第216話 時は流れ去るENDLESS GAME


「くっ……!」


 あと少し力がかかれば肌を切り裂くギリギリのところに張り付いている刃。

 それを意識しながらも少年の目は必死に動いていた。「何か打つ手はないか」と目まぐるしく脳が回転していると傍からでもわかるほどだ。


 ――諦めてない。しかも、悪い意味で。


 ここから暴れられてはもう腕なり足なりを切り落とすしかない。

 どうすべきか将斗は迷った末、投降を促そうと口を開く。


「諦めた方がいい。同じ地球人だ。殺さないで済むならそれに越したことはない」


 声を上げたのは将斗ではなくロバートだった。

 口調は冷ややかだが「始末しろ」とまで言い出す気配はない。


 ――すっかり助けられてるな……。


 作戦開始前であれば、将斗も意外だと思ったかもしれないが今は違う。

 途中途中でチームのメンバーたちは自分を尊重し、望む方向へ繋がるようできる限り協力してくれた。その意志がひしひしと伝わっていたのだ。


「こちらが何もできないと、情けをかけているつもりか……!」


 他人を信じられない憎悪の瞳がロバートへ向いた。

 若い――二十にもなっていないのに荒み過ぎている。まさしく少年兵のそれだった。


「君には、そう見えるのか……」


 ロバートから溜め息が漏れた。

 一瞬だけ浮かんだ悲痛な顔に少年は気付かない。


 ――ここからどうするかだな。


 ひと目見ただけでわかる。彼まだ諦めていない――いや、己の幻想に縋ろうとしていた。

 すでに異世界の激流に飲み込まれているにもかかわらず、元の世界に帰れる可能性を曖昧なままにしておくことで藁に縋っているつもりか。


 きっと自分たちの言葉だけでは届かない。恫喝したとしてもだ。

 彼に必要なのは――


「……シュウヤ君、やめましょう。この状況ではもう無理です」


 すでに諦めた仲間の言葉を受けた剣の勇者――シュウヤは怒りの視線を向ける。

 自分が置かれた状況を忘れた振舞いに、将斗が咄嗟に刃の位置を変えたほどだった。


「タクマ、おまえ! 戦わずにくだったのか!」


 短槍の少年――タクマに怒声が浴びせられる。

 言葉の刃を向けられた受けた本人は申し訳なさそうにしているが、ただそれだけだ。もうとっくに心が折れている。


「聞いてください。エリカさんもレイナさんも、もう戦えません。それ以上に、相手は僕たちとは比べ物にならない――」


「黙れ黙れ……ッ!!」


 仲間の言葉を受けても、先に無力化された仲間には目もくれない。

 それどころかタクマを裏切り者と糾弾しかねないほどの怒りを露わにしていた。


「まだ死んでいない! 俺にはまだ――」


「切り札がある、か?」


 ロバートは言葉の先を読んだ。


 少年の視線にこめられた殺気が強まる。

 だが、ほとんど虚勢だ。


 高威力の魔法を使えるのだろうが、即座に発動できるものでもないはずだ。

 あるならとっくにそうしている。そこまで見抜いていた。


「悪いが、奥の手があるのはこっちも同じでな」


 ロバートは真上に手を掲げて軽く振った。


 何かを持っているわけでも、魔力が放射されたわけでもない。シュウヤは警戒は緩めないながら不審に思う。


「なにを……」


 シュウヤは唸るような声を上げるが、答えはすぐに向こうからやって来た。


 遠くから響く低い音。聞き覚えがある音と思っていると、程なくして“それ”が勇者たちの前に姿を現す。

 高速で真上をフライパスしていくがあった。


「あれは――」


 細かいことはわからなくとも姿形でそれがなにかわかる。

 いや、脳が拒否しても理解せざるを得なかった。


 あれほどまでに望んだ、地球にしかないはずのモノを見れば――


「ひ、飛行機……!?」


 愕然とした、さらに言えば震え交じりの声。

 あれほど湧き上がっていた怒りが瞬間的に消えてしまうほど、シュウヤは驚きのまま上空を見上げて固まっていた。

 他の仲間たちも程度の差はあれ、同じような表情だった。


「MQ-9 “リーパー死神”、無人攻撃機UCAVだ。ついでに言っておくが、対戦車ミサイルATMがさっきからずっとそちらを狙っている」


「…………!!」


 この期に及んでもたらされた事実に、シュウヤの顔が様々な感情を表そうとして歪む。

 そうして最後には、やはり憎しみのそれに辿り着いた。


「ち、地球の武器を持ち込んだのか! そんなチートズルをしていたんだな!」


 射殺さんばかりの視線を向けるシュウヤの言葉は、勇者でもない地球組を「卑怯」と糾弾するものだった。

 最初に放とうとした魔法を阻止したのも武器か何かに違いない。その程度の推測は容易だった。


「はん、地球の兵器を持ち込んでズルい?」


 対するロバートは眉ひとつ動かさない。それどころか聞こえよがしに鼻を鳴らした。


「さっきから何を甘っちょろいこと言ってるんだ? そもそも――」


 ロバートの発した声には明らかな嘲弄ちょうろうの響きがあった。

 その上でさらに彼は溜めを作る。こちらのトーンが変わったと知らしめるためだ。


「持てるもの全部使うのが戦いだろう。こっちはスポーツやってんじゃねぇんだ。負けたら死ぬんだよ」


 続いたのは聞く者の背筋が震えるほど低い声だった。声に魔力が乗せられていると錯覚するほどの圧力がこめられていた。

 怒りに支配されているシュウヤでも思わず身体が震え出したほどだ。

 彼とは戦っていない。にもかかわらず「絶対に勝てない」と本能が極大の警告を発していた。


「これを見ろ」


 この期に及んで遠慮は要らない。

 ロバートは相手にはっきり見えるよう、ホルスターからHK45T自動拳銃を抜いた。


「はは、銃まで持ってるわけ……」


 スコットに倒された少女――レイナも倒れたままで乾いた笑い声を上げた。


「もうちょっと補足するなら、マシンガンやら狙撃銃やらが絶えず狙っているし、ミサイルだけじゃなく誘導爆弾まである」


 すぐ近くのスコットから恐ろしい事実を突き付けられ、レイナの顔からさらに血の気が引いていく。


 彼らの配慮によって生かされていると気付いてしまったからだ。

 どうにか保っていたプライドも、今や粉々に粉砕された。元より身体は動かないが、抵抗する気も完全に失せた。


 だが、シュウヤはそうではない。まだ諦めていない。


「これを見てもまだ、切り札があると戦うなり逃げるなりするつもりなら――全力で相手をするぞ、勇者君」


 残った人間として少年は決断を迫られる。


「俺は……」


 噛み合わされた歯の間から声が漏れる。


 ――どうしようもない。


 わずかに残った冷静な部分で理解させられる。

 追い詰められたことで冷静になればなるほど、脳が勝手に最適解を導き出してしまう。


「もうやめよう、シュウくん……」


 新たな声。

 杖ごと魔法を潰された少女が、手首を押さえたまま痛みを堪えるようにゆっくりと近付いて来た。


「タキザワ……おまえ……」


「その人たちは、いつでもわたしたちを殺せた。なのに、そうしなかった。最初から……勝てなかったんだよ」


「それは――」


 結果論だ。そう叫ぼうとしてシュウヤは口を噤んだ。


 精神の均衡を欠いているだけで、元々彼は無能ではない。

 だからこそ、冷静さを取り戻すにつれて気付いてしまう。誰も出血を伴う怪我を負っていないことに。


「わかるでしょ? 最初以外鉄砲だって使ってないし、魔法も使ってない。この人たちが元々持ってる実力だって」


 相手は戦いが終わるまで、銃やその他兵器の存在を明らかにしていなかった。

 その程度に加減されていたのだ。銃を使わずとも倒せる、あるいは逆に納得しないと思われていたか。


 今となっては意味のない疑問だ。いずれにせよ――誰ひとり勝てなかったのだから。


「身の安全は保障する。拉致されて武装勢力きょうかいに強要されていたのは事実だ。……メシでも食おうや。そこのサムライの料理は美味い」


 格の違いを、思い知らされた。

 この状況では、奥の手の魔法を使おうとしても、その前に首を刎ねられて終わる。

 仮にそれを躱せても、続く連撃、あるいは銃弾、果てはミサイルを潜り抜けられるか。考えるまでもなかった。

 現代兵器の恐ろしさを、


 そして何より、同じ日本人であり、同級生でもある仲間の命を犠牲にしてまで意地を通せるか。


 今までどうしようもない窮地に陥らなかったのもあるが、口では悪態を吐いてもシュウヤは誰ひとり見捨てようとはしなかった。日本との繋がりが永遠に失われてしまう気がして――。


 いつからか失っていた想いを、シュウヤは思い出す。

 それらは急激に胸の奥底から込み上げてくる。


「――ます……」


 地面が濡れる。雨は降ってない。

 やがて、地面の土を強く握りしめていたシュウヤの手から力が抜ける。頑なに信じていた自身の幻想と共に。


「投降、します……。助けて、ください……」


 少年の喉から絞り出すような嗚咽おえつが漏れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る