第248話 遠征⑦~後処理~


 明くる日の正午頃、拠点とした村に近くの領主の騎兵部隊がやって来た。


 作戦成功と同時に、騎馬小隊から伝令として最寄りの領主のところへ走らせたためだ。こればかりは黙って動くわけにもいかない。


 彼らはヴェストファーレン王国にこそ属しているが、王国南部の守りを理由に先の戦いには参加していない。

 しかも実際にやって来たのは騎兵だけの二十騎だ。これでは盗賊をどうにかできるはずもない。


「来たな……」


「ずいぶんとのんびり駆け付けたものです」


「言ってやるな。地方の感覚なんてそんなものだろう。数の少なさは……


 出迎えはロバート、それと将斗で行った。


 訓練中隊を書類上預かっている――最高指揮官は彼だからだ。


 少なくとも、現状では聖女カテリーナの護衛として駐留しているに過ぎない百合騎士団を前面に出すのはよろしくない。

 女というだけで侮られることもある。

 まぁ、男が数名しかいない時点でそれは不可避な気もするが……。


「出迎え御苦労。ヴェストファーレン王国クナウスト子爵領騎兵団団長のビルギート・オトマイヤーだ。責任者はあなたか?」


 馬上から話しかけられた。


 姓を持っているが、子爵と同じでないことから寄り子の騎士か。辺境の騎士爵は個人事業主みたいなものなので近くの男爵以上を寄り親としている場合が多い。

 おそらく彼もその手合いなのだろう。貴族的な高圧さがほのかに漂っていた。


 これは下手に出ると付け込まれる。

 ロバートはそっと警戒レベルを上げた。


「私は新人類連合所属〈パラベラム〉ヴェンネンティア駐留軍中佐のロバート・マッキンガーだ。あなたが引き継いでくれるのか?」


 堂々と対等以上で返したロバートの言葉に、ビルギートと名乗った男が眉を上げた。


「そうなるが……。まずは状況を確認したい。教えてくれないだろうか、ロバート殿」


 ビルギートは態度をあらため馬から降りた。


 まったく退く様子のないロバートの態度、それと教会討伐軍を退けた立役者である〈パラベラム〉の名を聞いての反応だ。


 バカ丁寧な日本人じゃあるまいし……。こうした無駄なところで譲歩したりはしない。


 もっとも、譲るだけ譲ってどうにもならなくなったところで日本人は全力で殺しにくるので、怒りのボーダーラインは慎重に見極めなければいけない。

 昨晩も突撃して大量に敵を狩ったサムライが真横にいやがるのだ。コイツは日本人の中でも特殊事例なはずだが。


「それではあちらに。天幕と水を用意してある」


 ロバートが天幕に案内する。

 その際、ビルギートたち騎兵団が村に入らないようにうまく誘導した。


 村の外とはいえ土地を貸してくれた礼を物資で弾んだため、下手に領主がそれを嗅ぎつけると彼らの富がいちゃもんで没収されかねないためだ。

 この世界の平民に権利など存在しないため、貴族から要求されて拒否すれば殺されても文句は言えない。後で念押しもしておかねばならないだろう。


「……ずいぶん女性が多いですな」


 天幕内のテーブルに腰を下ろしたビルギートがつぶやいた。

 彼をはじめ、騎兵団の兵たちはチラチラと周りを見ている。

 興味はあるが〈パラベラム〉の手前、かなり我慢しているのだろう。それでも気になってしまうようだが。


「オトマイヤー卿は先の教会との交渉の顛末は聞き及んでいるか?」


「ええ。和睦によりクリスティーナ殿下の破門は撤回され、教会の聖女殿がヴェンネンティアに派遣されたと……」


 その王女殿下もここにはいるのだが、面倒なことにならないよう別の天幕に控えている。

 彼らが居丈高な振舞いをしなかった時点で出る幕はないと判断したのだ。

 出て来てもビルギートたちにひっくり返られる――騒ぎになるだけだ。


「その当代聖女カテリーナ殿の依頼を受け、我々は護衛騎士団の訓練を行っていた」


「聖女殿の護衛騎士団? だから女だけなのか……」


 ビルギートは勝手に誤解してくれたようだ。


「まぁ、そのようなものだ」


 元々騎士団を擁していた人間カテリーナの好みだろう。これは疑いようもない。

「護衛対象と間違いがないよう貴族子女で固めた」という理由だけでは説明できないほど、百合騎士団は見た目の整った者たちが揃っていた。


「それはなかなかに――」


 途中で言葉を切ったビルギート。

 おそらく「羨ましい」とでも続けるつもりだったのだろう。


 ――良識がブレーキをかけたといったところか。


 ロバートに彼の反応を下卑と切って捨てるつもりはない。

 訓練期間中は気にしている暇もなかったが、たしかによくよく考えれば文明の中枢にいた女騎士など男には毒以外の何物でもないだろう。


 ただ、ロバートたちからすれば、多くは訓練でシゴいた挙句に泣かせてゲロを吐かせ、中には失禁までさせた人間までいる。

 良いのか悪いのかは別として、今さらそういう目では見ることができなくなっていた。そうした意識の差でしかない。


「さて、話を進めよう。――当方は〈パラベラム〉首都パラディアム所属の歩兵訓練中隊約二五〇名、それと訓練教官に協力者が数名。実戦訓練として三日前よりこちらの村を拠点に、直近目撃されたと盗賊を捜索した。長距離行軍を想定した訓練だ」


 ロバートはあらかじめ整理していた情報を思い出しながら喋った。


「我らへの事前通告がなかったようだが……」


 副官らしき兵から不満の声が上がった。こちらも騎士爵だろうか。少し若い。


「活動予定地点はここより南部の誰も領有していない地点だった。王都の了承は取ってあるが、たしかに事前通告は必要だった。後で報告しておくべきか?」


「い、いや、それには及ばない」


 副官は言い淀み、ビルギートは「余計なことを……」と彼を睨んだ。


 たとえ事実は事実でも、たかが子爵が中央――執政府への不満を口にすればろくなことにならない。

 ましてや国内の問題ではなく、強力な同盟相手が話に絡んでいるのだ。内容はさておき、極めて高度に政治的な判断は必要になる。


 その程度は騎士爵のビルギートでも理解できた。


「では続けるが――二日の捜索により、賊の拠点三つを確認した。そこで二五〇名を三グループに分け、払暁に襲撃をかけてこれをほぼ同時に撃破。合計となるものの死者八十五名に捕虜四十名を確保。当方の被害はゼロ。ひとつのグループはさらに南からやって来た遊牧民と判明した。あとは卿らにて真偽を確認していただきたい」


 虚飾もなく事実のみを淡々と報告した。

 だからこそ、今回上げた戦果の凄まじさがわかるのだ。


「なんと……」「そんなバカな……」


 事実、兵士たちが驚きの声を上げる。


「騎兵は一部おられるようだが……。盗賊はさておき、歩兵が遊牧民を捕捉して上に、味方の損害なくして敵を壊滅させたと? にわかには信じられん……」


 案の定の声が上がった。

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