第232話 Oh,My Girl!!~前編~


「俺たちだけじゃ無理だ」


 一日目を終えてロバートたちはそういう結論に至った。


 手伝ってもらう人間が必要と気付いたのだ。

 もっともそれは彼らの能力が不足しているのではなく、訓練相手がというのが最大の問題だった。


 エリックも自分がやらないからと安請け合いしてくれたものだ。溜め息を吐きたくなる。


「まぁなぁ……。どこぞの映画みたいに下ネタ全開でいったらマズいとか、そういう次元じゃないもんなぁ……」


 スコットも缶ビール片手に苦い笑みを浮かべていた。


 普段は粗野に振る舞っている彼も、誰彼構わずセクハラをしたり挑発するような非常識人ではない。

 もしそうであるなら、マリナやサシェは彼に心を許しはなかったはずだ。

 最近、他のところも許されたような気配も漂っているが、そこは触れぬが吉である。


「普通に考えて若い女のコたちですからね。僕らだけで完全にやってしまうのは少々拙いかと」


 腕を組んだジェームズがしみじみと首を縦に動かした。


「よく言うぜ。おまえにはちょうどいい連中ターゲットだろ、007」


 ドイツビールを片手に、つまみのソーセージをかじったエルンストが鼻で笑った。


 爽やかなイケメンで鳴らすジェームズはこの世界でもとても良くモテる。

 貴族階級出身ということもあって振舞いも洗練されているため、真性の同性愛者でなければ教会での禁欲生活もありコロっといってしまいそうだ。


「情報収集は任せて欲しいけれど、まだその時じゃないかなぁ」


 やらないと言わないあたりが実にジェームズらしかった。

 この場にミリアがいたら不満顔を浮かべていたかもしれないが、あいにくと今のココは女人禁制ファッキンガイズ・オンリーだ。


「発言の意図が俺と異なるのはさておき――」


 ロバートが笑うと周りも笑う。

 新たなビールのプルトップが開く音がした。スコットだった。相変わらずよく飲む。


「タウンゼント少佐の言うように、ちょっとばかり“配慮”が必要だろう。ここはホームだが、俺たちの役目は軍事顧問みたいなもんだ」


 これから施す訓練は、割と尊厳とかプライドとかそういう生っちょろいものを吹き飛ばす。


 簡単に言えば、下着姿で眠っているところに突入して水をぶっかけて叩き起こし、訓練準備を行わせて「さぁ行くぞ、苦情は聞かない!」だ。

 これくらいは軍隊としては普通に近い。


 しかし、現代軍隊を自任する身としては、そういう真似を男が女にするわけにはいかない。


 要するに、これが問題なのだった。


「亜人と違って、相手が各国の貴族となると後々面倒な影響が出て来かねん」


 ここは地球ではないため、人権がどうのこうのはない。いや、ある意味それ以上の厄介な部分として貴族階級が存在する。

 要するに『本人とは無関係に命の価値がやたら高い人間』だ。


 やり方を間違えると後々国家間での禍根となってしまう。


「まぁ、当然でしょう」


 たとえ、ほとんどが口減らしみたいな扱いとはいえ、嫁入り前の貴族令嬢(ピンからキリまでいるとして)の肌を異性が見るというのは非常に体裁がよろしくない。

 生娘かどうかを証明する手段が実際に寝所を共にする以外ないため、疑われる行動をしないのが常識なのだ。

 あとはロバートたちが他部隊から「役得だ!」とやっかみを受けないためでもある。


 つまり必要なのは、自分たちの指示を聞いてその意図を反映してくれる女性軍隊経験者なのであった。


「てなわけで、俺はオオヨド少佐を推したい」


「うえ゛っ!?」


 将斗から変な声が出た。

 ここに翼がいたら絶対に吞み込んでいたであろう声だ。


「つば――大淀少佐ですか? ご存じだとは思いますが、彼女は実戦部隊の人間じゃありませんよ?」


 将斗は慌てて回避しようとし始める。


 満更でもないくせにいつまでも往生際が悪い。ロバートは嘆息する。

 サブカル知識はそれほど持っていないが、これは明らかに映画などである“主人公補正”の類だと思っていた。


「おまえと追いかけっこできる能力があるなら十分だろ。気持ちはわからなくもないが、そろそろ諦めて覚悟を決めたらどうだ。エルフとだけイチャコラするのは無理だ」


「うっ……!」


 将斗は短く呻いて押し黙った。

 みっともなく反論しないならこれ以上言うこともない。


「……話を戻すぞ。正直、彼女以外に適任者がいない。このためだけに新たに女性士官を召喚するのもかえって手間がかかる。補助にはいいかもしれんが……」


「それはそうかもしれませんが……」


 まだ納得しきっていないようだ。


「おまえは乗り気じゃないが、初めから彼女を使うことを想定していたみたいだぞ、マクレイヴン准将は」


「まさか彼女の……」


 ロバートの言葉で、将斗は翼が起用された理由に思い至った。


「そういうことだ」




 そうしたやり取りがあって、次の日から翼が新たに訓練教官に加わった。


 最初は「どちらかと言えば自分は支援業務担当なので……」と本人から難色を示された。

 ここまでは予想済みだったので、あれこれ条件を付けてもいいと懐柔を始めると、


「まーく……もとい、霧島大尉を訓練中の“個人副官”に付けてくれるなら拝命します」


 とのやり取りがあって将斗は


 横で聞いていた当の本人は悲鳴を上げることもなく、どこか疲れたような顔で少しの間だけがっくりと項垂れていた。


 以前の盗聴時にわかっていたことだが、将斗は昔の自分を知る人間が組織内部にいるのがやりにくいだけで、本気でイヤがっているわけではない。


 証拠がこの態度だった。




 将斗の犠牲――もとい、そんな幕間はさておき。





 朝から派手に叩き起こしても仕方ないのでゆっくり目に集合をかけた。

 教会本部から長距離を移動してきた疲れを慮ってのことだ。


 あるいは、まだお客様対応している最中とも言える。


「中隊、気を付けっ!!」


 ヴァネッサの号令が響き渡る。


 さすがに昨日ひどい目に遭わされた彼女を見ていたため、時間も五〇〇ちょっとで集まった。

 騎士団として教育を受けているのだからやればできるのだ。

 まだまだ遅いが、今日は細かいことを言わないでおく。鎧を着て来ていることを考慮すればこんなものだろう。


「いいのか、最初から任せて」


 スコットがロバートに訊ねた。


「構わん。油断したら泣きを見るのはお嬢様がただ」


 やはりと言うべきか、誰もがどこか拍子抜けしたような顔をしていた。

 昨日ロバートの怒鳴り声の嵐を受けた後なので、今のところ罵声が飛んでこないことが不思議なのだ。


 ――甘いな。


 ロバートは、野戦服姿で音もなく進み出ていく翼の背中を眺めながらそう思った。


 前に立ってすっと背中を伸ばす美しい立ち姿に、訓練兵たちも自然と姿勢を正す。

 同性だから、余計に直感でわかるのかもしれない。


「〈パラベラム〉作戦課少佐ツバサ・オオヨドです。本日より皆さんの訓練教官に加わります」


 ますます疑問の表情が訓練兵たちに浮かんでくる。

 どう見ても教官とするなら好みはさておき、ロバートたちの方が適任に思える。


「昨日マッキンガー中佐からご指導があったようですから、わたしからはひとつだけ。心得ていただきたいのは、『人の迷惑にならない、憲兵MPの世話にならない』――これだけです。簡単でしょう?」


「……なんだそれは。バカにしているのか?」


 まだわかっていないバカがいた。


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