第255話 吐くまで飲もうぜ!③


「えらく遅かったな、隊長」


 半分ほど空になったジョッキを掲げてスコットが出迎える。


「……あのなぁ、これでも忙しいんだよ。誰かさんらが役目から逃げやがったからな」


 ジト目を受けたスコットとエルンストが音速で視線を逸らした。


「まぁまぁロバート殿。ここは宴の席ですし……」


 やんわりと隣のクリスティーナから止められる。彼らの中に入るのも、もはや手慣れたものだ。


「ああ、彼女たちへの挨拶回りでしたか」


 他ふたりとは異なり、知らぬ顔のままジェームズは控えめにジョッキを傾けた。


 清々しいまでの他人事だ。

 さすがは心にいくつも棚を持つ英国人ブリカスである。ロバートはすっかり毒気を抜かれてしまった。


「……そうだ。『訓練は終わりました、あとは勝手にやってくれ』……じゃまずいだろう?」


「たしかにそうですね。苦楽を共にしたってちゃんと最後まで認識させないと忠実な兵士には――」


「「「それ以上いけない」」」


 さすがにこればかりは周りが止めた。


「まぁ、連中もやっとひと息つけたんだろう。今日は少しくらいハメを外しても大目に見てやってくれ」


 主席教官とも呼ぶべきロバートは、中隊の兵士たちへ適度に声をかけながら回っていたのだ。

 本当にひとことふたことだが、二五〇名もいるとそれなりに時間もかかる。それが終わってようやく人心地つけたところだった。


「労いの言葉ってか? 今度はセクハラにならなかっただろうな」


 スコットがニヤニヤと笑う。


「当たり前だ」


 仏頂面で反論するが、まさに先ほどやらかしているのでどうにも虚しい。クリスティーナも苦笑している。


 ただ、今度こそ滑らないよう、ロバートは細心の注意を払っていた。

 ハッパをかける煽りと宴会の席を楽しませるジョークは違うのだ。

 いつもの調子で失敗する。これが世の常なのかもしれない。


「そういえばマサト。仕入れはパラディアムの街を使ったらしいな」


 周りとひと通り乾杯でグラスを打ち鳴らしたロバートは、来る途中で調達してきたらしいラムの肉を齧った。


「ええ。そうでなければ街が育っていきませんからね」


 新たに焼けた肉を皿に盛りながら将斗が頷いた。


 皿はすぐに持って行かれ、代わりに空の皿が置かれる。

 まだ百合騎士中隊の面々は教官勢に遠慮しているのか、こちらまで食べ物を取りに来ていない。

 おかしい、このままでは思ったよりも足りなくなりそうだ。


「また商売人ににでもなった方がよさそうなコメントを……。まぁ、この感じじゃ大丈夫だったみたいだな」


 出遅れたロバートも負けず劣らずのペースで食べ始めている。みんな燃費が悪いのかもしれない。


「そうですね、我々の要求水準は以前から伝えてありますので」


 将斗は隊長の皿に肉を多めに載せる。クリスティーナにはやや控えめにだ。


 食材は前日に基地へ通信を送り、市場に行って豚と鶏、羊のいいところを大量に買い込んでおいてもらった。これは街に金を落とすためだ。

 本当なら牛肉が欲しいところだったが、この地域では食用に畜産化されていないのでそれだけは召喚システムを頼った。だから豪華に和牛なのだ。


 他には山羊などもあるようだったが、癖が強いので止めておいた。

 不慣れな食材はちゃんと研究してからにすべきだというのが将斗の信条だ。


 野菜はトウモロコシにナス、ピーマンと玉ねぎなどなど……地球と同じような野菜があったのでそれを調達した。


 召喚機能を使えば食材はどうにでもなったが、それではせっかく街があっても基地に寄生する形に終わってしまう。

 むしろ精力的に生産活動、経済活動、消費活動を行ってもらい、交易の拡大によって新人類連合の経済圏を広げたいのだ。バルバリアやエトセリアに影響力を持ったのもそのためだ。


「なるほど。モノだけじゃなく質も揃えないと買わないとしたわけか」


「よっぽどないですが、腐りかけの肉を出すわけにはいきませんからね。もっとも、これは食堂の連中が前々から動いてくれていましたが」


 言うまでもなく基地で消費される食料は多い。

 ここに食い込めれば、個人商店であれば十分すぎるほどの儲けが出せる。


 しかし、そのためには「彼らから買ってもいい」と思わせる質が必要だった。

 肉屋をはじめとした各商店には実物を見せての仕入先説明会も行ったりしている。


 これは〈パラベラム〉参加者に実家が畜産をしていたり農家だった人間がいたためスムーズだった。さすがは広大な土地を有するアメリカ合衆国である。


 あとは彼ら商人たちの意識次第だが、今回での反応を見るに思いのほか柔軟かつ積極的に動いてくれそうだった。


「ん、そろそろ向こうも焼けた頃かな」


 不意に、スコットが五杯目となるジョッキを干して視線を動かした。

 いつの間にこれほど飲んだのか……。


「ああ、ですか……」


 将斗が少し呆れ声を出すと、対するスコットは不満そうに眉根を寄せた。


「うるさく言われない異世界だ、やらなきゃ損だろう。蛮族スタイルと言われようが丸焼きはロマンだ! 譲れん!」


 そう、丸焼きをやりたいと言い出した蛮族スコットが身内にいたのだ。

 この熱意により豚も一部は一頭丸ごと仕入れている。


 鉄パイプを無茶苦茶な腕力でひん曲げてクランクのように加工して、なるべく遅めに潰して内臓を取り除いた豚を串刺しにしたマジのヤツだ。

 これはやはりアメリカ軍のスペースに置かれている。彼らからすれば余計な仕事を押し付けられたようなものだ。


「じゃあ、向こうに行かれるんですか? その前にこれをどうぞ」


「「なんだこれ?」」


 スコットとエルンストが同時に首を傾げた。野郎がやってもかわいくない。


「自家製のタレです。テリヤキソースとでも思ってください」


 将斗が焼く肉はスパイスをちょろっと入れた塩メインで味付けしているが、ソースも自家製を用意してあった。


 いくつかのスパイスと醤油ベースの調味料を煮込んだテリヤキ風である。

 味見しながら調整していけばいい簡単さだが、人に食べさせるものだけに一切手は抜けない。味のバランスはちゃんと見極めてある。


 これまで地球も含めて何度も作ってきた将斗はなかなかに美味い――秘伝の味だと思っている。

 肉も野菜もこれでどうにかなる。実に簡単だ。しかも美味い。


「よし、これならいいかな」


 味が馴染むまで寝かせていたタレの仕上がりを確かめてハケで肉や野菜に塗る。

 あっという間にあたり一帯に食欲をそそる暴力的な香りが漂いはじめた。


「おい、おまえこれ……」


 スコットがタレ付きの肉を口に運んだ瞬間、目を大きく見開いた。


 胃の中に散々肉を詰め込んだと言うのに、同じ肉とは思えない新鮮さが彼の味覚を直撃したのだ。


「美味かったのに、もっと美味くなった! 美味さが美味さを超えた! ライスをくれ!」


「グルメリポーターかおまえは」


 傍で見ていたロバートが呆れ声で笑った。


「俺にもくれよサムライ!」

「わたしにも……」


 場がこなれたと言うべきか、みんなそれぞれに楽しんでいる。


「おっさん、向こうで豚が焼けたよ!」

「おぅ、マリナ。じゃあ味見に行くか!」


 将斗も肉を焼きながらだが、雰囲気そのものを楽しんでいる。


「まーくん? もうちょっと上官を労うようなさぁ……」


 ヤケ酒気味の酔っ払いは見なかったことにしたい。あとで部屋まで送って行かねばならないだろうが……。


「いい雰囲気だな、ご苦労だった」


 こうしてやってみると、簡単なようでなかなかに作業は大変だった。


「さすがに疲れました。……でも、みんなでワイワイやるのは面白いですね」


 異世界に召喚されてから戦い続けて来たが、やはりこういう瞬間が一番生きていると実感できる。


「大事にしたいもんだな、こういう時間は」


「ええ」


 どちらからともなくジョッキを打ち鳴らす。


 ――さぁ、自分ももう少し飲もう。


 きっとまた新たな戦いが待っているのだろう。

 でも、ちゃんと戻って来られる場所さえあれば――また戦える。






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