第242話 遠征①



「ふわ……」


 外で訓練兵たちを待つ中、野戦服姿のマリナの口から小さな欠伸が漏れた。


「まだ“おねむ”か? 無理に参加しなくても良かったんだぞ?」


 スコットが笑うと、マリナは慌てて口を手で隠した。


「そ、そりゃ眠いけど……。回復役にサシェとリューディア、あとクリスティーナも連れて行くんだろ? あたしだって護衛はやれるよ」


 要するに、自分だけ置いて行かれるのがイヤだったのだ。


 それ以外にも、現地人である百合騎士団が、戦力として頭角を現してきたことへ無意識の焦りがあったのかもしれない。

 彼女たちは各国の貴族子女であるばかりか、兵士としての訓練を受け、〈パラベラム〉の武器も扱える。


 これでは治癒魔法も使えない自分が用なしになってしまうのではないかと不安なのだ。


「そうか。だったら、馬車の護衛は任せたぞ」


 マリナの思惑を理解しつつも、スコットは気付かないフリをした。

 本人が意識していないところを指摘したところでかえってよくない。

 だから、いつも通りに接する。


「任せといて! まぁ、ちょっと長いけどね……」


 訓練期間は一週間。マリナが辟易しているように、そこそこの長さだ。

 けして短くはない。

 

 長期訓練は南に五十キロ程度の場所――盗賊が目撃され、あるいは新人類連合の治安維持活動から逃げ込んだ領域にて計画している。


 まずは馬と歩きで二日ほどかけて現地へ向かう。

 そして、およそ三つのグループに分け、周囲をそれぞれに哨戒して盗賊を捜索する。あとは残り時間で襲撃計画を立案・討伐してパラディアムに戻ってくる計画である。


「トラックを使えれば良かったんですがね……」


 M38 分隊選抜射手小銃SDMRのライフルケースを肩にかけたエルンストが小さく息を吐いた。

 狙撃のためならどれだけでも隠密行動を取れるくせに普段はこの物臭っぷりだ。彼らしいと言えば彼らしいが。


「使ったらあっさり終わっちまうからな。二日で五十キロなら装備があっても無茶じゃないだろう」


 スリングでM27 IAR を吊るしたロバートが答えた。


 補給部隊として馬車は用意しているが、訓練にならないため兵の移動には使わない。負傷者かぶっ倒れた人間が出たら乗せるくらいだ。


 もちろん使わない理由はそれだけではない。


「あー、普通の馬車に乗るなら歩いた方がよっぽどマシですね」


 エルンストが尻を軽く叩いた。


「だろう? こればっかりは特殊部隊も形無しだ」


 そう、不思議なことにこれをやると、体力やら何やらが増えているはずの地球組が先に疲れ切ってしまうからだ。

 何度目かわからないが、現代人のセンシティブな尻が崩壊の危機に晒されかねない。切実な問題だった。


「それではオオヨド少佐、我々は原隊に戻ります」


「ご苦労様でした、カーター大尉」


 教官陣ではサポートの女性隊員は遠征に参加しない。

 マリナをはじめとした他のレイヴン現地メンバーと、翼は参加する。本人たっての希望だ。


「本当についてくるんですか?」


「わたしも教官ですから。何か問題がありますか、殿?」


 将斗の問いかけに返って来たのは翼からのジト目だった。


 エルフの王女が参加するのに、自分が参加できない理由などありえない。

 そもそも自分は訓練教官なのだ。そして将斗は期間限定とはいえ自分の個人副官だ。


「いいえ、何も」


 言いたいことは色々あったがすべてを飲み込んだ。

 朝早くから揉めても仕方がない。一日の気力をすべて持って行かれる。


「そう言えばロバート殿。盗賊討伐なら本来は拠点を作って対処すべきなのでは?」


 仲睦まじい将斗と翼は放置して、野戦服姿のクリスティーナがロバートに問いかけてきた。


 彼女もレイヴンチームのメンバーとして訓練に参加する予定だ。

 王女にして新人類連合の聖女――まぁ、これはカテリーナに役割を奪われつつあるが――にしてはフットワークが軽すぎる気がしなくもない。


「まぁそうだな……。正直、俺たちで出張って、拠点を突き止めたら空爆でもした方が早くて安価だ」


「では……」


「だが、訓練には使える。そもそも今回は吶喊工事ばりの訓練だ。受ける側もする側も手探りだ。似たようなケースの時にどういった内容にすればいいか、今後のノウハウの蓄積にもなる」


「ああ……。盗賊を見つけ出せればよし、そうでなければ時間切れで帰還すると。戦闘に拘っているわけではないと」


「そう。実戦で問題なく行動できる可能性を少しでも上げたいだけだ。絶対条件じゃない」


 口にはしないが、べつに長距離行軍だけでも構わない。

 何事もなく願いたいが、おそらく無理だろう。


 目的地付近は魔物も少ないと報告されているため襲われるとは思わないが、慣れない人間が外に出ると何かと起きるものだ。

 もちろん、軍隊なのだから何らかの事故は覚悟している。


「ところで、訓練なら“下見”は済ませているのですか?」


「それは抜かりなく。だが、あくまで表面上だ」


 ロバートたちは前日にUAVを飛ばして訓練予定地域を偵察していた。

 草原が半分、もう半分は乾燥した荒野。そしてその先は森と山といったところだ。


 本命は――やはり身を隠せる森と山だろう。


 生き物を相手にするのだから状況は変わる。

 偵察結果を妄信するのは危険だ。


 目的地に着く頃には上空にリーパーを飛ばすつもりではいるが、ハナからそれをアテにするようではダメだ。


「まぁ、最後に頼りになるのは経験と勘だ。そこは俺たちがカバーする」


 今回は現地人の訓練だ。

 ロバートたちにとってはハイテクに頼らない訓練でもあるため、その地方出身のヴェストファーレン軍の人員を訓練の名目で借りている。


 地元の人間なだけあって、地形や水場にはとても詳しい。

 もっとも、現地出身の人間がいるのは、案内役として適当なのもそうだが、それ以上に政治的な意味があった。

 トラブルになった場合に交渉がしやすくなるだけでなく、何らかの協力も得やすくなる。


「さて、そろそろだな」


 会話を切り上げてロバートは動き出す。


「点呼! 第一から第五歩兵小隊、騎馬小隊、本部付き小隊、計二五〇名、集合いたしました!」


 ヴァネッサが敬礼すると背後の訓練兵がそれに倣う。ほぼ乱れがない。


「よろしい。楽にして聞け」


 答礼したロバートは全員の前に立つ。空が白んできた。


「訓練中隊諸君。朝も早くから難儀なことだが、あいにく実戦では『まだ眠いから許してくれ』とは言えん」


 全員を見回す。眠そうなのを必死で隠している。根性がある。悪くない。


「これより貴様らには南部に巣食う、または逃げ込んだ盗賊の討伐を行ってもらう」


 何人かの表情が引き締まり緊張を孕む。実戦を含む訓練だと理解したのだ。


「喜べ、もここで終わりだ」


 訓練中隊の中から小さな笑いが漏れた。

 ロバートは咎めない。そっと両手を掲げるとすぐに静かになった。


「いいか、訓練兵! 処女は後生大事に取っておいて構わん! だが、“戦いの処女膜”はここでぶち破ってもらう! 貴様らの誰かが躊躇すれば誰かが死ぬ! 破瓜の痛みを恐れるな! 仲間を喪うことこそ恐れろ! わかったか!!」


「「「サー、イエッサーッ!!!!」」」


「よろしい。――オドンネル中隊副指揮官。以後の命令は貴官に一任する。俺たちは指揮をしない。貴様が中隊の指揮官だ。必要な時には助言する。心配いらん、思い切ってやれ」


「はい、中佐殿! ……総員出発!」 


 いよいよ最終訓練が始まった。

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