第243話 遠征②
訓練中隊は午前五時にパラディアム基地を出発した。
訓練開始時からは考えられないほど綺麗に整列した同じ格好の集団が行進していく。
「なんだぁ?」「おい、軍のところにあんな連中いたか?」「そういやふた月くらい前に来たのが……」
朝早くから市場の準備をしている一部の民衆が何事かと遠巻きにしている。
ほとんど女性だけで構成された軍隊は当然珍しいのだが、ここまで動きの揃った集団はもっと珍しいのかもしれない。
訓練で散々に匍匐前進から始まって色々なことをやらされた中隊に、もはやそうした奇異の視線を恥ずかしく思う心はない。
「全員腕振れ!」
先導は胸甲を着けた騎馬小隊とヴェストファーレン軍騎馬兵だ。
残りは歩き、それと他の協力者の一部が馬車に分乗していた。
「水は貴重だが、こまめな水分補給を忘れるな。喉が渇く前にだぞ、一気に飲んでもダメだ」
ロバートたちは訓練中隊の各小隊に随伴する形で歩いている。
必要に応じて助言をしたり、進軍ペースの監督をする形だ。
今回は中隊をヴァネッサに指揮させているのもあるが、バカなことをする人間がいないので怒鳴る必要もほとんどない。
「だいたい半分まで来た。このままだ、速度を落とすな」
「「「イエッサー!」」」
元々、特殊作戦に従事していたため、地球組は馬車に乗るより歩いていた方がはるかに楽なのだ。
隊列は時速四キロほどでゆっくり、ただし休みなく道を進んでいく。
今日は三十キロ地点の村まで一気に進み、遠征終了までそこを拠点とする予定だ。
三〇〇人近い人間を収容できる施設などないため、中隊が寝泊まりする天幕の設営は必須だ。
暗くなるまで半日残っているからと休んでいる暇はない。
「村が見えました!」
「ご苦労、先触れを出せ」
村には正午を回った頃に到着した。
誰もが疲れているが、そうした様子は見せない。この程度は疲れたうちに入らない。
中隊の兵士にとって「疲れた」となるのは、物理的に動けなくなってからだ。
そう叩き込まれている。
「オルドネン、村の中には原則入らない。手持ちの装備だけで済ませる」
「イエッサー! 中隊総員傾注! 小隊長の指示で分隊ごとに炊事を始めろ!」
疲れていたり寝不足では食事もまともにとれないが、兵士にとっての食事は楽しみと同時に仕事でもある。
食わねばまともに動くこともままならない。
「水汲みと調理に分かれろ! 水の方に多く出せ! 設営で荷物を下ろした馬車を使え!」
各自、迅速に炊事を済ませていく。
訓練の中であらゆる役割を一度は経験させているため、動けない人間は誰もいない。
できないだのやりたくないだの言うバカは、すべて山盛りの罵声と腕立て伏せで矯正した。
食事の支度ができると各員が何も言われなくてもしっかりと食べ、終わったら早々に片付ける。
「ちょっと周辺偵察に行く。名前を呼ばれたヤツはついてこい」
この村が襲われる可能性もあるため、エルンストが一部の長距離走が得意だった兵を連れて斥候に出た。
尚、その中にはマリナも含まれている。
気を利かせたエルンストがスコットに「借りていいか」と訊いたのだ。
彼女にも役目を与えた方がいい。
実力は実戦を潜っているだけあって中隊の兵と比較してもトップクラスだ。
「周囲のおかしなところに気を配るようにするといいよ。足跡なんかはできるだけ見つけないと。魔物なのか馬なのかヒトなのか……」
「これから数日訓練がある。昨日の自分たちの足跡を追いかけるマヌケにならないようにしろ」
騎馬兵を斥候に使わなかったのは馬の疲労を考慮してのことだ。
騎馬兵の訓練は二日目からで良いと判断した。
「今日からは天幕で寝る! 残る者はすぐに天幕を張れ! 終わってもまだ仕事はあるぞ!」
残る兵は設営を先に済ませ、その後は世話になる村のお困りごと――慰撫活動として柵の修理などを請け負った。
住民からの悪感情は任務の大きな妨げとなる。
些細な情報でも上がって来なくなることは避けたかった。
「これは少ないが土地を借りる謝礼だ。村の皆で分けるといい」
「これはご丁寧にありがとうございます……」
スコットが村長と“交渉”をする。巨漢が相手なら妙なことはしないだろう。
二時間ほどして斥候が帰還する。
周囲に二~三キロに怪しい痕跡はなかったようだ。もっともそれはUAVで確認してはいるのだが。
夜も同じように食事を済ませると、しっかりと井戸水で体を拭き、天幕に入ってしっかりと眠る。
食事と同じく、眠ることもまた仕事なのだ。
「総員起床!」
翌日、起床は朝五時とした。
疲労回復を加味した睡眠時間としては充分な量だ。
準備運動がてらに軽く村の周りを走る。異常はない。
むしろ異常な者を見る目で村人から見られたが、「“新たな軍隊の形”を知らない」のだと誰も気にしない。
今日の移動距離はグループごとに異なるが、おおむね半日以内で片付く範囲をなるべく均等に割り振ってある。
朝の炊事をして食事を済ませると、各グループごとに出発する。
一連の行動は反復練習でそれなりに最適化されているので、全部で一時間もかからない。
やはり貴族子女が多いため、炊事に加熱魔法が使えるのが大きい。
水をそのまま加熱できるので、調理が極めて楽なのだ。あまり火を焚く必要はない。
これはサシェやリューディア、クリスティーナたちが地球の知識を元に開発した魔法のおかげだ。
「各隊出発!」
七時前に村を出発した。
借り受けたヴェストファーレン軍の者たちが一番疲れた顔をしているが、そんなものは単なる根性不足である。
基本的な土台に根性がなければ上手くいくものもいかない。根性を出すしかないのだ。
事実、訓練中隊は根性を出して行軍している。
彼女たちの様子に男として情けない姿は見せられないと奮起するのがわかった。
「グループごとに十騎預けてある。騎馬兵を前と左右に展開させろ。二騎は本隊付きの予備として残しておけ。何かあっても伝令に走らせられる」
ロバートは昨日はほとんど休ませていた騎馬兵を三個分隊にして斥候に投入することにした。
各小隊長に派遣の命令を出させる。
「ああいった丘の陰だとかは確認を怠るな」
自分がついている主力部隊に随伴したロバートは、騎馬を展開させ、周囲に怪しいものがないか確認させる。
「丘の上を取って逆落としを仕掛けられると勢いで潰される。賊とは言え馬を持っている可能性もある。実戦を想定しろ」
本来なら騎馬だけで先行させてもいいのだが、その場合、騎馬は全部で二個小隊ほど欲しい。半数しかない今は無理な話だった。
「言うまでもないが、真正面から進むのは愚策だ。大きく回り込んで可能なかぎり遠くから発見しろ」
「直線的に近付くと発見されるし、最悪弓で射られる。ライフルの優位性も薄まる。地形の特徴も頭に入れておくように」
「イエッサー!」
敵がいそうなところに真正面から行っても意味がない。
「今の段階の目的は潜んでいる敵を発見することだ。先に存在を察知されては、もっと奥地へ逃げ込まれるぞ」
そうなっては森や山に潜まれ、数の優位を活かせなくなる。
同じ場所でも先制を取れるか、待ち構えている場所に向かうかではどれほど難易度が違うか。
一定時間ごとにローテーションで休ませながら斥候を駆使し、拙いところは教官が指導し偵察を行った。
中世の歩兵部隊相当と考えれば、かなりの強行軍と言えるが、それはこの世界における“新たな軍隊”として必要な能力だった。
「盗賊の痕跡を発見、根城を突き止めました」
それぞれの部隊が盗賊の根城を発見したのは、奇しくも同じ二日後だった。
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