第224話 帰還


 シュウヤたちが一週間の間にしたことは多岐に及んだ。

 異世界に送り込まれてから、想像もしたことのない密度、そして楽しい時間だった。


「「「「ガツガツガツガツガツ!!」」」」


 まず彼らが最優先で求めたのは食事だった。


 味噌汁に銀シャリと焼き魚などで用意された純和食の朝食を食べて泣いたり、食パンにバターとハム付きの目玉焼きにサラダとコーヒーのブレックファスト、フライドポテトにフライドチキンにピザとハンバーガーをコーラで流し込むアメリカ~ンなジャンクフードを食べて泣いたり、ラーメンに炒飯と餃子の黄金セットで泣いたり、米軍特製BBQを楽しんだりと、これまでの心――もとい胃袋の空白を埋めるように彼らは食べに食べた。


「次はかつ丼が食べたいです!」「わたしは天丼!」「親子丼!」「海鮮丼とか……できませんか?」


 王道の料理だけでも一週間ではとても食べ足りないほどだった。朝食からボリューミーにしても足りない。

 日本人がどれだけ業が深い――もとい、食べ物に執着しているかわかるエピソードだった。


「さすがに戻れるからって、若い連中がダラダラしてるのはどうかと思うぞ」

「ちょっと年寄り臭くないです?」「ジジ臭い」「うるせぇ、これでも実年齢は三十越えてるんだよ」「若作りチートだ!」「黙れ」


 精神的に落ち着いてきたと軍医から診断を得られたこともあり、なるべく身体を動かすようにした。

 教会の支配下から解放された反動で無気力になるかと思われたが案外そうでもなく、同時にそうならないようロバートたちが彼らを積極的に連れ出したのもある。


「どうしたどうした! 勇者サマなんだろ!? もっと足上げて走れ! すっ転ぶぞ!!」

「も、もう無理です……」「朝ごはん、出ちゃいます……」「気持ち、悪い……」

「吐いて走れるならさっさと吐け! 胃の中に入ったらみんなクソ予備軍のゲロだ! あとで好きなモン食えるんだから問題ない!! 早くしろ!!」

「「「「おろろろろろろ……」」」」


 運動の一環として、亜人たちDHUの訓練を真似たプログラムに軽く参加させたが、勇者の底上げされた体力をもってしてもそれなりに厳しかったらしい。

 また、地球に戻っても相応の事態に対処できるよう、近接戦闘CQBについても学んだりした。

 彼ら勇者の持つ戦闘技能は剣術、槍術、拳闘術だったりしたが、それらはこの世界に来て備わった《インストールされた》ものらしく、帰還でなくなりそうなので教えてやることにしたのだ。


「ここで牽制を最小の動きにしないと隙が生まれる」「こう?」「そうだ、レイナはカラテをやっていたから呑み込みが早いな」「えへへ」

「いたたたたた!!」「関節技と言うと大袈裟に聞こえるが、寝技じゃなくてもこうして動きを制限できる」「折れる!折れる!」「折れない。折れても魔法で治せる」「実は将斗さんってサドでしょ!!」


 密かに“対勇者戦闘”における新たなノウハウの蓄積もできていた。


「すごい! ワイバーンより、ずっと速い!」「ブラックアウトしない程度だが直線加速ならこれくらいは出せるな」「戦闘機なんて乗れるなんて思わなかった」「これで1970年代の機体なんだよな」「うっそぉ!?」「じゃあ、もうちょっと派手な機動をするぞ」「ひゃああああああ!!」


 F-4EファントムⅡに乗せてもらって曲芸飛行を楽しんだり……。


「温泉が湧いているんですか!?」「ああ、掘ったら出て来てな」「でも、それをスパ銭みたいにしちゃうのは……」「これは日本軍の仕業だぞ」「アイツらあの時はマジだったな」「「「ああ……」」」


 地球にいても到底味わうことのできない経験だけで、あっという間に過ぎ去った一週間だった。




「さて……」


 ロバートたちは街はずれに作られた格納庫に近い建物にいた。

 ここでミリアが作成したプログラムを使ってシュウヤたちを地球へ


「プログラムはできたんだな?」


「はい、問題なく起動しました。あとはそこの召喚陣の上に乗ってもらってメインコードを走らせるだけです」


「まぁ、できそうだってことがわかればそれでいい」


 細かいことはまではわからないので話を先に進めることにした。

 あまりダラダラとやっていても未練になるだけだし、ロバートとしても深く考えたい話ではない。


「もう一度念押しで確認するが……『地球に帰還する』、それでいいんだな?」


 ロバートは様々な感情を封じ込めてシュウヤ、タクマ、レイナ、エリカを見る。


「あれからみんなで色々考えたんですが……」


 シュウヤが代表して答える。


 表情は複雑だ。

 飛ばされた異世界で絶望し、地球に帰れる希望に出会えて困惑している。


 この時まで、ロバートたちはそうとばかり思っていた。


「ミリアさん、ひとつ訊いてもいいですか?」


「はい」


 ミリアは普段の明るい表情で答えた。


「僕たちが帰還する際、地球で新たにスワンプマンとして再構成されると言われていましたよね?」


「……はい」


 ミリアの表情がわずかに強張ったように見えた。

 彼女を見知った者でもよく観察しなければ気付かないが、目からは余裕が消えている。


「つまり……。その複製データを地球に送るってことですよね?」


 不可視の衝撃が走る。

 ミリアの変化に気付かないタクマの指摘は、刃となってミリアだけでなくこの場にいる大人たち全員を沈黙させた。


「……ああ、責めているわけじゃありません」

「そうです、みなさんがわたしたちを帰そうとしてくれました。感謝しているんですよ?」

「あの時殺されなかっただけでも儲けものだと思ってるくらいだしね」

「最後まで黙っていてくれたのも、きっとオリジナルが消滅しても、コピーには本体として戻れたように感じるんでしょう。それなら言わない方がいいです」


 それぞれの言葉を聞いて、将斗の胸中に強烈な不快感が湧き上がる。


 悲愴、諦念、覚悟――


 未成年の子供が浮かべていい表情ではない。

 明らかに無理をしているのだとしても、そんなことをさせてはいけないのだ。


「だから――」


 シュウヤは一瞬目を伏せる。


「俺たちオリジナルはこの世界に残ることにしました。スワンプマンを、自分たちの半分を、地球に帰してもらえませんか」


 少年たちから放たれたのは、あまりにも衝撃的な言葉だった。




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