第230話 発足、訓練中隊!


 それからしばらくして、各自最低限のものではあるが、持参した荷物を兵舎に置いた頃で騎士と従士が訓練場に集められた。


 その他の間接要員は、騎士たちの荷物――なんだかんだと貴族であるため、控えめではあるが荷物がある――を整理する役目を与えられているため参加はしない。


「まぁ、予想通りと言えば予想通りだが……」


 ロバートは大きく息を吐き出して腕を組んだ。


 困ったことに、<パラベラム>の名前で集合をかけてもすぐには集まらなかった。


 駆け足で急いで来るわけでもなければ、兵舎前から空き地まで歩いて来る始末だ。

 集まっても特に整列はしていない。緊張感がないのは、これから訓練を始めると理解していないからだろう。


「まぁ、これでも亜人連合DHUの訓練開始時期よりは幾分かマシだけどな……」


 さすがのスコットも苦笑を浮かべている。


 あの時は亜人デミたちがそれぞれの種族で固まり、尻を地面につけてだらしなく座っていた。

 今回はそういうわけでもない。そこだけを見ればマシだった。


 他国へ派遣された騎士団としてははっきり言って落第点だが。


「わたしの名前で呼ぶべきだったのかもしれないな。……しかし、そんなに悪いのか?」


 ヴァネッサが眉をひそめた。


 能力を疑われたことへの不快感ではない。

 亜人部隊ですらできていることができない。これはマズい。そんな焦燥感だ。


「戦場で戦うだけならどうにかなるだろう。貴族のご令嬢たちだ、血統的に魔力による身体強化もされるだろうしな」


「なら――」


「あくまでも。軍隊として問題なく活動できる水準レベルで見るなら、まるで能力が足りていない。いざという時にそれでは困るだろう?」


「騎士団を実戦に投入するつもりか?」


「今後、君らがどうなっていくか俺にはわからない。だが、戦は好き嫌いで参加が決まるものではないだろう。実戦に投入できる戦力があって困ることが何かあるか?」


「……ないな」


 ロバートの問いにヴァネッサは小さく鼻を鳴らした。

 イノケンティアムでカテリーナと再会した後の報告から、護衛騎士の能力が不足しているとは彼女も感じていた。


 あの場にエリックたちがいなければ、果たして魔族相手にどうなっていたことか。

 カテリーナを危険に晒さずに済んだかもしれないが、その分、他の聖女候補や騎士たちに被害が出ていたはずだ。


 そう考えるなら訓練を拒む理由はない。


「カテリーナ様からは遠慮なくやっていいと言われているが……。そんなに厳しいのか?」


 自分が見ていると良くないだろうということで、カテリーナはエリックと共に本部建屋に引っ込んでいる。


「以前に聞いているかもしれないが、もうじき個々の能力が高ければ済む時代ではなくなる」


「時々聞こえてくるあの音か」


 訓練で使われる銃声について、ヴァネッサは触れているのだ。


 すでにヴェストファーレン軍へのノウハウ移管は完了している。外から聞こえてくる音はDHUの訓練で使われるものとなる。


「そうだ。訓練はそのための対価と思ってくれ」


 相応の体力があればなんとかなるだろう。

 いきなり精鋭レベルは求めないが、もしも身に纏う鎧が飾りならどうなるか……。それはわからない。


「とんでもないものを持ち込んでくれたものだ」


 将来の戦争を想像したか、ヴァネッサは渋い顔をする。


 彼女は魔族のテロの際に〈パラベラム〉が使用する銃の威力を目の当たりにしていた。


「わかった。わたしも騎士の身だが、所詮百合騎士団は今は儀仗兵も同然。異界とはいえ、精鋭と聞く貴官らによって磨き上げてもらいたい」


「そうか、時間もないから手短に言う。……ヴァネッサ、これ以後、訓練完了までお前を部下として扱う。いいな?」


「わかった――いえ、わかりました」


 ヴァネッサは反論もなく素直に頷くと、姿勢をすっと正した。


 意外と空気の読める女らしい。脳筋――もとい、体育会系適性があるのだろう。

 カテリーナを奪った人間エリックでないからか、意外とスムーズに進むのは笑うしかない。


 いずれにせよ、ありがたい話だ。

 団長の協力が得られなければ訓練として成り立たなくなってしまう。


「よし、ヴァネッサ。騎士団――これより訓練中隊と呼称する。状況を報告しろ」


「は。中隊は総勢三〇〇名、事務・雑務を抜いた戦闘要員で二五〇名となります」


「続けろ」


「二五〇名のうち、馬持ちの騎士は二〇名、かちの騎士が三〇名、従士は二〇〇名です」


「客観的に見て、それぞれどういう連中だ?」


「正直に申し上げますと、騎士たちの多くは各国貴族の口減らしに近い境遇です。魔力保有量は並み以上ですが、特別戦闘力に優れるわけではありません」


 つまりは大半が素人に毛が生えたレベルということだ。小隊を任せられる優秀な者を核に教育していくしかなさそうだ。


「騎乗しない騎兵と従士――今後は歩兵と呼ぶが――四〇人で小隊を組み、計五個歩兵小隊を構成する。残りは本部付き小隊二〇名と偵察騎馬小隊三〇人とする。返事は肯定の際に『イエス』、否定の時には『ノー』を頭にしろ。それから、男には『サー』女には『マム』の敬称だ」


「イエッサー」


 すぐに理解して適応するヴァネッサ。コイツは磨けば光るかもしれない。


「腹から声を出せ。お前が訓練兵のリーダーだ。以後、騎士団を百合中隊と呼称する。おまえは中隊副指揮官――副中隊長だ。団長の時以上にひとりひとりをしっかり把握しておけ。海兵隊俺たちのやり方でやる。覚悟しておけ」


「イエッサー!」


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