第223話 見過ごしてきたもの
翌日から勇者たちのパラディアム見学が始まった。
まず最初に基地外部に作られた医療部隊が運営する病院に連れて行かれた。
こちらはパラディアム周辺の住人となった人間や
「転移者だから地球の病原菌を持っていないとも限らない。悪いが検疫・検査だけは受けてくれ」
「何か懸念が? 皆さん予防接種などは受けられていますよね?」
タクマが訊ねた。
たとえコピー体でも地球時代の予防接種がないとは考えにくい。
「俺たちじゃない。人間同士じゃ平気だったみたいだが、
案内役を頼まれた明石少佐が解説していく。
「ああ……」
言われてすぐに理解するあたり、やはりタクマは地頭が良いのだろう。
シュウヤを含めた周りは「そんなものか」といった様子である。
「転移モノのエンタメで見たことはないか? 『地球のウイルス保菌者による
「だいぶマイナーだと思いますよ、明石少佐」
その手に詳しい将斗が苦笑を浮かべる。
短編ネタならまだしも、そこを主題で掘り下げるなら、必要とされる知識が深過ぎてエンタメするのが大変になってしまう。
「ええと……。昔、本で読んだことがあります。大航海時代のインディアンへの影響とかですよね」
「よく知っているな。霧島、おまえももうちょっと本を読んだ方がいいかもな」
「ちぇ!」
明石少佐が感心して、将斗は「墓穴を掘った」と顔を顰める。
「タクマ君が言ったように、地球でも1492年のコロンブスによる「新大陸発見」と、スペインによる征服と植民地化がもたらした病原菌は、アメリカ大陸・カリブ海地域の先住民社会に壊滅的な影響を与えている」
そこから明石少佐は続けていく。
アメリカ大陸は、長い間旧大陸から孤立していたため、固有の動植物相を形成していた。
新大陸に渡った人間は、長らく後続の動きがなかったため、旧大陸でその後発生した疫病は、そちらに渡ってこなかったのだ。
「アメリカ大陸の住民たちは、ヨーロッパ人が15世紀末にカリブ海に姿を現した時、旧大陸では当たり前になっていたウィルス性の病気、インフルエンザ、麻疹、天然痘を知らなかったんだな。現代でもあっただろう、新型ウイルスが猛威を振るうことが」
突然現れた侵略者に征服され、支配下に置かれることになった彼らはスペイン人に捕らえられた。
奴隷として砂金採集等の過酷な強制労働を課される憂目に遭い、疲弊していたこと、また旧大陸の病原菌の免疫を持たないこともあり、次々と病に倒れていった。
「この世界一般の衛生・栄養状況を考えると、先住民族と比べて大きな差があると判断するのは危険だ。特に、亜人たちは新人類連合を形成する勢力でね。パンデミックなんぞ起こすわけにはいかないんだ」
敵対勢力である魔族が勝手に減ってくれるならまだしも、味方を相手にパンデミックを起こすわけにはいかなかった。
「そういった視点はまるでありませんでした……」
「たった四人の仲間しかいなかったんだ。生きるのに必死なら、そこに思い至らなくても不思議じゃない」
迂闊なことをしていたと理解したシュウヤたちはばつの悪い表情を浮かべるが、明石少佐はそれを「気にするな」と流す。
「まぁ、ないとは思うが、あってからじゃ困る。ご協力願うよ」
「「「「わかりました」」」」
男女別に塩素入りの風呂へ入り、それから検査を受ける中で陸自仕様の衣類を支給された。
街に出る時も、〈パラベラム〉関係者と思われた方が安全とのことだ。
「さて、俺たち地球出身組の本拠地がここパラディアムだ。基地を中心とした街だが、まぁ結構新規で移り住んで来ている者が多い」
明石少佐から引き継いで今度はロバートが彼らを連れて歩く。
一週間後の帰還を前提として、残り少ない時間をこの世界で過ごすため――もっと言えば、これまで落ち着いて異世界として見られなかった部分を最後に見てもらおうとロバートたちが考えたからだ。
人が多い場所を見た方がいいと市場を歩くと、教会からは東の辺境と教えられていただけに人々の活況に少年たちは驚く。
「すごい活気ですね。教会本部でも、ここまで市民で賑わってはいなかったと思います」
エリカが感嘆の溜め息を漏らした。
「あっちは宗教の総本山だ。威厳を保つためにもあまり騒がしくしたくないんだろう」
東西の交易品が勝手に集まって来るらしく、並ぶ品々も豊富だ。
中には〈パラベラム〉が流していると思われる商品まであった。
「あ、マッキンガー中佐、見回りですか?」
屋台を出して焼き鳥に似た串を売っているエルフがいてロバートに串を差し出しながら声をかけてきた。
「みたいなもんだ」
「ご苦労様です。コレ、新作ですけど、ひとつお試しにどうですか?」
「金くらい払うよ。
半ば強引に代金を握らせる。シュウヤたちにもわかった、気持ち多めだと。
「なんだか催促しちまったみたいで申しわけない」
頭を搔く店主。
動きが少しぎこちない。元々足に障害があったか、戦で負傷したか。顔にも少し傷があるので後者かもしれない。
しかし、顔に暗さはまるでなく、生活が充実しているように見えた。
「美味いものには相応の対価だ。こんなのが気にならないくらいたくさん売ってくれ。じゃあな」
その後も、街中を歩き基地近くへ戻るように歩く。
中には頭を下げる者もいるが、鷹揚に手を振って「そういうのは要らない」とロバートたちは笑う。
「一応、基地の内部は電気もガス、水道も通っていて、俺たちが管理している建屋にもそれは来ている」
ファンタジー世界とは思えないコンクリートの建物まであるのだ。
「すごいですね。道も石畳だけじゃなく一部コンクリートで舗装されていましたよね?」
「メインストリートは非常時に使いたいからな。道路の舗装は工兵部隊が行っている」
地球には到底及ばないが、それでも紛争地域に派遣されている米軍の出先基地並みかそれ以上のインフラは整備されている。
「でも、車は走っていないんですね」
せっかくコンクリートが敷いてあるのにと言いたげなシュウヤ。それには理由がある。
「車を知らない人間だらけじゃ交通事故が増えるだけだからな。作戦時は往来を制限して出動するが、普段は使っていない」
そうして歩いていると轟音が響き渡ってきた。
すぐに少年たちはその正体に気付く。
程なくしてアフターバーナー全開で離陸していくF-4EファントムⅡが2機、空へ向かって急上昇していくのが見えた。
「異世界の空に戦闘機って、なんだか違和感がすごい……」
レイナが溜め息を吐いた。
あのまま下手に敵対していれば自分たちに襲い掛かって来たかもしれないと一抹の恐怖を覚えつつ。
「使えるものは使う主義だからな」
基地の中を見える場所を歩く。
フェンス越しに亜人たちが訓練をしているのが目に入ってきた。
今はランニング中らしく、声を上げさせられている。
「どうした、クソ新兵! もっと腹から声出せ! 気合が足りねぇぞ! タマついてんのか! ノロマが子孫を残せないように取っちまうぞ!」
「イ、イエッサー!」
ペースに着いて行けてないドワーフらしき者が教官に怒鳴り散らされている。映画で見たことのある光景だと思った。
また別の場所ではエルフが杖を持って魔法の修練を行っている。
「どうだ?」
ひと通りパラディアムを見させた上でロバートは問いかけた。
異世界と地球環境をほどよく味わえるいい環境だと〈パラベラム〉のメンバーは思っている。
もっとも、これから帰還する者にそれを強要しても無意味なため、あくまでも簡単な説明だけに留めておいた。
ここで得た情報をどうするかは彼ら自身が選択すべきものだ。
「魔法の勉強……
「思えば……こうしてこの世界をきちんと見ることなんてなかったかもしれません……」
ふと放ったシュウヤの言葉だけがやけに印象へ残った。
そうして瞬く間に一週間が過ぎていった。
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