第233話 Oh.My Girl !!~後編~
「勝手に喋るなと言われたばかりでしょう? まさか記憶力に不備がおありなのですか?」
ヘラリと笑った騎士は翼からの視線に射抜かれ青い顔で押し黙った。
鋭いというよりも、有無を言わさない圧迫感があった。
「あなたがたの意見・感想は求めておりません。それと、バカにしているのではなく、あなたのように余計なことを言うおバカさんがいるから念押しをしているのです。今の言葉でちゃんと理解できましたか?」
訓練兵の何人かはすぐに理解した。
ロバートのように怒鳴り散らさなくとも罵倒はできるのだと。
無論、これでもわからないバカもいるわけで――
「教官だか何だか知らないが、そんな細腕で我らを鍛えられるのか? やはり、我らを女だとバカにして扱いを下げに――」
「パトリシア! 勝手に騒ぐなと言われただろう!」
先ほどのバカが懲りずに声を上げ、別の意味で我慢できなかったヴァネッサが部下の非礼に吼えた。
儀礼部隊としての自覚――というよりも、いくら聖女の護衛で騎士団と呼ばれていようが、要するに“名ばかり騎士団”である。
そこに何らかのコンプレックスがあるのか、ちょっと言われるだけで激情に駆られるのだろう。
こんな未熟極まりない連中を戦に投入しようものなら、舌戦の段階でまんまと突撃を開始しかねない。
「結構です、オルドネン中隊副指揮官。わたしからお話しましょう」
翼は殴りに行きそうなヴァネッサを軽く手を掲げて止めた。
女性というだけで侮られた経験は自分にもある。
だが、そうしたコンプレックスを抱えた騎士団に対して向けるべきは同情などではなく、自分自身の能力を見せてやることだ。
「どうも誤解されているようなので正しておきますが、マッキンガー中佐をはじめとした“レイヴン”チームは最精鋭です。いきなりその水準をあなたがたお嬢様に求めるのは酷というものです」
翼はあくまで微笑を浮かべたまま言葉を続けていく。
罵倒こそないが「おまえらでは到底ついて来られない」と言っているようなものだ。何人かの顔が瞬時に赤くなる。
存外に短気な者が多い。教会の生活ではそこまで矯正できなかったらしい。
「しかしながら、いくら言葉で言っても納得はしないでしょう」
翼はやれやれと首を振った。
またも周りで怒りのボルテージが上がる。
「これから訓練を行っていきますが、その前に
軽く手招きをされたのは、先ほどパトリシアと呼ばれた騎士だった。
怪訝な表情を浮かべながらも、彼女は鎧を鳴らして翼の所へ歩み寄って行く。
翼が「そこでいいです」と言ったのは、強く二三歩踏み込めば手が届く距離だった。
「わたしに一撃でも入れられれば教官からは降りましょう」
翼は構えも取っていない。
対する相手は手甲を身に着けている。あれで殴られればただでは済まないにもかかわらず。
舐められている。
そう思ったのかパトリシアの眉は小さくひくついている。
「では、どこからでもどうぞ」
「……言ったな!」
翼が告げた瞬間、パトリシアは動いていた。
魔力の流れを感じた。ほとんど全力である。
おそらく、一泡吹かせてやる気だったに違いない。
相手が怪我する可能性など考えていない。一切の躊躇が見られなかった。
「このっ!」
騎士を名乗るにしてはどうかと思うラフさだが、翼は卑怯と言うつもりはなかった。
「筋は悪くないですが――」
翼はその場で軽く腰を落とす。
真正面から突き進んで来たパトリシアの目の前に向けて抜き手を繰り出した。速い。
「……っ!」
目つぶしされると思った女騎士は思わず強張り動きを止める。
隙が生まれた。
翼は伸ばした手の位置はほぼそのままで動いた。肘を曲げながら身体ごと前進。
組み付くようにして拳を伸ばしていたパトリシアの右腕を捻って体勢を崩すと、身体を掬うように投げて背中から落とした。
「がっ!」
鎧が地面に触れる音と悲鳴が重なる。
軽やかな動作からは想像できないほど重い一撃だった。
加減をしたので頭は打っていない。
「お、おのれ――」
肺腑から息が抜けたパトリシアはなんとか立ち上ろうとする。
対する翼は圧し掛かる形で肩を押さえつけながら掌底を首のど真ん中に叩きつける――寸前で止めた。
明確な殺意を感じたのか、目を瞑ったパトリシアは全身が強張ってそのまま気絶した。死んだと思ったのだろう。
「――さて、わたしの能力が不足していないことはご理解いただけたでしょうか」
立ち上がった翼は息ひとつ乱れていなかった。
自分たちの想像をはるかに上回る女教官の実力に、訓練兵たちの顔は真っ青になっていた。
当然、反論の声はない。
「問題ないようですので説明を続けますが、こうした殿方が踏み込めないところをわたしが担当します。それ以外には軍人としての常識――座学も教えます。もちろん、体力、格闘といった肉体面もです。それぞれが状況に応じて教官となると理解してください」
これに関しては常識というよりも基礎・基本だろう。
「はっきり申し上げておきますが、わたし的には魔力に頼りきって戦うようであればこの部隊は必要ないと思っています。自信がないなら任務には適さないので、荷物をまとめて教会本部へお帰りください」
かなり失礼なことを言っているのだが、すでにひとりが見せしめにされたため表情は別として誰も不満の声を上げない。
「まずはこの後、皆で駆け足をします。どうでしょう、二時間くらいのイメージですね。ペースはゆっくりめ、魔法などは使わないように。死にたくなければ鎧は外して来てください」
翼はにっこり笑い全員に告げる。
「ああ、安心して下さい。この場にいる人間は全員やります。もちろん、わたしもです」
良いですよね?と向けられた視線にロバートは無言で頷いた。
部隊の長から許可が取れたら問題はない。もっとも反対されるはずもないと思っていたが。
「教官殿、なぜ騎士たる我々と従士が同じように走らなくてはいけないのですか?」
案の定、騎士から不満の声が上がった。
騎士たちは問答無用の貴族(ピンキリあるものの)だが、従士たちは没落貴族だったり裕福な平民出だったりする。
要するに反目し合っているのだ。
なかなかに根性が――いや、無駄としか言いようのないプライドがある。
これをなるべくスマートにへし折るのが自分の役目だと翼は理解した。
「そういった走りたくない言い訳は不要です」
「い、言い訳など――」
「いいえ、言い訳です。戦場では敵が身分の差など考慮しないと理解できない方、それと体力がない方は本部に帰られて結構ですよ。口だけ達者なお姫様気取りのメルヘンおバカさんはこの部隊に要らないので」
言葉でボコボコにされた訓練兵たちは羞恥で顔を真っ赤にしている。
「あと、言い忘れておりましたが、これでも侯爵家に連なる身分ですので、あなた方が最後の頼みとする血統にも然程不備はないかと思われます」
全員が愕然とした。
――だからタチわるいんだよなぁ。
ほとんど血統が出てないので逆にどうなのかと思わなくもないが、彼女はイギリス貴族から分家した父と日本の旧華族家の母との間に生まれた人間だった。
なので、必ずしも本物ではないが、時代が時代なら問答無用で上級貴族と言える家柄の出身なのだ。
権威で黙らせるのも、この世界ではあまりに有効なのと、先に実力を見せた後だから仕方ない範囲だろう。
「さて、自己紹介も終えました。とりあえず半時間後に隊舎前に集合とします。それでは、別れ」
最早、小鳥の
どこまでも翼は笑顔で告げた。
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