第239話 恋せよ乙女たち


 訓練開始から約六週間が経過した。


 走る訓練兵たちの足取りは、当初とは比べ物にならないほど軽やかになっていた。


 そんな中、まだまだ足りないとばかりに彼女たちの訓練に大きな変化が訪れる。


傾注アテンション、お嬢様ども!」


 進み出たロバートの言葉に訓練中隊は五列横隊で直立不動の姿勢となる。


「ほんの少しは見られる面構えになってきたな、貴様ら!」


 褒めているんだか貶しているんだかわからない言葉と同時に、教官は手に持った“あるもの”を掲げた。


「今日は異世界の文明が生み出した最高にイカレたファッキンクレイジーな武器――『ライフル銃』を与えてやる!」


 魔法兵が持っている杖に似たものだった。

 記憶のそれと違うのは、金属部品が所々に付いたり伸びたりしている部分で、お世辞にも格好がいいとは言えない見た目だ。


「我々の世界でも軍隊ではコイツの扱いができなれば決して一人前とは呼ばれない! クソほどの値打ちもない! 進化できるチャンスだぞ、嬉しいか!」


 アメリカ海兵隊U.S.マリーンの「すべての海兵隊員がライフルマン」と言っても彼女たちには理解できない。

 ロバートはそれっぽい言葉に置き換えた。大事なのは言い切ってしまうことだ。


「「「サー、ありがとうございます、サー!!」」」


 対する訓練兵たちは腹からの叫びを上げた。


「よろしい」


 ロバートは小さく笑った。


 男のように野太くはないが、凛とした自信を感じさせる声だった。

 不格好な武器の印象は印象として抱きつつも、何ひとつ見逃さないよう訓練教官ドリルインストラクター殿と武器に真剣な眼差しを注いでいる。


 それ以上に――


 殿


 たしかに無骨には感じられるものの、ひどく精密にできている。

 細かいことは理解できないが、訓練兵の目にはそれがある種の完成された美しさを備えているものとして映った。

 素直に受け入れられたのは、とっくの昔に相手を侮るバカさと決別しているからだ。


 この頃にはすっかり彼女たちも〈パラベラム〉の洗礼を受けて仕上がっていた。


「貴様らは、ヴェストファーレンをはじめとした新人類連合軍とは異なり、今後少数での特殊任務に従事する可能性がある! それを踏まえた上での特別な武器だ! だが、貴様らがそれに足る存在となれるかはここからの更なる努力にかかっている! いいか!」


「「「サー、イエッサー!!」」」


 訓練兵たちが高揚しているのが傍から見てもよくわかった。


 新たな訓練を課されるということは、それだけ教官殿の要求水準に近付いたということなのだ。

 彼らに認められることが今の訓練兵たちにとっての数少ないほまれだった。


 ――さて、若干博打に近いところもあるが……


「サカった雌豚どもめ! いきなりブツを渡してぶっ壊されるわけにもいかん! 言っておくが貴様らの身体よりもずっと繊細だ! 使い方を説明する前に、貴様らには同じ重さの模擬品を持って走ってもらう!」


 ロバートが命じたのは胸の前にライフルを構えた状態――控え銃で駆け足することハイポートだった。

 3kg前後の重量がある小銃を腕で支えて駆け足をすると、負担が半端ではないため普通の駆け足に比べると非常に辛いのだ。


「よし、受け取ったらついて来い! 駆け足用意!」


 将斗が声を上げると、訓練兵たちはすぐに準備に入る。もう遅れるような者はいない。


「……ずいぶんと


 訓練兵たちを見送ったところでスコットから声をかけられた。ロバートはそっとMini-14へ目を向ける。


「まぁな。不満か?」


 答えながらロバートは機関部を操作して問題がないか確認していく。


「いや……。総司令官がOKした以上は特に何か言うつもりもない」


「危惧するのもわかる。だが、聖女殿の考える南大陸への浸透を行うなら普通にやってたんじゃだめだ」


 空撃ちの音。


 〈パラベラム〉が引っ張り出して来たMiniミニ-14は、1973年にスターム・ルガー社が発表したセミオートマチックライフルである。

 本体に木製部品を使用した外見上のレイアウトやデザインは、1959年にアメリカ軍に採用されたM14自動小銃を参考にしている。

 主に民生用として販売されている銃だが、銃に慣れていない彼女たちに与えても使えそうな武器として選ばれた。


「向こうの兵士たちは前装式滑空銃マスケットで頑張っているってのにな。後から来た連中がこんなの使ってるなんて気の毒になってくるぜ」


「まぁ、見られるわけにはいかないな。さすがに可哀想だ」


 ロバートは苦笑するしかない。


 〈パラベラム〉の同盟者と言えるヴェストファーレンや亜人連合DHUは、火縄銃マッチロックを使い始めたばかりだ。

 既に一部の前線部隊は燧発式フリントロックに置き換え、またそれ以外でもヒトの技術者に冶金技術に優れたドワーフと錬金術のエルフなど兵士適性のない者を集めてかなりの急ピッチで鋼材や雷管の研究もさせている。


 彼らの状態を考えれば、百合騎士団はとんでもない優遇を受けているように見えることだろう。

 加えて、あくまでカテリーナの私兵も同然の彼女たちに、現代の武器を渡すのは迂闊な行動にも思える。


「連中もなかなかに仕上がってきた。これで裏切るようなら俺たちの目が節穴だっただけさ」


「言うねぇ、指揮官殿は」


 からかいつつもスコットに異論はなかった。


 そもそも、セミオートマチックライフルを持った程度ではこの基地で叛乱など起こせない。

 訓練時に支給される弾丸もほんの数十発程度。それにあり得ない事態だが、三〇〇人全員が蜂起することはあり得ないし、そうだとしても戦闘ヘリと歩兵部隊で狩り尽くして終わりだ。


 亜人やヴェストファーレンと異なり、だから特別な支援しているのだ。


「連中が自分たちの生きる場所のために戦うと決めたなら、精々死なないように鍛えてやるしかない」


「出し惜しみしてたら死ぬんだったら、ゲタを履かせてやるのが務めってもんか」


「そういうことだ」


 口では一歩引いた態度を見せつつも、スコットとてこのところ訓練中隊の成長度合いを見るのが楽しくなってきていた。


 だからこそ、彼女たちには失敗してほしくない。そう心から思う。


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