第244話 遠征③


 四日目の夜、村の拠点で襲撃計画が立てられた。


「基本の編制はこのままだ。ただ、騎馬小隊はいじるぞ。Aグループに入れる」


 各小隊長を含む幹部を集めたロバートは方針を示す。ここではさすがに介入した。


「イエッサー!」


 すかさずヴァネッサが答えた。


 当然ながら彼女は馬に乗れるため、襲撃作戦では中隊長として騎馬小隊長に随伴する形となった。


「相手の戦力に馬が相当数あると確認された。こちらも騎馬なしでは取り逃がす可能性がある。機動力が必要だ」


 偵察の結果、報告された各盗賊集団の規模から、対応するグループに見直しを行う必要が出てきたのだ。


 警戒すべきは三つの盗賊集団のうち、ロバートたちから見て真ん中に位置するもっとも規模の大きな集団だ。

 そちらに向ける兵力を増やすべく騎馬兵を当てることにした。


 尚、各二騎は当初派遣していたグループに残している。

 ロバートたちがサポートに回る以上、緊急事態を除いて無線は使えない。そうなると騎馬兵を凌ぐ速度の情報伝達手段が存在しないためだ。


「オルドネン、騎馬兵用のカービンタイプには慣れたな?」


「全騎問題ありません。銃剣が活かせませんので近接戦闘用には槍を用意してあります」


「よろしい。言っておくが突撃は最後の手段だぞ」


 当然のように騎馬兵は馬上からMini-14が撃てる。

 彼女たちはピストルグリップとフォールディングストックに換装したMini-14GB-Fで訓練済みだった。


「では、これより作戦に入る。各自の任務に当たれ。教官たちは適宜フォローをしろ」


 ロバートとクリスティーナ、将斗、それと翼がヴァネッサ率いるAグループとなった。

 スコット、マリナとサシェはBグループ。エルンストにジェームズ、リューディアがCグループだ。


 襲撃のタイミングは各自に任せるものの、可能な限り今夜で終わらせて拠点の村へ集合――敵がいない場合は追跡などせず撤収するよう指示を出した。


「「「イエッサー!」」」


 いよいよ作戦開始である。






 それから数時間後、Aグループは目的の場所へ到着した。


「斥候、報告しろ」


 目的地近くの岩陰。


 主だった面々だけを集めた。残りの兵は休息中だ。


 時刻は日付が変わった頃、あと数時間すれば朝日が昇ってくる。

 夜通し移動してきたため兵の休息は必須だった。襲撃に向けた時間調整もある。


「敵は約五十名。騎馬民族崩れの賊かと思われます」


 斥候について行った地元出身のヴェストファーレン兵が答えた。


 この数日、女だらけ、しかも貴族子女がほとんどを占める部隊にいてはまるで落ち着かなかったに違いない。

 おそらくエロい夢など見る暇もなかったはずだ。現実はどこまでも非情である。


「騎馬民族?」


 報告を受けたロバートが小さく首を傾けた。


 これはいささか予想外の事態かもしれない。


「はい。ここから更に南へ向かって東へ進むと、荒野を越えた先にどこまでも続く広さの草原があると言われています。そこには戦いに明け暮れる騎馬民族が住むと昔祖父から聞いたことが」


「まさかだが、そんなところの連中が進出してきたのか?」


 どうやらAグループは、逃げ込んだ盗賊とは別の“当たり”を引いてしまったらしい。


 偵察データからやけに馬が多いと思っていたがそういうわけか。


「馬と天幕の形状からほぼ間違いなくそうです。ただ、草原を出るような者は稀だとも……」


 現地からの情報と航空偵察の情報を組み合わせると、大陸東部でも実は南部に東方亜人領域とは異なるエリアが存在することが判明した。


 ちょうど南北の中央部で東に向かって伸びる大山脈に阻まれ、北側の亜人領域と分かたれた未知の領域があるのだ。


「ということは、勢力争いにでも敗れた兵隊崩れか?」


「事情はわかりませんが、そんなところかと」


 答える兵士の表情には不快感があった。


 自分たちの生まれ故郷近くに得体の知れない余所者、しかも賊がうろついているのが我慢ならないのだ。

 こういう人間はきちんと本気を出してくれる。信用できそうだ。


「他はどうだった。いや、ここからは訓練兵、おまえたちが報告しろ」


「はっ。天幕はふたつ、後は野宿をしているようです」


 斥候のひとりが汚れた格好で答えた。

 ひどい化粧だ。しかし、戦意を漲らせた瞳は美しい輝きを放っている。


「見張りは?」


 ヴァネッサが問いかけた。


「見張りはいましたが五人ほど。十人もいません」

「周囲の地形ですが、賊たちが寝てる側は平地で、草が少しばかり生えています。そうですね、このあたりと同じです」

「川は近くにありませんでした」


「わかった。休んで食事をとれ。なるべく本部の近くに居るように」


「はい、団ちょ……中隊副指揮官殿」


「作戦は――」


 ヴァネッサは腕を組んでしばらく考えた。


 強襲するべきか。それしかない。連中が動くのを待てば機動力が加わってしまう。それは愚策に過ぎる。

 可能な限り一気に片付けないと態勢を立て直されるばかりか、こちらの被害も大きくなる。


「どうだ?」


 悩むヴァネッサにロバートが声をかけた。


 あとは戦うだけと言ってもいい。この状況で悩むのであれば意見を聞いておく必要がある。ここで誤っては目も当てられない。


「意見具申いたします。できるだけ接近して、払暁で一気に襲うべきかと」


「ふむ、続けろ」


「幸い、ここは周囲に草が少生えています。この暗さもありますので、歩兵は擬装カモフラージュしてある程度離れた場所まで左右から匍匐すれば問題ないかと」


「騎兵はどうする」


「ゆっくり迂回する形で山側から接近して、歩兵の十字砲火を補う形にします。合図により歩兵の選抜射手マークスマンが見張りを始末すると同時に侵入します。いかがでしょうか? 騎馬は襲撃が露見した際のダメ押しです」


 ヴァネッサの意見を受け、ロバートは考える――フリをする。


 正直、「突撃する」などと言い出さない時点で合格だ。

 十字砲火を形成するのもいい。

 実際には襲撃となるためそこまで侵入できれば掃討するようなもので役には立たないが、途中で敵に発見された際には射線を十分に確保できる。


「マッキンガー中佐、わたしはいいと思います」


 翼が賛意を示した。将斗も刀の柄に手を置いて頷いている。


 ――まさか将斗コイツ、突撃に参加するつもりだろうか。


「よし、いいだろう。擬装して匍匐するのも問題ない。慎重なのはいいことだ」


 ここでロバートも同意した。


 訓練完了間近の新兵なら、これ以上の作戦はないだろう。

 いきなり突撃と言い出さないのは彼女たちの成長の証だと思う。


「日の出まで三時間くらいだ。飯は食わせてるか?」


「は! コンスタンツェ、パトリシア、ユーリア! 聞いたな? 明るくなってきた頃に始める」


「「「はい」」」


 各小隊長が返事をする。どいつもこいつもやる気が漲っていた。


「……まず、コンスタンツェとパトリシア。おまえたちが攻撃の主力だ」


「「はい」」


 ふたりは力強く頷いた。


擬装カモフラージュをしたら、小隊を率いて村のこことここに待機。真っ先に敵に近付いて見張りを排除する役目だ、音に気を付けろ」


 ヴァネッサが簡易地図に印を書き込んでいく。


「小隊に命じます。声を出すくらいなら喉に穴をあけて自害しろと」


 コンスタンツェが目をギラつかせた。


 なんともいい具合に仕上がっている。

 騎士の誇りを持ちながら、新世代の戦い方を学んだ兵士に進化しつつある。


「わかった。合図は〈パラベラム〉から借り受けた魔道具LEDライトで出せ。襲撃前の着剣を忘れるな」


「「はい」」


「ユーリア、おまえたちは奥の手だ。わたしと一緒に向こう側へ迂回して、歩兵部隊から信号弾があったら突っ込め」


「はい」


「よし、行け」


 ヴァネッサの言葉に小隊長たちが指示を伝えに散っていく。

 いい反応だ。打てば響くとはこのことだ。


 飾り立てる余計な言葉はいらない。


 それが軍隊だからだ。

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