第218話 暗殺部隊“勇者”


「思えばおかしな話だ」


 衝撃に凍りついたままの聖女から視線を戻し、エリックは自身の思考を整理するように短く溜め息を吐き出す。


 正直、異世界に送り込まれた時点でとんでもなくおかしな事態なのだが、それはさておきとして。


「どういうことでしょう、おかしな話というのは?」


 なまじ教会内に長くいたから固定観念に染まっているのかも。

 そう考えたカテリーナが疑問の声を上げた。


「繰り返すが、勇者は切り札なんだろう? なのに『召喚された』としか情報がない。普通は味方の士気を上げるため、存在を広く知らしめるはずだ。それがない」


「言われて、みれば……」


 勇者たちと接点がなかったことあるが、元々聖女――癒しの手として活動していたカテリーナは考えすらしなかったのだろう。


 大局を見れば、教会が最優先にすべきは戦線の維持だ。

 少数精鋭で魔族の根拠地に殴り込みにいく勇者ではなく、救わねばならない傷病者が最前線にはもっとたくさんいる。


「いくらなんでもこれは異常だ。活躍くらい聞こえて来るだろう。それすらないのに、今回勇者は姿を現した。――殺し屋として」


「つまり……本当の意味で“切り札”だから、数も含めて情報が巧妙に秘匿されているのですか……?」


 カテリーナの声は震えていた。


 以前エリックが「素質がある人間を拉致同然に連れて来て戦わせるだけと考えれば、やめられない秘術だろう」と言っていた姿が脳内でリフレインしていた。

 この推測が正しいのであれば、教会は異世界から無秩序に人員を攫って来ていることになる。


「どんな人間か、何人で動いているのか、どこでどんな活躍をしたか――本来あってもいいはずの情報がない。


 さながら“顔のない勇者”と呼ぶべきか。

 今回は比較的容易に退けられたが、より研鑽を積んだ勇者がいる可能性は高く、そうした認識は改めるべきだろう。

 彼らは教会が擁する“特殊暗殺部隊”だ。これからも差し向けられるに違いない。


「フム、今回の者たち以外で“より強力な存在”がいなければ成立しない話だな」


 神妙な顔でパトリックが続けた。

 たしかにエリックの推測通りならば矛盾しないし、いくつもの不審な点も解決される。


「いずれにせよ、これでひとつ手札がなくなりましたね」


「……まことに遺憾ながらな」


 レイモンドが小さく首を振り、パトリックは小さく溜め息を漏らした。


「あぁ、そういうことですか……」


 一瞬何かと思ったカテリーナもすぐに理解する。


「さすがと言うべきなのかもしれないがな。嫌な手を打ってくれた」


 エリックは表情を変えていない。


 教会との交渉で「おまえらの勇者は預かった。よくもこんな非人道的なことをしてくれたな」が通用しなくなったのだ。

 これも教会が切って来た札のひとつであれば、油断ならないどころの話ではない。


「たしかに『勇者ではない』とシラを切られたらそれまでですわね。深く追及して“本物”を連れて来られでもすれば新人類連合こちら側の言いがかりになります」


 眉根を寄せたカテリーナが「困ったものだ」と溜め息を漏らした。


 しれっと言っているが、彼女は教会の人間だ。「お前の本籍地はどこだ」とツッコミたく……いや、もうこれが平常運転だと諦めた。


「しかし、困りましたわ……」


 不意にカテリーナが思い出したように物憂げな声を発した。


「……なんだ?」


 反応したのはエリック――というよりも、最初から自分に視線が固定されていた。 

 事実上のロックオンだ、無視はできない。が、猛烈にイヤな予感がする。


「わたくし、意図せずして教会の暗部にまで踏み込んでしまいました。このままイノケンティウムに戻っても殺されてしまいます」


 ただでさえ狙われているのに、勇者の秘密にまで辿り着いたと気付かれればどうなることか。

 ボロを出さずにいるのはそこまで難しくもないだろうが、日々暗殺されるかもしれない不安に耐えるのは厳しいだろう。


「……そうだな」


 極めて事務的にエリックは返した。

 わずかでも迷ったあたり、まだまだ未熟だと思わなくもない。


 だが、今も目線で訴えかけられているし、距離も近付いてきている。当代性――もとい聖女の名は伊達ではない。


「まぁ! エリック様はわたくしが毒牙にかかっても良いとおっしゃるのですか!?」


 ひどい芝居だ。

 わざと言っているのはバレバレだが、口に出された以上なかったことにはできない。


「教会を改革するチャンスだぞ。ほら、あのなんとかといった枢機卿と一緒に」


 カテリーナが話をどこに持って行こうとしているか気付いたエリックはどうにか抵抗を試みる。


「彼も暗部のことは知らないでしょう。下手に知らせれば、わたくし諸共始末されて終わりです」


 真顔に戻るカテリーナ。「分の悪い勝負に出て全滅などアホのすることだ」と暗に告げていた。


「新興勢力として対抗するのは難しいと?」


 訊いておいてなんだが、答えは聞くまでもない。


「それ以前に、


 敵の本拠地にいて抵抗活動をするなど自殺行為でしかない。よほどの理想に信念、そして胆力がなければ不可能だ。

 そして、それ以上に相手が暗殺を躊躇するだけの強力な後ろ盾が要る。


「以前にも申し上げましたが、わたくしが聖女となったのは民のためです。教会組織を維持するための改革に身を投じるつもりはございません」


「じゃあ、これからどうするつもりだ。戻る場所がなくなったんだろう?」


 正直聞きたくはない。だが自分が問わねばならなかった。

 上官ふたりはにこやかに微笑むだけで助けてくれない。慈悲はなかった。


「教会との交渉にはわたくしも参加いたします。そこでヴェストファーレンに留まることを提案します」


 なかなかの爆弾だった。想定内である。ダメージは別問題だが。


「……人質のつもりか?」


「一番の理由は教会本部に戻りたくないからですが、表向きは『和平のため聖女として新人類連合を教化する』あたりが無難でしょうか」


「少なくとも教会上層部の自尊心は保てそうだな」


「立場は東方領域派遣聖女とでもしましょう。これなら引退せずとも新たな聖女を立てられます」


 聖女の座を狙ってカテリーナに刺客を差し向けた者たちが諦める理由にもなる。

 本人が地位にこだわらないからこそ可能な話だった。


「護衛として薔薇騎士団を呼び寄せます。それなら彼女たちが解散させられることもありません」


「おい、まだ許可を出したわけじゃな――」


「いいんじゃないか。子飼いの騎士たちなら裏切らないんだろう?」


 パトリックからの言葉は援護射撃ではなく後ろ弾だった。

 エリックの表情が「はっ?」と言わんばかりのまま凍り付いた。


「当面はいくさもなさそうだ。教会との交渉も別部署にやらせる。聖女殿の受け入れは貴官が対応して差し上げろ」


「誰も、味方が、いない……!」


 堪えきれずにエリックは頭を抱えた。あまりの衝撃にキャラ崩壊レベルで追い込まれている。

 ただひとり、カテリーナだけが満足げに笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます、ラザフォード閣下。……そうとなれば早速受け入れの準備をしなければなりません。さぁ、行きますわよ、エリック様」


「おいやめろなにをするはなせ……!」


 エリックは抵抗するも、半分引っ張られるように部屋から連れ出されていった。とんでもない行動力である。


「……またずいぶん賑やかになりそうだな」


「ええ。それはそれで華があってよいことかと」


 パトリックが苦笑し、レイモンドもそれに頷いた。


「聖女殿も、あれで俺たちに気を遣ってくれたようだな」


「はは、マクレイヴン准将には気の毒でしたが……」


 カテリーナは司令官たちだけで情報を整理する時間を作ってくれたのだ。


 自分もエリックもあくまで意見を求めるために呼んだとだけ理解していなければできない行動だった。

 もしくはあちらはあちらで二人きりになりたかった可能性も否定できないが。


「仕方ない、惚れられてしまったんだ。それなら潔く責任を取るのが筋ってものだ」


 ひとりを“生贄”に差し出すことで、敵対勢力の重要人物をほぼほぼ取り込めたのだから大戦果と言ってもいい。

 本人は断固として認めたがらないだろうが、アレは日本人に言わせるとツンデレとかいう照れ隠しの一種らしい。


「しかし、これで本当の意味でテロリストに警戒しなければいけなくなった。真打の勇者が単身乗り込んで来て何かしでかした時、威力が核弾頭並みだったなんて考えたくもないぞ」


「まさにファンタジー世界……いや、こんなのは創作でもないと思いますが?」


「そりゃそうだろう。映画でそんなことされた日にはブーイング間違いなしだ。核兵器テロは敵役がやるから緊張感が出るんだ」


 そして突き付けられる「事実は小説よりも奇なり」という言葉である。


「地球に飛んで来る隕石を核爆弾で砕くみたいな話はありましたけれど」


「あれは人間に向けるものでないから正当化されるんだ、比較対象が違う」


 レイモンドからすると意外に感じたが、意外にパトリックは映画を見るタイプらしい。


「しかし、そうした敵を想定した対策も検討しないといけません。閣下であればどうされますか?」


「そう言う貴官は?」


 お互いにしばし逡巡して視線を合わせる。


「「……大規模爆風爆弾兵器MOAB燃料気化爆弾FAEの投下、あるいは例の機能で呼び出せるならアイオワ級戦艦の徹甲弾を真上から撃ち込む」」


 ふたりの声が揃った。最大級の破壊力で文字通り押し潰すしかない。


「これでどうしようもなかったらNBC兵器だが……」


「さすがにそこまで壊れた性能スペックの敵がいるならこの世界に我々は必要ないでしょう。もはや怪獣映画の世界です」


 そんな戦略級の兵器と魔法の撃ち合いとなれば、人類対魔族どころの話ではなく世界そのものが終わりかねない。


「まぁ、色々考えねばならんな。ばれた時からそんな気はしていたが、力だけでは進まない世界だ」


 教会だけでなく内部にいる国々の思惑も絡んでくる。ただ優れた武力を行使すれば終わる話ではないのだ。


「悩ましいが、その分面白くもある」


 あらためて思い知らされたパトリックたちだが、同時に地球にいては絶対に味わえないであろう高揚感を覚えていた。


 そう、ロバートたちと同じように。

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