存在がいる限り、諸君ら百合騎士中隊は永久に不滅である。……よし、ではヴァネッサ中隊長、貴官に指揮権をお返しする。――励めよ」
「百合騎士中隊、気をつけぇっ! 敬礼!!」
ヴァネッサの号令の下、中隊兵士は即座に直立不動の姿勢でまっすぐに前を見ると、弾かれたように顔の真横へと手を持ってくる。
これまで見た中で、もっとも動作の揃った美しい敬礼だった。
――みんな、すっかり立派になって……。
遠くからオカンのごとく様子を見守るカテリーナにも、それはそれは見事な所作として映った。
「失礼します!」
そこへ伝令の兵が駆け込んで来る。この様子だとそれなりの内容らしい。
あるいは少しだけ待ってくれたか。
「どうした」
「マッキンガー中佐以下、“レイヴン”チーム。総司令官殿がお呼びです」
「――わかった、今行く」
ロバートたちは答礼し、そのまま司令部のある方向へと向かって行く。
歩く背中に注がれる幾多の気配。きっと彼女たちはまだ敬礼をしたままに違いない。
それがわかるだけでも十分だ。訓練の意味はあった。
チームを見れば、皆一様に口元に笑みを浮かべている。
「どうでした? 教官役をやってみて」
ジェームズが話しかけてきた。
教官役とはいえ、厳しいところは他のメンバーに任せて適度な距離感にいたおかげで、彼には翼の次に相談が多かったという。
すでに何人かにロックオンされている気配がある。
「どうもこうも、二度とゴメンだ。シゴキ倒すのも気力と体力を使うし、なにより相手は女衆で気も遣う」
「そこはつば――大淀少佐にも協力してもらいましたが……」
言い間違えかけた将斗。何事もなかったかのようにしているがバレバレだ。
昨日も酔った翼を部屋まで送っていったらしいし、順調に幼馴染から追い詰められているようだ。
「あのなぁ、身内にも気を遣わなきゃならんだろ? 他の連中への差し入れとか大変だったんだぞ?」
「それでも、結構似合っていたと思うがな」
様々な苦労など知らぬといった顔でスコットが笑う。周りもそれぞれに頷いている。
「……だとしても、俺はやっぱり現場で戦っているのが一番だよ」
「あれ? でもその割には、満更でもなさそうな顔をしていますけれど?」
最後にエルンストがニヤニヤとのっかってきた。
「……お嬢様たちが兵士に仕上がったんだ。そりゃ――」
ロバートは一度言葉を切る。
後ろを振り返ってヒヨッコたちを見るためではない。そんな気持ち――いや、必要など、もはやどこにも存在しない。
「悪い気はしないさ」
彼女たちとは、きっとまた戦場で会うのだから。
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