第249話 遠征⑧〜君は戦士に育つよ〜
「まあ、当然の反応だと思っている。無論、我々の訓練の成果でもあるが」
疑念を浴びたロバートはすこし勿体ぶってみた。
ここではムキになって反論する方が逆効果だ。それを訓練兵たちに見せる必要もあった。
「死体は地図でいうところのココとココ、それとココに転がっている。後で確認してくれ。装備品は押収して、捕虜は村の倉庫を借りて押し込めてある。少々尋問はしたが命に問題のある者はいない」
地図を使った説明を受け、ビルギートたちの表情が変わっていく。
証拠があると言われれば強く言えない。
多少は盛っているかもしれないが、これだけの情報を揃えられるのなら嘘をつく意味がない。
「……相手の数は相応だ。どうやって倒したのだ?」
続いた言葉もまた当然の疑問だった。
いくら夜襲をかけたとはいえ、相手だって寝起きで働かない頭ながら必死で抵抗する。
距離を取って槍で突いた? 敵には弓だってあるだろうし、乱戦では何が起きるかわからない。
ましてや敵の一部は戦いに慣れた騎馬民族である。
「状況が整っていたのもあるが、やはり“新兵器”が寄与したのだろう」
「それは……もしや教会討伐軍との戦いで投入されたという……?」
――ほぅ。
ロバートは素直に感心した。
“銃”の名前こそ出てこなかったが、南の辺境とも言うべき場所で意外にも末端までが情報に通じている。
「まぁ、そういうことだ。さて、捕虜に関しての話だ」
とはいえ、情報をタダでくれてやるつもりもない。
教会との戦いへ参陣したならまだしも、彼らは中央が強く言わなかったことを深刻に見ず兵を出していない。
そのような者たちに渡す情報など最低限で十分だ。
「……ああ」
ビルギートも聞き出せるとは思っていなかったらしくすぐに引いた。
「戦闘を行い、捕虜を得たのは我々だ。連中を引き渡すのは構わんが、敵から押収したものは貰い受けたい。問題ないか?」
問答無用で「もらっていくぞ」と通告しても良かったのだが、戦利品と捕虜すべてを運ぶとなると中隊だけではとても回らない。
「それは困る。ここはクナウスト子爵の領地だ。各種戦利品は我々に権利があるはずだ」
予想通りビルギートは明らかに不満な表情を浮かべた。
――まぁ、みすみす利益を逃したりはしないだろうな。
同盟国と揉めるつもりはないが、装備品は中隊の戦利品としたいので引けない。
向こうも部下の手前弱気になれないのだろうが……。ここは押すしかない。
「言うまでもない話だが、命を懸けたのは我々だ。君たちではない。本来であれば諸君ら騎兵団が騎士の名誉のために戦うべきだった」
「それはいずれ――」
「だが、今ではなかった」
ロバートは反論を一蹴した。
短いが端的な言葉だった。相手は押し黙るしかない。
「言うまでもない話だが――」
ここで決着をつけるとばかりに、ロバートはさらなる追撃を行う。
「訓練とはいえ匪賊の跋扈を放置しておけなかった。ならば、戦った人間に対する報い方もわかるだろう? そうでなければ我々はまた戦わねばならない。結果が示しているように、我々は精強だ」
ロバートは顔の位置を上げて相手にわかるよう「どうだ?」と視線を向ける。
「それは……」
答えに詰まったビルギートたちの背筋に悪寒が走った。
向けられている視線はロバートだけではない。周りの兵士たちからも向けられている。
当然ながら視線は好奇の類ではなく、「我々相手に一戦交えるつもりか?」と挑むような剣呑さがあった。
事実として、彼女たちは数時間前に盗賊と戦ったばかりなのだ。
――お飾りの連中などと侮ればどうなることか。いや、それよりも――
ビルギートが気になって仕方ないのが、ロバートの隣に控えている男だ。腰に細身の曲刀を佩いているが、明らかに尋常じゃない気配を放っている。
まるで抜き身の刃だ。「この男が最も危険だ」と思わせるほどの――
「……わかった。愚にもつかないことを言った。捕虜は引き取らせていただきたい。鹵獲品はすべて持って行ってくれて構わん」
背中に浮き上がる大量の汗を感じながらビルギートは要求を取り下げた。
――まぁ、このあたりが落とし所だろうな。
鹵獲品もあくまで訓練中隊の活動費に充てたいだけだ。
戦って得られた報酬がなければ彼女たちは独立した戦力とはなれない。
捕虜も本来はすべて引き受けて鉱山にでも売り飛ばした方が金にはなるが、そこは文明人を自称する〈パラベラム〉として関与するつもりはなかった。
無論、百合騎士団にもやらせるつもりはない。
「いいだろう。……オルドネン中隊長! 捕虜を名引き渡す! 賊と遊牧民がわかるようにしろ! 書類はこちらで用意する!」
「イエッサー!」
足早に駆け寄って来たヴァネッサが直立不動で見事な敬礼をした。
ビルギートは目を見開く。
いつ呼ばれてもいいよう控えていたとしても、ここまで無駄のない動作は彼らの騎兵団でもできるものではない。
女だらけと侮っていた部分がないわけではないが、早くも実力の差を思い知らされた形だ。
「小隊長、集合! コンスタンツェ、おまえは――」
驚きはそれだけに留まらない。
すぐにヴァネッサと呼ばれた女は指揮下の者と思われる少女たちを集めると、素早く指示を出していく。
「では動け!」
「「「イエスマム!!」」」
呼ばれた者たちも彼女に劣らないきびきびとした動作だった。
――もしも一般の兵までこの動きができるとしたら……。
先ほどとは別の汗がビルギートの身体に浮かび上がってきた。
「ロバート殿、訓練兵と言っていたが、あなたがたはいったい……」
「話すと長くなるので簡潔に済ませるが、我らは異世界より来た者だ」
「それはまさか本当に……!」
ビルギートが驚愕に目を見開いた。
「ああ隠す必要もないのでね」
南の辺境とはいえ、中央からの噂くらいは駆け巡っているのだろう。
おそらく
「であればここには……」
「誤解のないよう言っておくが、我々に子爵領へ干渉するつもりはない。あくまで訓練だ」
ちまちまと
「訓練……」
「そうだ、夕方までには村を出て行く。後はよろしく頼んだ。おかげで彼女たちは兵士であり戦士となれた」
余所者が長居して嬉しい貴族などまずいない。
きちんと期限を切って出て行くと言っておく。そうすればこれ以上角も立たない。
「……うけたまわった。できれば、中央にもよろしく言っておいていただけると助かる」
雰囲気に呑まれかけていたビルギートが思い出したように付け加えた。
これは遠回しな要求だ。「譲歩――協力したと伝えるくらいはしたくれるよな?」と言っているのだ。
まぁ、彼らは彼らで辺境に生きる者として必死なのだろう。
「無論だ。クナウスト子爵領の“ご協力”は忘れない。今後についてもな」
最後は政治的なところに落ち着いた。
しかし、彼らは仕掛けられた“落とし穴”に気付いているだろうか。
中央で名が知られれば、今後下手なことはできなくなるのだと。
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