第251話 遠征⑩~戦果報告~


 翌朝、日がある程度高くなってから訓練中隊は行軍を開始し、村を出てからおよそ二十時間でパラディアムの街に到着した。


 徹夜での戦った次の日ということもあってゆっくり進んだこと、また、ビルギートに騎兵団から早馬の伝令を出してもらったこともあって、中隊の戦果はもうパラディアム中に伝わっていた。


「盗賊退治をしたんだって?」

「よくやったじゃないか!」

「女ばかりだってのにたいしたもんだ」


 他所から流れて来た住民に始まり、ヴェストファーレンより派遣されてきた役所務めの人間、果てはDHUの部隊まで様々なところで声をかけられた。


 訓練兵たちはそれらに一喜一憂することもなく、生まれ変わった騎士団――中隊としての誇りを胸に静かに応対している。


 ひとりひとりが先般の勝利の理由を考え、戦果の価値を理解しているのだ。


 悪くない。ロバートたちは素直にそう思った。


 この世界では、個人の名誉が地球の比ではないレベルで重んじられる。

 特に貴族、しかも騎士団を名乗っていたとなれば、そうした自己承認欲求は少なからずあるはずだ。

 今まで儀礼部隊としてお飾り同然に抑圧されてきた以上、こうした時に反動が出てもおかしくない。


 しかし、それらを態度に出す者は誰ひとりいなかった。


「まぁ、我慢しているんでしょうけれど」


 こういうところに聡いジェームズがそっと声をかけてきた。


「できるだけ上等だ。やれないヤツの方が多い」


「元々、鬱屈してたでしょうからね」


 溜め込んでいた感情に加え、徹底的な訓練を受けたことで、兵士――より厳密に言えば武人としての意識そのものが変わったのだ。


 彼女たちがこの先も成長を続けていったなら、“新たな形の軍隊”として規範を世界に示せるかもしれない。


 兵舎に向けて行進していく中隊を眺めながら、教官たちはヒヨッコたちの巣立ちが近いことを感じ取っていた。






 中隊に休むよう命じた後、ロバートとヴァネッサは“訓練の仕掛人エリック”に呼ばれて報告に出向いた。


 より過酷な特殊作戦にも慣れているロバートはさておき、ヴァネッサまで突き合わせるのは少し申し訳ない気持ちがある。

 しかし、今後は中隊長として正式に部隊を率いていく以上、こうした場には好む好まざると出て行かねばならない。


 ちなみにスコット以下は皆逃げた。

 最後まで翼は申し訳なさそうにしていたが、彼女だけ呼んでも仕方がないのでそのままにしておいた。


「マッキンガー中佐、オルドネン中隊長、入ります」


 部屋に入るとエリックの他にカテリーナの姿があった。

 彼女もまた――いや、もっとも訓練中隊を気にしていた人間だ。真っ先に駆け付けてきたのだろう。


「ご苦労だった。まずは直接の報告を聞こう」


「はい。内容はお手元の――」


 すでに昨日の夜の時点で報告書は完成させ、帰還と同時に提出してあった。

 この場でやるのは詳細についてフォローするだけだ。


「フム、中佐たちを危ぶんでいたわけではないが、この結果は上々と言えるな」

「上々どころか……あり得ないほどの完勝ではありませんか? なんと言ったらいいか……ヴァネッサ、あなたたちは本当に……」


 満足気なエリックに対して、カテリーナの反応は興奮気味だった。


 伏魔殿の教会本部で生き残って来ただけあって、まつりごとのセンスを持ち合わせているのは間違いない。

 しかし、軍事に精通しているわけではなく、ましてや、相手は可愛がってきた子飼いの騎士団だ。

 彼女が半ば感極まってしまうのも無理のない話だった。


 そして、それは出迎えを受けたヴァネッサも同じだった。


「おね……カテリーナ様……」


 意志の漲った双眸を見ればすぐにわかる。

 “お姉さま”の前で戦果を誇りたい気持ちを懸命に堪えているのだ。


 こういう時は代わりに褒めておくべきだろう。ロバートは空気を読む。


「彼女たちはよくやりました。小官もそう思います」


 普段あまり褒めないせいか、ヴァネッサの瞳の輝きが増した。カテリーナもそれを見て目をキラキラさせている。


 ――なんだかなぁ……。


 この後、指摘事項を口にしなければならないのが非常に申し訳なくなってくる。言うけど。


「ただ、今回は中隊が優秀だっただけではなく、相手が辺境だからと油断しきっていたのもありました」


 気温がわずかに下がった気がした。

 だが、気にしていられない。


 あそこまで上手く事が運んだのは、子爵領の兵が動いていなかったこと、それで敵が討伐されないとタカを括っていたこと、最大のポイントとして武器の優位性があったからだ。


「それは中隊全体で認識しているのか?」


「いくらかは。なので明日、隊内で作戦行動について総括します」


 小隊長、あるいは分隊長レベルまでは認識していると思う。さすがに末端の兵士まではわからないので共有する必要がある。

 一兵卒だからと、何も考えなくていいことにはならないのだ。


「わかっているならいい」


 エリックはそれ以上深く訊かない。それだけロバートたちを信頼していた。


「それと、今回得られた情報はヴェストファーレン執政府に伝えるべきかと」


「ああ、そうだな。賊はさておき、遊牧民については放っておけない」


 エリックは腕を組んだ。


 将官の立場からあれこれ考えているのだ。

 ならばロバートはそれを素直に補佐しにいけばいい。


「はい、連中が西進してくるルートがあるようです。これをどうにかしないといけません。早いうちに対策をしておかねば、いずれ王国南部に橋頭堡を築かれます」


 新人類連合が立ち上がり、諸々が進みつつある中での新たな問題だ。

 しかも、今回判明した第三勢力の存在は、新人類連合の中枢国であるヴェストファーレンの安全保障に直結する。


「いつだか聞いたが、これまで南部の開拓はあまり積極的じゃなかったらしい。まぁ、リソースの問題だろう」


 エリックが記憶をさくっと掘り起こしてきた。さすがの頭脳である。


「そうですか……。どこまでも魔族との戦いが影響していますね」


 ロバートも肘に手を当てて頷く。


 程度の差こそあれ、大陸西部の国々にとって関心があるのは魔族との戦いだ。

 まとめ役である教会へ兵力なり物資なりを融通し、最前線が崩壊しないよう支えるのがヒト族国家の役割――いや、義務なのだ。


 それでどうにかなっていたのは、単純に魔族以外の脅威が存在しなかったからかもしれない。


 それが今、にわかに変わろうとしている。


「ひとまず、“助言”としてヴェンネンティアに報告書を送りましょう」


 ロバートは要請の形を取らないつもりらしい。


 それを見たカテリーナの眉が小さく動いた。

 クリスティーナとはわりない仲のはずなのにとでも思ったのだろうか。


「対応するかどうかは彼ら次第ということか。そこはしっかり考えてもらわないといけないな」


 一方のエリックは誤解しない。

 あくまでもロバートとクリスティーナの関係は国家間のそれとは別問題なのだ。


「ええ。一から十まですべて面倒を見るのは、同盟相手として健全ではありません」


 事実、ヴァネッサたちは自分たちの能力で訓練を乗り越えたのだ。武器の供与など結果のひとつにすぎない。


「道理だな。同盟は結んで終わりじゃないからな」


 和睦を為し、同盟を結んだから、それぞれができること――足場を固めるべく動いている。

 民を育てたり、国を富ませたり、軍隊の質を上げようとしたり……。


 まずは自分たちで問題にどう対処すべきか考えてもらい、不足があれば〈パラベラム〉として支援を行う。それが正しい同盟の形だろう。


「ただ、は撒いておくつもりですが」


 その言葉ですべてを察したエリックは「好きにしろ」と手を振った。


「それで中佐。話は変わるが?」


 エリックはにやりと笑って問いかけた。

 すでにロバートが何を考えているか、彼は見抜いているのだ。


 尚、わからないカテリーナとヴァネッサは揃って小首を傾げる。


「訓練はほぼ終わりです。お許しいただけるなら、彼女たちを労ってやろうかと」


 ロバートが申し出たのは昨日テントで話していた『パーティー』の件だった。


 ここまで言われればカテリーナたちも状況を理解する。


「よし、許可する。盛大にやっていい。地球われわれの本気を見せてやれ」


 エリックはほとんど即答した。


 というよりも、これは厳しい訓練をクリアした兵士には必要なガス抜きなのだ。

 人間は常に緊張を維持し続けることはできない。

 適度なオンとオフがあるからこそ、積み上げた訓練の真価を発揮できる。


 いや、それ以上に、〈パラベラム〉が用意する本気の食事を口にすればもはや……


「ありがとうございます、准将。うちのシェフマサトが腕を振るいたくてウズウズしているようでして」


 ロバートが軽く頭を下げるとエリックも相好を崩す。


「そうか、そいつは尚のこと楽しみだ。俺も顔は出す。出し惜しみはするなと伝えておいてくれ。食堂の連中も遠慮なく使っていい」


「イエッサー」


 こうして宴の許可はあっさりと下りた。



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