第229話 聖女様の目論見



 保有する軍事力や設備はさておきとして、どこまでも急ごしらえの寄合所帯である〈パラベラム〉に閲兵所などの用意はされていない。


 というよりも、結成からこの方戦続きで、何かしらの式典などとても行う暇がなかったため整備していなかったとも言える。


 しかし、そんなパラディアムの敷地の一画に、今や多くの人影がひしめいていた。


百合騎士団カヴァリエリ・デル・ジリオ、騎士および従者、その他含め総勢三百名、ただいま御許に馳せ参じました!」


 鎧を身に纏ったオレンジ髪の美女が、胸の前で剣を垂直に掲げながら凛とした声を張った。

 百合騎士団団長であるヴァネッサ・マーズ・オルドネンだ。


 彼女の背後には百合騎士団まるごとが並んでおり、騎士はヴァネッサに倣い、従者は槍を持ち、その他は胸に手を当てる形で立っている。


「遥々ご苦労様でした」


 女だけで構成された騎士団を迎えたカテリーナは鷹揚に微笑んだ。


 今日の彼女は、普段よりも装飾の多い尼僧服に身を包んでいる。

 これが騎士団の着任式にあたるため、普段は華美な衣装を好まない彼女も、さすがに本来の立場に相応しい格好をしていたのだ。


「これまでの環境と異なり、困惑することも多々あるかと思いますが、教会を代表して派遣された立場だと肝に銘じて、任務にあたっていってください」


 長々しい言葉が好みでないこと、また長距離を移動してきた騎士たちの疲労を慮ってのことだ。


「「「はっ!!」」」


 揃って答えた騎士と従者たちは各隊ごとにまとまっており、ぱっと見た感じでは横隊だが地球軍隊で見られるような整然さはない。


 これは〈パラベラム〉どころか、日々訓練を受けているヴェストファーレン軍やDHUにも劣っている点だった。

 今すぐというわけではないが、百合騎士団には儀礼的な側面もある以上、早急に対策を練る必要がある。

 カテリーナはそう感じていた。


 ――わたくしもずいぶんと〈パラベラム〉の影響を受けてしまいましたわね……。


「各自解散! 荷物を宿舎に運んで、別命あるまで待機!」


「「「はっ!!」」」


 ヴァネッサの号令で全員が荷物を載せた馬車へ向かっていく。


 クリスティーナを含めたエリックとロバートたちは騎士たちの様子を眺めていた。


「久し振りだな、団長」


 エリックは戻って来たカテリーナと一緒だったヴァネッサに声をかける。


「……お久しぶりだ……です、マクレイヴン殿」


「“閣下”が抜けていましてよ、ヴァネッサ」


「うぐっ……!」


 目だけが笑っていないカテリーナの視線に、ヴァネッサの顔色が一瞬で悪くなる。

 堅苦しいのが苦手と言ってしまえばそれまでだが、貴族出身で騎士団の団長がそれでは困るのだ。


「マクレイヴン、閣下」


「よろしい」


 カテリーナがヴァネッサに対してはどうもスパルタ気味だ。まるでこれからそうした展開になるようではないか。

 黙って様子を窺っていたロバートは嫌な予感に襲われる。


「准将、なんで我々もここに駆り出されているんですか?」


 このままでは埒が明かないのでロバートは切り出す。副官たるスコットは「隊長に任せる」とばかりに素知らぬ顔をしていた。おのれ。


「通常部隊はケネディ、貴官ら特殊部隊は俺の管轄だ。つまり部下なので呼び出してもなんの問題もない」


 それはあくまで業務上必要である場合だ。


 エリック的にはまことに不本意ながら“愛しのおねぇさまカテリーナを奪った”人間と見られている。

 今回の着任式への出席は矢面に立つに等しく、何かあった時の備えにしたいのだろう。


 職権乱用じゃないのかと思うが口にはしない。そうしたくなる気持ちは理解できるからだ。


「それに、東方領域派遣聖女殿よりこの度『護衛部隊である騎士団の訓練』を依頼されている」


 続く言葉を聞いた瞬間、ロバートたちレイヴンチームの顔が強張った。


「……アレを鍛えるんですか?」


 ロバートが明らかに乗り気ではないトーンで言った。

 誰も口を開かないため仕方なくといった様子だ。

 

「エリック様から〈パラベラム〉最精鋭は最古参のロバート様たちと伺っておりますわ」


 にこやかに微笑むカテリーナ。

 上司の名前を出された時点で逃げ場がなくなりつつある。しかも本人までいるときた。


 視線を少しだけ外すと、出身者であるクリスティーナは「騎士団を……」とつぶやいて額を押さえていた。

 彼女の反応からするに、百合騎士団は癖者揃いなのだと容易に想像できる。


 そうした反応を見たヴァネッサも怒りを示すことはない。

 彼女もそれなりに共感するところがあるのだろう。


「教会本部では各国に配慮して、前線に送り出す騎士や兵士ほどの訓練を行えなかった。騎士団の能力が上がるのであれば拒む手はない」


 ヴァネッサからがあった。これは支援ではない。


 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。これはどうにかして逃げなければいけない。


 この世界に“男女平等”などという考え方は存在していないが、相手はゲストのようなものだ。

 カテリーナやヴァネッサには別の思惑があるようだが、当の本人たちがそれをどこまで理解しているか。


 シゴき倒すのは彼女たちではなく自分たちなのだ。要らぬ恨みも買うだろう。

 正直、気の進む話ではない。


「教会のプログラムに沿った訓練を受けているんだろう? 今さら俺たちが異世界の軍隊式のを施しても――」


「隊列を組んで一糸乱れず整然と行進できる。それだけでも稀有な能力となりますわ」


「まぁ、応用は効くだろうが……」


 返すロバートの言葉も歯切れが悪い。

 実際に、教会討伐軍と戦ったが動きに無駄が多かったのも事実だ。そこを理解されていては反論しにくい。


「それに、将来“異界の武器”が広まれば隊列が重要になるのだろう?」


 ロバートの回避策はヴァネッサに潰された。


 彼女はマリナと同じく脳筋の気配を感じるが、やはりそのタイプに漏れず直感的に理解する能力に長けているのだ。


「……そうだ。俺たちの世界では“戦列歩兵”と呼ばれていた」


「地面に穴を掘って防衛線を構築する塹壕が出てこなければ、横隊を組んで進めば射撃密度を高めて敵を制圧できる」


 半ば諦めつつあるロバートを見て、エリックが補足した。


「数を揃えることで効果を発揮するのですね。当たりやすくするのが狙いですか?」


「発射速度はさておき、命中精度や密度で弓に勝つには相当な数が必要だから横隊でカバーするしかない」


「ただまぁ、塹壕そこに横隊で突撃したら一方的に殺されるから柔軟な運用が必要だが……」


「〈パラベラム〉を見るにその先もありそうですが、今は考えないでよいでしょうね。いずれにしても、先んじて習得して損はありませんでしょう」


 軍事的な知識は少ないながらも、カテリーナも持ち前のセンスで“戦列歩兵”の概念を理解しているのだ。


 ちなみに戦列歩兵は、古代から存在した密集陣形を組んで運用される重装歩兵の系譜に連なる兵科で、野戦軍の中核をなす兵科だ。

 野戦における戦列歩兵の主な役割は、散兵として運用される他の各兵科の支援を受けつつ、敵の主力である戦列歩兵を撃破することである。


 この世界には魔法兵が存在するが、それ以外ではおおむね地球と同じ進化を進めていると言え、次なる兵器の登場で戦列歩兵が登場すると〈パラベラム〉では予想していた。


 戦列歩兵は、「Musketeerマスケティアーズ」という名が示すように銃兵隊であり、槍に代わってマスケット銃と銃剣が歩兵の主装備となってから広まり出した。

 傭兵や徴兵された一般人を少数の専門家による比較的短い期間の訓練によって大量に戦力として養成できる利点から、広く世界中で採用される歩兵運用方式となった。

 ただし、これは代々軍人を輩出していた貴族階級の優位が消滅することを意味しており、


「ただ、俺たちは遊撃隊だからいつ遠征に出るかわからないのですが……」


「少なくとも今じゃない」


 チラリと助けを求めたが、エリックは逃げ場を塞いだ。


 事実ではあるが、明らかにこちらにブン投げられた気分である。


 いや、たしかに将官が先頭に立って鍛えるのもどうかと思うし、ましてやエリックはカテリーナと“好い仲”のため少なからず騎士たちの反感を買っている。

 たしかにそれ以下の士官が責任者となるなら自分くらいしかいないが……。


「綺麗所が増えたのは喜ばしいことですが、どう扱うかがネックでは?」


「軍の指揮下に組み込む。何かさせていないと余計なことをしかねない。お客様待遇はしなくていい。だな?」


 エルンストの疑問にエリックが答え、カテリーナも「もちろんですわ」と首肯した。

 数か月〈パラベラム〉で過ごしている以上、さすがの聖女殿も訓練が過酷なものであるとは理解しているのだ。


「……わかりました。やるだけやってみましょう。ですが、副官には常駐の佐官をつけてください」


「そこは任せてくれていい」


 足掻くだけ無駄だと判断してロバートは命令を受け入れた。


 こうなったらヤケだ。遠慮はいらないと言質も取った。命令通りにクソ新兵おじょうさまどもを徹底的に鍛えてやる。





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