第253話 吐くまで飲もうぜ!①
「百合騎士団――いや、百合騎士中隊の兵士諸君」
あたりがにわかに涼しくなり、そろりそろりと夜の帳が下りて来た頃、パラディアムの基地近くに多くの人が集まっていた。
四方を囲むように設置された屋外用のLED照明が会場を明るく照らし、ファンタジー世界にそぐわぬ不夜城のごとく、まるで昼間のような輝きを放っている。
――魔法の明かりでもこうはいかないか。
料理の仕込みを続ける将斗はふとそう思った。
これまであまり意識していなかったが、ヴェストファーレン王城や教会本部など、一部のエリアではそういったファンタジー要素の魔石照明があったが、それでもこの明るさには到底及ばない。
「これまでの厳しい訓練と、その仕上げにあたる遠征、本当にご苦労だった――」
ところで、壇上に立ってスピーチしているのはロバートだ。
彼の目の前に居並ぶのは、現実離れした光景を不思議そうに眺めつつも、どこかそわそわと落ち着きのない様子の少女たち。
今や百合騎士中隊となった兵士たちでもある。
今日は訓練用の野戦服ではなく、彼女たちにとっての平服に身を包んでいる。
訓練中の休みでも所属がわかるよう、支給された迷彩柄のTシャツにジャージ生地のパンツ姿だったが、少なくとも今日は特――ひとまず“年相応の少女”に戻ってもいい時なのだ。
ただし、許可ない以上、いかにオフであっても無駄口は叩かない。それが兵士だからだ。
「百合騎士中隊は、当方派遣聖女となられたカテリーナ殿の要請に伴って前身である百合騎士団を――」
ロバートとしては、あまりこういったスピーチは得意ではない。
しかし、訓練教官の責任者として、彼が仕切らなければ宴は始まらない。
当初はさておき、今ではそれだけ中隊兵士たちからの尊敬を集めている。
きちんとキメるところをキメてもらわねばならないのだ。エリックは自分が訓練したわけではないからと逃げた。なんて上官だ。
「さて、諸君からすればちょっと変わった形式に思えるかもしれないが……」
じゅうじゅうと食欲をそそる音を立てる肉の群れ。
それらをトングでひっくり返しながら、調理責任者のひとりである将斗はロバートの演説を聞いていた。
「なんとかなりそうでよかった……」
無事に乾杯にも間に合いそうだ。ひらすら肉を塊から切り出したりと午後はひどく忙しかった。
遠征から帰還して休む暇すらない。だが、不思議な充足感があった。
「いい提案だったと思うよ、まーくん。ちょっと忙しいけど」
追加で焼くための肉を牛刀で薄く切りながら、将斗のつぶやきに翼が答えた。
晴れて兵士となったのに堅苦しい席を用意しても仕方がない――というよりも、対象者全員を収容する箱を用意するのがそもそも不可能だった。
仕方がないので、訓練場を使った立食式のパーティーを将斗は提案した。
これなら様々な量を好きに楽しめる。
「大人数を相手にするんじゃ、
将斗が担当するのはとりあえず、焼いてすぐ食べられる――日本の庭でやるようなスタイルの――焼き肉っぽいバーベキューだ。
頑丈な鉄製の台の上にレンガを積んで竈を作り、その上に網をかけて、炭火で焼くだけの実に簡単なやつだ。
料理はいくらか作れるが、このように大規模な宴に関わるのは初めてだった。
カレーのデカい鍋、あるいはラーメンを作るか……。いや、それこそ食堂の連中の出番だ。
どうすべきか考えた末、将斗にはこれくらいしか思いつかなかったのだ。
「いいんじゃない? この雰囲気だって珍しいだろうし。なによりも――」
中隊の者たちにとっては、自分たちが汗水を流した場所での宴だ。
正直華やかさはないが、これまでの記憶がリフレインし、ここまで来れた感慨深さが最高の雰囲気を作ってくれるだろう。
「中隊のみんなが楽しんでくれたらそれでいい。それより、手伝いに来てくれたのは本当にありがたい。助かったよ、翼ねぇ」
「これくらいはできるから」
昔の調子で礼を言うと翼の表情が綻んだ。珍しく満足そうである。
「ねぇ、パーティーが終わったら――」
「マサト殿、野菜も串に刺したがこれでいいか?」
どうしてこんなにもタイミングが悪いのだろうか。
将斗は頭を抱えそうになり、翼は不機嫌度メーターが急上昇した。
「ああ、助かる。そこに置いておいてくれ」
「また何かあったら言ってくれ」
ふたりの対極の変化にリューディアは気付かない。現実は非情である。
「…………」
背中に何とも言えない視線を感じる。
おそらく、この手伝いも先に名乗りを上げたリューディアに対抗したのだろう。そうでなければ少佐がやる仕事ではない。……いや、今は考えまい。
「ようサムライ」
救いの主だろうか。あるいは捨てる神あれば拾う神ありか。
エルンストが現れた。彼は普段訓練を施している獣人たちを連れていた。
「昨日は人斬って、今日は肉を切って焼いてるのか?」
こちらはタイミングよく声をかけてきたと思ったが、こっちはこっちでブラックジョークにもほどがあった。
翼などは若干の嫌悪感を表情に浮かべている。デリカシーがないと非難しているのだ。
背後の獣人たちもケモ度は様々だが「おいおい……」と言いたげに見えた。
「もうちょっとこう……クリューガー少佐、雰囲気を読んでもらうとか……」
「いいじゃねぇか、開放感溢れる野外でのパーリィーだろ? 楽しまないと」
それはそうなのだが。助けてもらいながらも、将斗はどこか釈然としないものがあった。
「ほら、そろそろ乾杯だぜ? おまえらもジョッキを持てよ」
そこでスコットが大量のジョッキを持って来て現れた。
まるでオクトーバーフェストでピラミッドのように積んだジョッキを運ぶお姉ちゃんのごとし。
サイズもどう考えても1リットルジョッキだ。差し出されたので受け取るがずしりと重い。
「挨拶とスカートの丈は短い方がいいと言うので話はこのあたりにしたい」
ジョークに笑ったのは一部の〈パラベラム〉兵士だけだった。
そう、アバターの中身が一定年齢以上の中身はおっさんの――。要するに滑ったのだ。最後の最後でまことに残念である。
「……まぁ、大人数でワイワイやるならこれが一番だと思う。今日は無礼講だ。たくさん飲んで食べてくれ! ――乾杯!」
「「「乾杯っ!!」」」
全員が聞かなかったことにしてジョッキを打ち鳴らした。
一瞬出だしは危ぶまれたが、無事に皆が待ち望んだ宴が始まった。
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