第220話 二度と引き返せない そう決めてたはずの道だけど
「…………」
部屋に沈黙が生まれた。
続いてカレーの上に無数の水滴が零れ落ちる。
視線を向けていた将斗たちはすぐに気付く。少年たちが揃って涙を流していることに。
先ほどカレーの皿を出された時とはまるで異なる
「帰れた、わけじゃ、ないのに……」
真っ先に震える声でつぶやいたのはシュウヤだった。
「でも、日本のものを食べれて……こんな味だったって思えて……」
「忘れかけていた日本を思い出せたけど……」
「なんだか切なくて……」
続く仲間たちの言葉とすすり泣く音が静まり返った部屋に響き渡る。
もう二度と戻れないと諦めかけていた存在を近くに感じてしまったのだ。感情がこみあげてきてしまうのも無理のない話だった。
「…………」
将斗たちはそっと顔を見合わせる。
戦いでは恐れ知らずの
最初に連れて来られた五人を除く、スワンプマンということで志願した〈パラベラム〉の構成員たちとは異なり、彼ら勇者たちは地球から“拉致”された存在だ。
おそらく地球では今頃行方不明者として捜索されているはずだが、世間も含めて家族・親族は彼らがどうなったか知らないままだ。
生きていて欲しいと願っているのは当然だとしても、まさか異世界に連れ去られたとは想像すらしていないだろう。
ある意味、死んでしまうよりもタチが悪い。残された者たちは彼らの遺骨すら永遠に手に入れることができないのだ。
「……帰りたいか?」
少しの間様子を見ていたロバートが意を決して問いかけた。
――なぜそんなことを?
将斗は怪訝に思う。
訊くまでもない、なんなら相手を激怒させかねない話だ。
その程度のことはロバートほどの人間ならわかっているはずだ。
しかし、すぐに考えがあってのことだと気付く。
実際、彼が浮かべる表情は真剣そのものであり、冗談の気配など微塵も存在していなかった。
「そんなの、決まってるじゃないですか……!」
必死で声を抑え込んだのはタクマだった。
スプーンを握る手が小さく震えている。
「そうだよ……! べつに日本での生活だって、退屈には感じていたかもだけど、嫌気が差してたわけじゃない……!」
「なのに……無理矢理この世界に連れて来られて……」
「魔族を倒せば帰れると言われたから……教会の指示にだって従っていたんです……。それで人だって――」
カレン、エリカ、そしてシュウヤが引っ張られるように言葉を発した。
「でも……」
シュウヤが言葉を続けた。全員の視線が集まる。
「正直に言って、帰れないんじゃないか……って思ったことはあります……」
乾いた――いや、疲れ果てた声だった。
ようやく彼は、これまで目を逸らし続けてきた現実と向き合おうとしている。
「今の自分が出て行っても感情が制御できない」そう判断したシュウヤは投降してからはタクマに任せて一歩引いていたが、「ここだけは……」と会話に入ることを決めたらしい。
故郷の食事で腹が膨れ、ささくれ立っていた気分が落ち着いたのもあるのだろうか。
――ちゃんと用意しといて良かったよなぁ。これを見越していたわけじゃないけど……。
将斗はすっかり空になったカレー皿と少年たちを眺めながらそう考える。
そこでふと気付く。不思議なことに、これまでよりも遥かに大きな充実感があると。
――あぁ、もしかして……。
将斗は理解する。
刀を振るうことが人よりも得意、それくらいは言ってもいいだろう。
だが、それよりも自分の作った料理で人が笑顔になるのを見ている方がずっと気分がいい。
もしも戦いが終わってこの世界が落ち着いたら、料理屋に転職してもいいかもしれない。
もしやこれは死亡フラグだろうか?
「……俺たちと戦ったロバートさんならわかると思いますが……」
しばらくの間迷った末に、シュウヤは語り出す。
剣の勇者は現実と向き合うための言葉を紡いでいく。
「もうこの身体は、地球にいた頃とはまるで違うものになってしまっています……」
「ああ……」
ロバートは短く嘆息した。そう言われると納得できる。
地球に戻ることなど、ほとんど考えなくなったロバートたちだが、少しばかり戦ってみればすぐにわかる話だ。
明らかに地球人離れした身体能力――たとえば、手榴弾を投げるだけでも大リーガー以上のピッチング能力となっている。
これだけで人が殺せるレベルなのだ。
「たとえ魔王なり魔族なりを倒したとしても、その頃には今よりもずっと化物じみた力になっていると思います。そんな人間が地球に戻る? 大混乱になりますよ」
「……たしかに、地球ではそんな超人を見たことはないな。情報を秘匿されているのかもしれないが……」
自嘲気味なシュウヤに対してロバートは明言は避けるが、「可能性は高くないだろう」と遠回しには触れていた。
「特殊部隊の人でも知らないのなら……」
「少年、特殊部隊って言うがな。無茶な作戦に従事させられる便利屋みたいなもんだぞ」
「そうそう、使い減りしないと思ってコキ使われますしねぇ」
「あまりにも扱いがひどいので、神に祈る機会もめっきり減りました」
無責任なことは言えない。そうロバートが続けようとしたところで、チームメンバーが次々に軽口を挟んできた。
暗くなる話の流れにウンザリして、強引に話題を変えたのだ。無茶をする。
いや、それくらいでいなければ軍人なんて続けられない。彼らなりの励ましなのだ。
「おかげで、今となっちゃ信じている――いや、信じられるのは火力と味方だけだな。なぁ、マッキンガー中佐?」
「……そうだな」
ロバートはそっと笑った。
もしも高官が知っているなら、パトリックなりレイモンドなりが言及しているだろう。
異世界まで来て地球の守秘義務を貫き通す必要はない。自分たちに関連のある内容であれば教えてくれるはずだ。
それがないということは――
「そこまでわかっているなら、俺たちが言うことはほとんどないな」
「……だからこそ、こんな若者を拉致した連中は許し難い。餌で釣るような真似を……」
話は続けなければいけない。ロバートはシュウヤに視線を戻す。
管理者という上位存在の目的は「地球へテコ入れをしたい」のではなく、「地球人によってこの世界にテコ入れをしたい」だ。
持って来ることだけは考えても、すべてが終わった後のことなど考えているとは思えない。
そんな欠陥品も同然の召喚魔法の技術をこの世界へ伝えたのだ。
「諦めきれなかったんです……。日本で生活していただけですよ? 渡航禁止の紛争地帯に行ったわけでもない……! なのに……なのになんで……!」
当然の叫びだった。
同じ境遇になっていれば自分でもこうしていたに違いない。ロバートたちは哀れみを禁じ得ない。
だから、動くことにした。
「大人だからってこともないし、別に俺たちの力ってわけでもないが……」
そこでロバートは“オペレーター”たるミリアへ視線を向けた。
視線に気付いた彼女はカレーを食べる手を止め、いそいそと口元をナプキンで拭いた。
あの後も音も立てずにカレーを食べていたのだ。
ブレない。実にブレない。安心できるブレなさだ。
ジェームズなどは「台無しだよ……」と額に手を当てていたが。
「お前さんたちに選択肢は与えてやれる。――ミリア、いいか」
――まさか……!
将斗ははっとした。
どうして最初に――彼らの存在を察知した時点で気付かなかったのか。
地球に本体がいる自分たちと異なり、強制的に転移させられた人間であればその分のスキマが地球にはある。
どうにかすれば帰せる可能性があるのではないか。
「はい、解説させてもらいますね。わたしのことはミリアとお呼びください」
誰が見ても美人の顔で微笑みかけると、タクマとシュウヤの頬が赤く染まった。
あるいはアニメキャラ風で地球人と同等に話せる相手でないといけないなどの嗜好があるのか……。だとしたら注文が細かくて業が深い。
ちなみに、そんな少年ふたりに女子組からの視線が険しくなった気がした。
「さて、結論から申し上げますと……みなさんを召喚したシステムを作った“管理者”はわたし直轄の上位存在ではないため、召喚魔法自体を発生させて帰還させることはできません」
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