第215話 衝突〜後編〜


「……さて、ふたり脱落だな」


 すっかり出番を取られてしまったロバートは、気を取り直して短槍を握る短髪の少年に語りかけた。


「残った君はどうする? 戦うか?」


 見せつけながら、ロバートはタクティカルナイフをそっと抜く。

 問答無用で制圧しても良かったのだが、彼からは他と違って不思議と敵意を感じなかった。


「……言葉から察するに、あなたも戦闘要員ですか」


 少年から向けられたのは槍の穂先――ではなく、こちらを探ろうとする視線だった。

 より厳密に言えば、自身の推測を確かめているようにも見える。


 ――この状況でも動かないか。面白い。


「そう思ってくれて構わない」


 短く答えながら、ロバートは内心で驚いていた。


 仲間の窮地にも関わらず、短槍の少年は冷静に状況を見極めようとしている。

 彼には他の勇者たちと違って話の通じそうな気配があった。


「はは、断言しないんですか。怖いですね」


 小さく笑う少年だが、警戒はまるで緩まない。むしろ強まった気さえした。

 その証拠に、いつでも跳躍できるよう軽く腰を落として膝の力を抜いている。


「怖いと思ったついでに投降してくれるとやりやすいんだが」


「残念ながら……僕には方針を決めるだけの力がありません」


 ロバートからの勧告を受け、少年の視線が一瞬だけ剣の勇者を向いた。


 予想はしていたが、リーダーは彼ではないらしい。

 狂犬同然に襲いかかってきた剣の勇者でリーダーが務まるのかと思うが、少なくともこれまでは成果を上げてきたのだろう。

 そうでなければ、とっくの昔に“首輪”を付けられていたはずだ。


 あるいは、予期せぬ地球人と遭遇して精神の均衡が崩れたのかもしれない。


「あっち次第ってことか。まぁ、動かないでいてくれるならそれでいい」


 剣の勇者が注意を払えない隙に、彼もこれまで隠してきた本音を吐露しているように見えた。


 このまま会話を続けて問題なさそうだ。妙な動きをしても即座に対処できる。


 依然として彼らは知る由もないが、二挺の銃口が常に誰かを狙っているし、空にも破壊の死神リーパーが飛んでいる。


「……もしかして、あなたがたは軍人さんだったりしますか?」


 意を決したように少年が問いかけてきた。

 いい流れになった。ロバートは内心で笑うと姿勢を正す。


アメリカ合衆国海兵隊U.S.Marine Corps海兵隊特殊作戦コマンドMARSOC中佐、ロバート・マッキンガーだ」


 まさしく長年の軍歴で染み付いた癖で、ロバートは見事な名乗りを上げた。

 その無駄のない仕草に相手が瞠目したのがわかった。


「やっぱり本職プロ、しかも……特殊部隊の方ですか……。手の込んだコスプレなんてことはないと思っていましたが……」


 所属・部隊を聞いた瞬間、少年の表情がはっきりと苦いものに変わる。「事態をより理解した」と表情が物語っていた。


「残念ながらホンモノだ」


 ロバートが首を振って見せたことで、さらに少年の全身から力が抜けていく。これは諦念だろう。


「しかし、よく特殊部隊だとわかったな。海兵隊の礼装ブルードレスにも気付かなかったのに」


 MARSOCは映画に登場するNAVY SEALsやデルタフォースほど有名ではない。

 名前を聞いてピンとくる者がその他に気付かないのもおかしな話だ。


「いえ、軍事の知識はありません。ただ、なんとなく響きで理解できました」


 翻訳機能もあるはずだが、少ない情報から推論・結論を導き出せるのだから聡明だ。

 リーダーではないと言っていたが、チームの頭脳役は彼なのだろう。


 ただ、まことに残念ながら、そうした制御も今はもう機能不全を起こしてしまったようだが。


「隠しても仕方ないから言っておくが、ウチの連中はみんなどこかの国の特殊部隊出身だ」


「はぁ……。底上げされただけの素人が、元の能力も経験もまるで違う人たちと戦おうとしてたんですね……」


 苦い顔となる。


「できれば、お仲間にもそう伝えて欲しいんだが」


 戦闘可能で話を聞けそうな人間は他に残っていないが、言うだけは言っておく。


「いいんですか? ここで僕たちを殺しても誰も咎めないと思いますが」


 少年は言葉の先を読み取った。


 異世界なら地球の法律も及ばない。

 日本人同士ならまだしも、相手はアメリカ人だ。偏見と言えば偏見だが、躊躇のなさは日本人の比ではない。そう考えたのだろう。


「君たちから見てどうかはわからないが、これでも俺たちは秩序ある軍隊を自認しているつもりだ」


 ロバートは言葉を選びつつ口を開いた。

 せっかく話ができる相手を追い詰める必要はない。


「その一方、君らのやったこと――他国要人への暗殺未遂は十分にテロ行為と呼べるものだ」


 少年の表情が固くなる。身体が緊張を帯びたのも直感的にわかった。


「だが、ウチのサブカル好きなヤツに言わせると、武装勢力に拉致された被害者――少年兵とも言えなくもない。素直に投降してくれれば悪いようにはしないが」


 続くロバートの言葉に、少年から溜め息にも似たものが漏れた。明らかな安堵のそれだった。


「仲間はすでにふたり無力化されています。戦っている彼も僕から見て勝ち目があるようには見えません。ですが……は諦めないでしょう」


 少年は仲間の苦戦に一定以上の感情を示さない。不思議なほど淡々としている。

 むしろ「こうなってよかった」と言わんばかりだ。


「悲しいことだ。その見識がお仲間にもあればよかったんだが……」


「彼らは……あるいは僕もですが……この世界に来てもう……」


 若さにそぐわない、乾いた笑いだった。

 これまで溜め込んでいたものが一気に溢れ出たように見える。


「話も聞けないか」


「……届かないでしょう。僕らの声でも、もうずっと前から……」


 口ぶりから察するに、彼以外はそんなものでは済まされない――おそらく戦闘ストレス反応CSR、要するに戦争神経症を患っている。


「まぁ、これ以上悪くならないよう祈っていてくれ。賢い君ならわかるだろう? 隠し玉で仲間が危険になれば、我々も“本気”を出さないといけなくなる」


 彼ならわざわざ見せずともわかるだろう。そう判断したロバートは言葉だけに留めた。


 我ながら甘い。そう思う。

 スコットと自分とでアサルトライフルの銃口を突き付けて恫喝するのが一番早い。


 だが、今は将斗が覚悟を決めて戦っている。

 彼が負けているでもない以上、その意思は尊重してやりたかった。


「武器や兵器……訓練を積んだ軍人だけではないと」


 少年の目線がタクティカルナイフに向いている。

 地球製のナイフがあるなら、があっても不思議ではない。今の言葉でそこまで理解したのだ。


「そういうことだ」


「なら彼も……」


 意図せずして、ふたりの視線が同時に剣の勇者の方へ向けられた。

 聞こえてくる怒号が激しさを増してきた。決着がつく頃だろうか。


 〈パラベラム〉と勇者。それぞれの想いを載せた視線が剣を振るうふたりに向けられていた。




「なんでだ! 勇者だぞ!?」


 剣を構える少年の顔には焦燥感がありありと浮かんでいた。


「なんでただの地球人に勝てないんだ!!」


 先ほどからどれだけ必死に刃を振るっても、相手にはまるで届かない。

 最初のように刀で受け止めるわけでもなく、するりと体捌きのみで躱されてしまう。

 それが余計に少年の剣と心を乱れさせるのだが、当人は気付かない。気付けない。


「悪いが……ただの地球人じゃなくてね。何年も剣術を学んでいるし、死にたくなるような訓練も散々積んだ」


「俺だってこの世界に来て! 兵士だけじゃない、本部の騎士にも勝ったんだ!」


 尚も将斗に挑みかかる少年の叫びはほとんど悲鳴だった。


 高校生と特殊部隊員。

 外から見れば比べるのも滑稽でしかないが、どうしても彼には認められないのだ。


 世界を救うとされる勇者の力が、長年積んだ訓練や技術に勝てないことが。

 たとえ騎士に接待されて褒められたのだとしても、その勇者の経験を捨てきれないのだ。


「おまえら、世界を引っ掻き回しに来た野蛮人なんだろ!? おかしいじゃないか!!」


 そうであってほしい。

 でなければ、自分たちが何のためにばれたのかわからなくなる。

 たった三人しか知る人間もいない世界で生き残るため戦い、生命を奪ってきた。

 それを否定されてしまったらこれから何を信じればいいのか。

 切なる願いだった。


「理解できない相手を野蛮人と呼ぶなら、俺は野蛮人で結構だよ。これで満足か?」


 将斗の声は硬い。隠しきれない哀れみが、刃の向こうの双眸で揺らいでいた。


「そんな目で俺を見下すなっ!」


 踏み込んで放った横薙ぎは、わずかに身を引いただけで避けられた。


 力も速度も並以上にある。

 しかし、技術がまったく追い付いておらず、予備動作の時点ですでに軌道まで読まれているのだ。


「喚いても勝てないぞ。無駄に叫べば力が抜ける。剣を腹から構えろ」


 連撃で身体に負荷をかけているところで余計な声を上げればどうなるか。勝手にスタミナを消耗するばかりか剣にも力が入らなくなる。


「偉そうにっ!」


 依然として少年は翻弄されていることに気付かない。


 ――そろそろか。


 相手の疲労度合い、そしてロバートが残る少年と話していたのを見て、意を決した将斗はついに自ら動く。


 本気で戦ったなら、これまで何度相手の首が胴体から離れていたかわからない。

 その程度には余裕があったし、周りもそれを理解していた。


 殊更に実力差を見せつけて心を折ろうとしたわけではないが、自分なりに周りの状況、それと相手の具合を見極めたつもりだった。


「剣を振るうってのはな――こういうことだ……!」

 

 


 対峙する少年からはそうとしか見えなかった。


 相手が何かを告げた。そう脳が認識した次の瞬間には何故か目の前にいた。

 咄嗟に剣を掲げようとする間もなく、信じられないほど重い一撃が手首に襲い掛かる。


「ぐっ……!?」


 信じられない衝撃に少年は呻く。耐えきれず剣が手から弾き飛ばされた。

 剣を拾おうとしたところでそれより早く喉元に冷たい感触。

 少年は否応なく、いや本能で理解する。


「今動くと、死ぬぞ」


 ぞっとするような低い声。反射的に全身から汗が噴き出してくる。

 少年がどうにか目だけを動かすと、首筋には青く冴え冴えとした刃がぴたりと添えられていた。


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