第231話 訓練初日
「全員整列! 五列横隊で整列しろ!」
歩いてくる百合騎士団員たちに向かってロバートは声を張り上げた。
――早速始まった。
将斗たちはそう思ったが、問題は当の騎士たちが理解していない。
これは荒れる。
「ヴァネッサ! おまえが指示を出せ!」
「イエッサー! ――騎士団、騎士および従士は隊ごとに並べ! 騎士を前にして五列だ! 早くしろ!」
ヴァネッサの声と態度を見て只事ではないと考えたのか、団員たちの動きが早くなる。
そこからどうにか慣れない整列をさせ、一応見られる形になるまでにまた相応の時間が経過した。
「どういう体たらくだ、貴様ら! 整列するのに二〇〇も数えたぞ! 集まるまでには六〇〇以上もかかっている! ガキのお遊戯かこれは!」
たまらずロバートが声を張り上げた。
いくらなんでもこれはよろしくない。列の並びすらお世辞にも綺麗とは言えない仕上がりだ。
「なんだ貴様は、無礼だろう」
見知らぬ男に偉そうにされたのが気に入らなかったのか、近くにいた背の高い騎士のひとりが怪訝な顔で口を開いた。
他の者も同調して声こそ上げないが、多くは似たような表情を浮かべている。
例のごとく、彼女たちには野戦服姿が蛮族の衣装にでも見えるのだろう。
「コンスタンツェ! おまえ――」
「いい、
ロバートは怒りを露わにしたヴァネッサを止めた。
脳筋寄りだけに反応が苛烈だ。恥をかかされたと思えば、この時代の人間ならブン殴るくらいは平気でやるだろう。
彼女には副指揮官を任せたが、あくまでも訓練中隊側でいてもらわなければならない。
そうでなければ、これから先の訓練に支障をきたす。
「聞け! たった今この時から、百合騎士団は名称を<訓練中隊>に改め、我ら<パラベラム>の指揮下に編入される!」
直立不動となったロバートから発せられた声に団員たちは驚くも、すぐにざわめきが上がる。
「黙れ! 誰が喋っていいと言った! 黙って人の話も聞けねぇアホ揃いか!」
怒気に殺気を混ぜると、あっという間に静かになった。
「……そして、俺が貴様ら小鹿ども預かる傭兵国家〈パラベラム〉遊撃部隊“レイヴン”指揮官ロバート・マッキンガー中佐だ! だらしなくつっ立っているんじゃない! おまえらはその辺のツノウサギの群れ以下か! 五列横隊で見られるように整列しろ! 今すぐだ!」
ロバートが怒鳴り散らし、慌てたヴァネッサが駆け回って指示を出す。
ここに至ってようやく状況がただごとでないと理解したらしく、訓練兵たちの動きがにわかに早まっていく。
とはいえ、まともに整列するまでにさらに五分かかった。
「中隊気を付けっ! 理解していないみたいだからもう一度言うぞ! 俺はこの訓練中隊の指揮官にして
軽く見渡すが、まだ状況を呑み込めていない団員が多い。呆けているような顔の者もいる。
「貴様らが俺たち訓練教官に向かって喋る時は必ず姿勢を正し、相手の階級に殿をつけるか『訓練教官殿』と呼べ! ……返事はどうした!!」
彼女たちを見ているヴァネッサの顔色がだんだんと赤くなっていく。
訓練兵たちの反応の悪さへの怒りと騎士としての自尊心――いや、どちらかと言えば羞恥心だ。
見なかったことにする慈悲は訓練教官となったロバートにもある。その分の罵声がこれから訓練兵たちに向くわけだが。
「おい、貴様! 俺が集合の指示を出してからどのくらいかかったかわかるか? 答えろ、さっき何かピーチクパーチク
ロバートは先ほど勝手に口を開いてヴァネッサがキレかけた女騎士――コンスタンツェと呼ばれた少女を指さした。
「えーとその……」
コンスタンツェは言葉に詰まる。
次第に相手の素性が明らかになりつつある今、ただならぬ気迫まで向けられては先ほどと同じ態度は取れない。
何より、
「
「違う!
近付いて来たロバートに吼えられ、コンスタンツェは首を竦めた。反応だけ見ると年相応の少女である。
「俺たちは時間のわかる道具を持っている! 秒単位の正確な数字だ! 貴様、もし自分たちが敵に襲われたとして「準備ができるまで待ってくれ」と言うつもりか?」
「いや、そんなことは……」
どう返していいかわからない。
あるいは「そんな道具なんてあるのか?」という疑いの感情が透けて見えた。周りも同じくである。
「……俺たちは異界からやって来たが、今では新人類連合に籍を置いている! 我々なら集合をかけて、二〇〇数える間にこの形に集合できる! 今なら
「そんなつもりはないです!」
今度は別の騎士に問いかけるが、やはり反応がイマイチだ。もう少しギアを入れる。
「つもりがないのにできないのはなぜだ! ……答えは簡単だ、貴様らの根性と能力が足りていないからだ!」
ストレートな罵倒に訓練兵たちの表情が歪む。
近年では海兵隊のブートキャンプでもここまで容赦なくやったりはしない。
だが、ここは世界そのものが違う。
彼女たちは護衛であり戦闘要員であり、先ほどの整列で見せた“体たらく”では将来サクっと死ぬだけだ。
訓練兵に発破をかけるにはより容赦ない罵倒が必要だとロバートは判断した。
「明日以降、一人でも時間内に整列出来なかった場合、全体の責任とする! それから訓練の間は貴様らに騎士も従士もない! すべて“
「「はい」」
「
「「はい!」」
「まだ小さい! 誰がガキのお遊戯会の発声でいいって言った!」
「「はい!!」」
「……貴様ら軍隊を舐めているのか? なんだその体たらくは? どいつもこいつも訓練が始まる前から死にかけの病人みたいなツラを晒しやがって気が滅入りそうだ。故郷でどう育ったか知らんが、ここでは通用しねぇぞ!」
訓練兵――特に騎士から向けられる視線に殺気がこもり始めている。
これはそろそろ一発カマす必要がありそうだ。
「こんな野蛮な訓練を受けるために辺境まで来たわけではありませんわ!」
堪え切れず誰かが叫んだ。おそらく騎士だろう。
貴族出身者であれば平民風情(と思っている相手)にここまで罵倒されては憤死モノだ。そういう世界なのだ。
しかし、ここは残念ながら治外法権の地球式軍隊である。訓練兵にまともな権利など存在しない。
「誰だ! どこのクソボケだ! おまえか!」
「いいえ、違います!」
「じゃあ誰だ! 根性の見せ方を間違えたマヌケはどこにいる!!」
真っ青な顔ながら誰も答えない。
百合百合――もとい女だけで結成された騎士団だけあって、仲間を売るような真似はしない。さすがは貴族、高潔だ。
もっとも、ひとたび訓練兵となった以上、それは許されない。
ロバートは先にヴァネッサを見た。
彼女は
「部下の管理ができていないぞ、オルドネン! 貴様それでも中隊副指揮官か!! 口からクソを垂れる時は『サー!』とつけろとさっき言っただろう! 通達したのか!? それすらも空き部屋だらけの脳みそに突っ込めないド低能か、貴様は!!」
「サー! 申し訳ありません!」
ヴァネッサは直立不動の姿勢で声を張った。
周りの訓練兵たちの顔が歪んだ。団長にそうさせた後悔と羞恥だ。
「罰として腕立て伏せを行う! 手本を見せてやるから同じようにやって見せろ! 鎧を脱げ!」
ロバートが将斗たちを見たのですぐに前へ出る。
ロバートだけではダメだ。舐められないよう訓練教官全員で能力を見せつける必要がある。
「いくぞ! 1! 2!――」
そこから数十回をこなしたところで、ヴァネッサが一ミリも動けなくなった。
それを尻目にロバート以下“レイヴン”チームはそこからさらに倍近い回数をこなす。
教官たちが腕立てを続けるその時間を、ヴァネッサは倒れ込まずになんとか耐えた。
「貴様らのせいで副中隊長は罰を受けた。だが、オルドネン、半分でもついて来られたのは上出来だ」
「サー……ありがとうございます……!」
膨大な量の汗を流し、息も絶え絶えになりながら、ヴァネッサは食らいついて来た。
驚くべきことに、彼女はすでに順応し始めている。
コイツが潰れるようなら訓練中隊は終わりだ。潰れないよう見極めねばならない。
ロバートは密かにそう決意した。
「今日は初日だから許すが、明日からは連帯で腕立て伏せだ、覚えておけ! ボケっと見ている貴様らのことだ、他人事じゃねぇぞ!! わかってんのか、お嬢様がた!!」
「「イエッサー!」」
「声が小さい!」
「「イエッサーッ!!!!」」
「よし、今日は移動初日だ。明日に備えろ。中隊、解散!」
こうして初日は解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます