第247話 遠征⑥〜或いは武士道ブレード〜
「どうした!?」
「小隊長! キリシマ大尉殿が……」
何事かとコンスタンツェたちが駆け付けると、将斗について行ったはずの兵士たちが前方を示した。
「将の天幕とお見受けする」
女騎士たちの耳朶に触れたのは、背筋がぞくりとするような声だった。
天幕内の
緩い曲線を描く冴え冴えと青味がかった刀身は、すでに何人か斬り捨てたせいか、ぬらりとした赤い液体を纏っている。
最奥の天幕へ突撃した将斗は、騎馬民族を相手に刀を振るっていたのだ。
『何者だ! どこの手先だ!』
右八双に構える将斗の立つ先には、ひどく幅広の曲刀を持った男たちの姿があった。
コンスタンツェに騎馬民族の言葉はわからない。
だが、明らかに彼らには気圧されている雰囲気があった。
しばらく身体を拭いていない獣のような臭いの中に、真新しい汗の臭いが混ざっていた。
『定住の者がちょこざいな……』
軋る歯と憎悪の込められた声。
狭いながらも天幕の中は“鉄火場”に変貌を遂げている。
「大人しく武器を捨てて投降するか、腕に自信のある者はかかって来い」
『囲め!』『剣で負けるな!』『首を刎ねろ!』『背後を取れ!』
気色ばむ護衛の兵に囲まれようが一切動じることはなく、将斗は最適の位置に陣取ることだけを考えて足を運ぶ。
『おい、なんで攻めない!』『ここからじゃ仲間を巻き込む!』『小癪な! 俺がやって――ぎゃっ!』
反撃を試みる敵を相手に、将斗は最小限の動きで体力の消耗を抑える。
しかも、その状態から複数の敵に攻撃の隙を与えないよう常に一対一に持ち込んでいく。
わずかに刃先を動かして相手の攻撃を誘うと、押し寄せる刃を細身の刃で弾き、返す刀で確実に敵を倒していく。
そうした流れるような動きの連続で、瞬く間に敵の数が血飛沫とともに減っていくのだ。
『おおおおおおおっ!!』
最後となったリーダーと思しき男が、裂帛の雄叫びを上げて将斗へ斬り掛かる。
残りひとりとなった護衛が斬りかかって倒されるかどうかという刹那の瞬間だった。仲間ごと将斗を叩き斬るつもりだったのだろう。
『お、おかし、ら……』
しかし――袈裟懸けに振り下ろした刃の先に将斗の姿はなく、まだ死を迎えていない部下の苦鳴が生まれただけだった。
ぞわりと粟立つ肌。硬直した身体を残し、眼球だけが相手を探して彷徨う。
「兵として戦場で
他よりも幾分か上質の衣装を身に纏おうが、他の者よりも大きな剣を持っていようが、するりとした体の移動で横薙ぎに振るわれる一太刀で斬り倒された。
「敵将、討ち取ったり!」
包囲されているだけでなく指揮官を討ち取られれば戦意はガタ落ちだ。
事実上の完全勝利である。
『待て! 降伏する!』
騎馬民族の言葉で降伏を宣言し、それが瞬く間に伝染していった。
彼らにとっても降伏は頭の後ろで手を組むらしく、こういうのは世界が変わっても似通うものらしい。
「こちらに並べ! ゆっくりとだ!」
コンスタンツェが指示を出し、歩兵たちが銃口をわずかに下げた状態で囲む。
厳しい訓練を受けた兵士たちだ、命令もなく勝手に相手を処刑したりはしない。
こういう点では
「まーくん……ちょっと、やりすぎじゃないかな……」
あっという間に戦いは終わり、M27 IARで歩兵小隊のバックアップをしていた翼は
「どうでしょう。アレは無駄な被害を防ぐための策だったと思うのですが」
治療役のクリスティーナが声をかけてきて翼は表情を引き締めた。
悪い意味で慣れてしまっているらしい王女には驚いた様子もない。
きっと翼がこの世界に来る前から、このようなことは何度もやっているのだろう。
そこにいなかったことに嫉妬の念が湧き上がるが、あまりにも大人げないと思考を振り払う。
「ええ。わかっていますよ、クリスティーナ殿下。ただ、訓練と見ると……」
「わからなくもないですが……。されど、敵地への夜間浸透および奇襲という意味では訓練の目的はおおむね達成されているのでは? ロバート殿の思惑にも沿っているかと」
――ふぅん、ロバート殿、ね。
マッキンガー中佐を名前で呼ぶクリスティーナを見て、
「理解してもらえたようで嬉しいよ」
新たな声が聞こえた。
ヴァネッサたち騎馬小隊と進んで来たロバートだった。
「マッキンガー中佐殿、襲撃部隊は敵拠点の制圧を完了いたしました」
翼が敬礼で報告する。
クリスティーナも彼女なりの形式でそれに倣う。
「ご苦労だった、オオヨド少佐。これで訓練は完了だな」
「よろしいのですか? 霧島大尉が……」
「構わん。味方の被害を減らすためにはアレが一番早かった」
今回行った遠征および訓練の目的は隠密行動からの潜入、そして襲撃までである。
言ってしまえば、誰が敵将を討ち取ったかは大きな問題とはならない。
「個人の武勇が評価される時代は過ぎつつある。そう叩き込み、部隊単位での行動が評価されるようにしなければ、抜け駆けするバカが減らんからな」
だからこそ、訓練中隊とは直接結びつかない将斗が真っ先にその役目を担ったとも言えた。
けして身体に流れる
「しかしホントにアイツは……あれでサムライって言うと怒るんだぞ?」
「こう言っては何ですが、本当に人間なのですか……キリシマ大尉は……」
赫赫たる戦果を見たヴァネッサの表情は完全に引き攣っていた。
女性と言えども、男に劣らず剣を振るう騎士から見ればにわかには信じられないのだろう。
なにしろ細身の
もはや驚愕を通り越して恐怖・畏怖の対象でしかない。
ロバートは一瞬どう言葉を返すか悩み、やがて口を開く。
「アイツは人間だぞ。……まぁギリギリかもしれんが」
付き合いはそれなりに長いが、未だに自信を持って答えられないのだった。
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