第217話 疑念


「そうか、わかった。面倒な任務ご苦労だった、マッキンガー中佐」


 パラディアム本部基地の会議室。

 通信回線越しに報告を受けていたのは総司令官のパトリックだった。

 立場が立場だけにあまり感情を表に出さない彼だが、今回ばかりは安堵の気配が漂っていた。


「ああ、受け入れ準備はしておく。気を付けて戻って来るといい」


 通信を切り上げたパトリックはそっと溜め息を吐き出した。

 ひと息つけた気分――エトセリア派遣チームのことを気にしていたらしい。


「無事終わりましたか?」


 副総司令官のレイモンドが問いかけた。

 この場でパトリックに次ぐ階級者は彼だ。たとえ他愛のない話でも、それ以外が勝手に口を開くのは憚られた。


「ああ。エトセリアとの王族級会談は成功。教会の地球人拉致被害者も全員拘束できた。結果としては上々だろう……おそらくだが」


「何か懸念点がおありで? 街中で核弾頭が爆発するような事態にならずに済んだのに」


 レイモンドは言葉の最後に引っ掛かりを覚えた。


「明け透けに言うものではないが……。これで我々は“人の形をした制御しきれない爆弾”を抱え込むことになる」


 パトリックは隠し切れない苦さを笑みに浮かべていた。

 相手が人間、それも地球人だけに対応が難しいのだ。


「ああ……。ただ、事実ですから致し方ないかと。もちろん、当人らの前で言うべきことではないですが」


 レイモンドも言わんとするところを理解した。その際、将官たる者としての配慮も忘れない。


「問題はそこじゃない。武装勢力に拉致され戦わされていた少年兵だ。間違いなく、殺人は犯しているだろうし、どこかおかしくなっている」


 地球人拉致被害者が助かったことは喜ばしい。


 それとは別問題に、これからその精神不安定な“生きている爆弾”を〈パラベラム〉で保護しなければならない。

 そう考えると溜め息のひとつでも吐きたくなる。

 総司令官パトリックの立場を考えれば、こうした場でもなければ言えないことだった。


「ご懸念はもっともです。投降したとはいえ、その気になれば基地の中で大暴れできるわけですからね。偽装でないとも限らない」


 新たな声、教会絡みの話だからと同席を依頼されたエリックからだ。

 より厳密に言えば、意見を求めるために呼ばれたのは彼にべったりの当代聖女殿カテリーナで、彼はその巻き添えを受けた被害者なワケだが。


「敢えて口に出していないのだがな、准将」


「仮に正気でも錯乱したらコトです。今のうちに始末しますか?」


 口に出しにくいことを次々に言ってくれる。パトリックの笑みが二重の意味で深まる。

 同じく真意に気付いたらしいカテリーナも、困ったような目でエリックを見ていた。


「民間人を始末するなど軽々しく言わないでもらえるか、マクレイヴン准将。あくまでもリスクとして考えておくべきことであって……」


 一方、レイモンドの眉が小さく不快の形に寄った。まだこちらは気付いていないようだ。


 無論、彼の言いたいことはよくわかるし、正しい懸念だった。

 子供の“癇癪”で味方に人的被害が出るなど冗談にもならない。そうさせないための責任が将官にはある。

 生真面目な彼らしい反応だし、こうした意見もまた軍隊には必要だ。


「理解はしております、中将。ですが、それを言ってしまえば基地の誰かが狂を発しても、銃の乱射や兵器を使った事件は起こり得えます」


 人間の心理に絶対はない。

 自分が望んで異世界に来たとはいえ、現実とのギャップに耐えきれずおかしくなってしまう可能性は誰にでもあった。

 現に地球では帰還兵の錯乱による不幸な事故は相応に発生している。


「それは詭弁だ。訓練を積んだ軍人とまるっきりの素人で言えば確率的には後者の方が危険だ。そうなれば――」


 仲間を疑い出すとキリがない。


 途中まで答えたところで、レイモンドはようやくエリックの真意に気付いた。

 自分たち軍人以外の地球人が実際に確認された以上、「どこまでが仲間か」と安易に定義・線引きするのは危険と彼は主張したのだ。


 気まずそうに軽く咳払いをする。


「彼らは民間人です。保護すべき立場であることにかわりはない。ただ、基地に入れるべきかはまた別問題でしょう」


 詭弁は詭弁でも、より屁理屈じみた詭弁だった。

 しかし、嫌いではない。パトリックはそう思った。


「つまり貴官は、彼らが軍人でないことを理由に、何かあっても基地へ被害が及ばない場所でケアすべきと言いたいのかな?」


「まさしく」


 パトリックから問われたエリックは鷹揚に頷いた。


「向こうは民間人です。基地から遠ざけておく理由にもなる。我々も短慮に走らずに済んで悪くない話だと思いますが」


 これなら命を懸けたロバートたちが反感を抱くこともないし、情報が盗まれる恐れも軽減できる。

 部下にリスクを負ってもらわねばならないのが少しばかり心苦しいが。最悪暴れた時には彼らの意志でケリをつけるだろう。


「今ならまだ知る者が少ないと秘密裏に始末するのは不可能だろう」


 パトリックは口にしないが


 関わった者が多いせいでどこから話が漏れるかわからない。

 その上で、地球人の拉致被害者を見捨てたとなれば〈パラベラム〉の士気が一気に下がりかねない。

 曖昧にしておくべき部分を明確にすると、今度は大人しくしている各国軍の意識が顕在化して派閥化、最悪は分裂の危機に繋がる。


 たとえ爆弾とわかっていても抱え込んで、何らかの処理をするしかないのだ。

 空軍のお偉いさんはたまにそういう泥臭いところがわからない。


 エリックはそういう視線で上官レイモンドを見た。


「……銃なら武器庫に保管しておけばいい。だが、人間をそうするわけにはいかない。通常爆弾でも半径百メートルは余裕で被害領域だ。弾薬庫を作れと言っているようなものだな」


 レイモンドも自身の考えが性急だったと認めるが、やはり懸念が残っていることだけは示しておく。


「兵器のように、吹き飛んで終わりとはいかないから余計に厄介ですね。繰り返し使用可能なわけですし」


 ちょっとしたブラックジョークのつもりだったが当然場は和まない。

 それどころかカテリーナに足を踏まれた。痛い。


「エリック様、やっぱり冗談のセンスが少しズレていますわね」


「ううん……?」


 解せぬと唸った。この部分だけは本当に察しが悪い。


「ところで、ラドフォード閣下」


「なんだね、マクレイヴン准将」


 あらためて互いの名前を呼び合う。

 この話は一旦ここで終わり。また、「本題はそこではない」との再確認するためでもあった。


彼女カテリーナを呼んだ理由は、勇者と呼ばれる地球人拉致被害者の処遇に関してではないのでしょう?」


 エリックは単刀直入に切り出した。


 言葉遊びをしている状況ではないと判断したのだ。

 パトリックも准将の態度に苦笑していたが「慌てるな」と止めることもない。


「准将、質問に質問を返してすまないが、貴官は今回襲撃を仕掛けて来た勇者についてどう思った?」


 パトリックからの言葉を受けてエリックは確信する。自分と同じ推測に辿り着いているのだと。


「報告を受けただけですし、小官もファンタジーには詳しくはないのですが……。ただ、勇者という存在は人類の“切り札”と聞いています」


 サブカルに詳しい将斗はここにはいない。

 確かめるようにカテリーナに視線を向けると彼女は頷いた。それを受けてエリックはまた言葉を続けていく。


「正直、今回の件で確信しましたが、どうにも違和感が拭えません」


「やはりそうか」


 パトリックは思案顔で腕を組んだ。

 自身の推測が外れていて欲しいと思っていたのかもしれない。どうやらそれは叶わなかったらしいが。


「はい。本当に勇者が対魔族戦線の切り札なら、こんな鉄砲玉じみた任務に使うとは思えません。むしろ手元で大事に育て上げるでしょう」


 多少過保護なくらいでも驚かない。


「あらゆる経験を積ませるため……と考えても不自然だな。逃げ出される可能性もある。なのに監視はいなかった」


 彼らは拉致被害者だ。

 戦いの適性があるかもわからないし、それ以前に現代人として心が争いを忌避すれば逃げ出そうとするだろう。過去には逃げた者もいるかもしれない。


「つまりは、逃げ出される、あるいは返り討ちに遭うなどの可能性を考慮しても送り込んでいいと判断されたことになります」


 そこから導き出される結論は――ひとつしかない。


「カテリーナ、召喚された勇者ってのは、教会内部でお披露目されたりするのか?」


「えっ? わたくしはそうした部門には関わっておりませんので詳しくは――」


 唐突に話を振られたカテリーナは怪訝な表情で答えていたが、途中でまったく別のものへと変わる。


「まさか――」


 彼女も気付いたのだ。


「勇者は……何人も存在している……?」


 信じられない。その言葉を紡げないままカテリーナは固まっていた。




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