第221話 壊れた神話
ミリアの言葉に、少年たちの表情が明らかに曇った。
――どういうつもりだろうか。
将斗は訝しむ。
これでは「送り返せないなら何故訊いたのか」と言われかねない。
帰還を諦めさせるなら他にやりようはあるし、なによりロバートの口振りだとそうではなかったはずだ。
「あ、結論はまだですよ? なので、人間を移動させる
なんとも紛らわしい。
将斗は内心で呆れるが、再び希望が見えたことで少年たちに今度は安堵が広がっていく。
「システムの裏? それはなんなんです……?」
おずおずと切り出したエリカの疑問で将斗は「ああ……」と気付く。
ミリアが一般人との会話に慣れていないと。
彼女にとっては事実を順序立てて説明しているのかもしれないが、社会経験もなく知識にも乏しいシュウヤたちには、迂遠で振り回されているように感じられるのだ。
なるほど、これは計算外だったかもしれない。
ジェームズだけでなくロバートまでもが額に手を当てていた。
「はい。直接的な転移は無理でも、ロバートさんたちと同じように
「へ? スワンプ、マン……?」
聞き慣れない単語に、少年たちの頭の上に疑問符が浮かぶ。
「ああ、そこから説明が必要でしたか。スワンプマンというのはですね――」
「すみません、話の腰を折って」
ミリアが解説を始めようとしたところでタクマが疑問を挟んだ。
出鼻をくじかれたミリアの眉が一瞬動く。
「その前にひとつ質問なんですが……。ミリアさんは……何者なのですか? 口振りからするに、地球の方ではないですよね……?」
タクマが発したのは、もっともと言える疑問だった。
ロバートたちからは地球時代の所属などの説明をパラディアムへ来るまでに受けている。
しかし、道中、彼女からはそれとは大きく異なる雰囲気を感じ取っていた。
その上で召喚魔法に関わる問題にまで言及しているのだ。素性が気になって当然の対象だ。
「わたしは――」
「待った。やっぱり俺が解説する」
ここでロバートがミリアの言葉を止めた。
事態をこれ以上ややこしくしないようにだ。
「先に言っておくと、彼女は人間じゃない。……ああ、エルフとかでもないぞ」
「じゃあ、いったいなんなの? まさかドラゴンとか?」
カリンが「まどろっこしい」と腕を組む。
無意識だろうが警戒の姿勢だった。
「ドラゴンか。まだそっちの方が良かったな」
スコットが軽口を叩いたので視線で黙らせる。
「本人は“オペレーター”と名乗っちゃいるが、人間より上位存在の部下的な立場らしい」
「「「「はっ??」」」」
四人の声がシンクロした。
無理もないと思いつつもロバートは話を続ける。
核心はそこではないからだ。
「俺たちがこの世界に呼ばれたのはそいつによってだ。しかも──なんとびっくり、俺たちは
その瞬間、シュウヤたちの目が点になった。
ファンタジー世界に来てもこれまで神的な存在とは出会っていなかったのに、今になってそれらしき超常の何かを示唆されても思考が追い付かないのだ。
「神と、天使、生命創造……」
タクマが声を震わせていた。
案の定、この世界の人間と同じような解釈だった。
そうならないよう、すでに行動を共にしているロバートたちから素性を告げた方がいいと判断したのだが、やはり無駄だったようだ。
「もうちょっとSF的な解釈をしてくれても良かったんだが……」
「タチの悪い神話だよな」
ウォルターとスコットが顔を見合わせてシニカルな笑みを浮かべていた。
おそらくアシストのつもりなのだろう。
「……先に進めるぞ。俺たちの年齢だが、そもそも――」
言葉を続けるロバートだが、勇者たちが固まってしまった理由もわかっていた。
管理者とその端末だけであればSFの世界で済んだだろうが、自分たちのせいでそれでは済まされなくなったのだ。
道中では混乱させるため説明を省いたが、ここから自分たちにはアバターが使われており、外見年齢がアテにはならないことまで語った。
「むぅ……」
二度も言葉を遮られたミリアから恨めしそうな視線が向けられているが、保護した側としては「もうちょっと相手の年齢や境遇を考えて発言しろ」と視線で黙らせておく。
初めはシュウヤたちの浮かべる疑問符の上に更なるそれが生まれたように見えたが、それも徐々になくなっていく。
「だから……アニメでもないのに中佐とかでも若く見えるんですね……」
「まぁな。それでスワンプマンの
しばらく説明を続けていくと、やがて理解した、あるいは一種の諦めの境地に辿り着いたような顔へと変わっていった。
「ええと? 確認しておきたいのですが、その上位存在……? それが僕たちを呼び寄せたんですか?」
わずかではあるが剣呑な雰囲気が場に流れる。
もしもそうだとすれば、ミリアは自分たちをこんな目に遭わせた者の仲間――敵だ。
そう思えば穏やかでいられるはずもないし、なんなら許せない相手のはずだ。
――異世界転移だ転生なんてエンタメ作品は多々あるが、現実はこんなものなんだよな……。
将斗は複雑な気分を抱く。
年端もいかない少年少女が殺気を放つことに、彼らが否が応でもこの世界に順応しつつあると思い知らされたからだ。
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