第222話 歪み
「あー、それは――」
「前任者のやったことになります」
さすがにもう任せてほしいと言わんばかりの食い気味さでミリアが口を開いた。
果たして三度目の正直となるか。
「勇者召喚は過去にこの世界へもたらされた特殊魔法です。新たな管理者は異なるアプローチが必要だと判断しました。武力のみならず、あらゆる方面から時代の流れを加速できる、そんな存在を欲したのです」
「つ、つまり、そうやって別の召喚をされたのが、プロの軍人であるロバートさんたちで、転移者ではなくスワンプマンだと……」
元来持っていた聡明さでタクマが結論を導き出す。
それでも想像を遥かに超える事態を受け入れるのは難しい。寄った眉根が深い困惑を物語っていた。
当たり前の反応だ。目の前にいるのが自分を「コピー人間だ」と平然と名乗る地球出身者だったのだから。
「まぁ、そういうことだ」
ロバートはあっさり答える。
「よく……正気を保っていられますね……」
タクマとシュウヤ、それと少女たちから向けられたのは信じられないものを見る目だった。
視線を受けたロバートは笑うしかない。
「当事者でなければ自分だってそう思ったかもな」
事実、彼らは地球から転移させられた本体にもかかわらず、精神をそれぞれに病んでいるのだ。
もしも複製体に過ぎないと言われれば精神崩壊してもおかしくない境遇だった。
「正直、気にしても仕方ない。事実として自分自身は生きているんだからな」
「本物とほぼ100%同じで地球にちゃんとオリジナルがいるなら、そっちは任せて俺たちはこっちで好きに生きればいい」
「精神操作くらいされているかもしれないが、気にならないから考えるのはやめにした。それだけだ」
エルンストとスコットが淡々と答え、ウォルターがそれを補足した。
帰りたい人間の前で「案外悪くない」と言っても同意は得られないため、それなりに端折った言葉ではあったが。
「軍人って……皆そうなんですか?」
驚きと呆れが半々、エリカが放ったのはそんな感じの問いだった。
「どうだろう、一般兵とはちっとばかり違うかもな。これでも
「もし、同じ境遇だったとしても、そこまで割り切れません……。こんな世界に放り出されて……。今だって現実だと思いたくないんです……」
シュウヤの言葉には明らかに苦いものが混じっていた。
一般市民として生きてきて、ある日突然このような境遇に放り込まれれば、世界そのものを憎んでしまってもおかしくはない。
事実、もうこの世界を受け入れることはできない。そう言外に告げていた。
「戦争に出たことがあればわかる。古来より戦いが現実的だったことなんてない。だから今を生きることだけ考える。シンプルだろ?」
成人もしていない少年たちに偉そうなことを言っても伝わらない。
そう思いはしたものの、ロバートは口にせずにはいられなかった。
「戦わなければ死ぬ。戦場には老いも若きもない。死体になる側か、その上に立つ側しかいない。だから迷う前に先に進む」
「軍人ってすごいんですね……」
シュウヤが溜め息を漏らした。
すごいことなど何もない。
できなければ真っ先に死ぬから叩き込まれる。また、それらを身に着けても生存を保証されないのが戦争なのだ。
しかし、そうした言葉をロバートは飲み込んだ。
日常に戻ろうとしている被害者たちに伝えるべき言葉でもない。
彼らには強くあって欲しいが、それは地球人としての平凡な幸せを掴むためのものであって欲しい。
「……で、ミリア。地球側に送り還すなんて本当にできるのか?」
話を変えるべく、そしてなによりも本題を進めるべく、ロバートはミリアに視線を向ける。
「たしか以前、召喚式を上書きして俺たちの“データ”と肉体を置き換えたみたいなことを言っていたのは覚えてるが……」
「はい。そこは色々とシステムの抜け道が」
ミリアは自身の端末を開いて召喚魔法のプログラムを展開していた。
画面にはコードのような文字と数字、それと回転する魔法陣が並んでいる。
もちろん、感覚からそうだと判断しているだけで実のところは誰にもわからない。
「地球では行方不明者とされている人たちですが、
「それはつまり……送り返せれば帳尻合わせが可能だと?」
そういったバランスの崩壊があるから、行方不明者という形でしか生命体の移動が行えないのだろう。
「大まかに言えばそうなります」
「なんだか含みがあるな。何か制限があるのか?」
ないわけがない。そこまでは理解できるが、もう一歩踏み込んで詳細まで明確にしておきたかった。
「先ほどご本人が言ったように、すでにこの世界の
「だから、一段階設けてスワンプマンにするのか?」
スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の人間と寸分違わぬ構造で、見かけも記憶もまったく同じだ。
そのロジックを使うと言っているのだ。
「まさしく。地球へのアクセス時にみなさんをデータ化した上で、余計な要素を取り除いて再構成します」
「再構成……」
「そのプログラムを作るのに1週間ほどかかります。本当に戻られるかどうか、時間もありますので考えてみてください」
不安を浮かべる少年たちにミリアは淡々と告げる。
彼女からすれば自身の領分外の仕事だ。ロバートたちが頼んでいるからやろうとしているに過ぎないのだろう。
「可能なんだな?」
本来なら不必要な念押しだ。きちんとここで少年たちに希望を抱かせておく必要がある。
ここでヤケになられて暴走されかねない危うさは未だ健在なのだ。
「まだ書き換えられるレベルで済んでいますから」
「それは……」
ロバートは続く言葉をどうにか飲み込んだ。
つまり、人間の細胞が半年ですべて入れ替わると言われているように、一定以上に肉体が変化してしまった場合は送還不能ということだ。
もしも今後、シュウヤたち以外の勇者と遭遇した場合、彼らを地球に帰せない可能性を示唆している。
そうなれば、戦わずに済ませるのは――
「なぁ、ミリア。それじゃあ、俺たちの記憶だけを本体にフィードバックするとかも無理なのか?」
沈黙が流れる前にウォルターが疑問の声を上げた。
「戻られたいとかではなく、ですか?」
「そうだ。貴重な戦闘経験を積ませてもらったからな。あっちの俺が強くなれるかもしれない」
少しわざとらしい、彼を知る者でなければわからない程度の差だった。
ロバートだけでなく、彼もまた送還魔法の制約に気付き、話の流れを無理矢理変えたのだ。
すくなくとも、今は知らなくていい情報。そう判断したのだろう。
「あくまでも今回は拉致被害者への特例――救済措置ですし、高級軍人さんの意識に異世界の情報がいってしまうのはちょっと……」
「なるほど……。まぁ、本体のデータを今から上書きしたら面倒なことになりそうだしな。やめておこう」
冗談めかしてウォルターは首を振って笑った。
この世界へ招き寄せたものによって生まれた歪さ。自分たちがその二の舞にはならないと決意を固めるかのように。
戦いが現実的でないように、また世界の下で起きていることも現実的ではない。しかし、紛れもない現実として存在している。
そんな言葉にできない空虚さだけが残った。
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