第214話 衝突〜前編〜


「やれやれ、説得は試みたんだがな……」


 話し合いは終わりだ。


 溜め息を吐いたロバートはわずかに腰を落として戦闘態勢に移る。

 剣を掲げて地面を蹴った少年を前に、タクティカルナイフとHK45Tを抜こうとした――その時だった。


「マッキンガー中佐、ここは俺が」


 音もなく進み出て来たのは将斗だった。

 彼は流れるようにふたりの間に割って入る。


「おい、マサ――」


 あまりにも自然過ぎて止める暇もない。

 ロバートの言葉を掻き消したのは、声ではなく金属同士の激突音だった。


「……なっ!?」


 ――まずはひとり仕留めた!


 そう確信していた少年の凶相に新たに驚愕が生まれた。


 刃の軌道に立った将斗は、上段から振り下ろされる両手剣の一撃を横薙ぎで弾き飛ばしていた。

 それも相手の身体ごと。


 受け止めるわけでも、軌道を逸らすわけでもない。何気なく振るったようにしか見えない一撃だ。


 しかし、剣の勇者は仲間たちから離れる形で吹き飛ばされている。

 相手の逃げる方向――斬撃の力加減まで将斗は精確にコントロールしていた。


「潰れるかと思いましたが、意外と何とかなるもんですね」


 将斗が正眼に構えながら刃先をチラリと眺めて笑う。


「くっ……!」


 得体の知れない相手に危険を覚えた勇者は、反射的に後方へ大きく飛び退いた。

 素人の動きではなかったが、どこかチグハグな印象を受ける。

 これが勇者として与えられた能力なのだろうか。


「「『オーマイ……』」」


 眺めていたロバートたちも小声ながら感嘆の声を抑えられなかった。


 これまで幾度となく驚いてきたはずだが、やはり今回も例には漏れずサムライに度肝を抜かされる。


「おまえ、いったい何をした!」


 何が起きたか理解できない。剣の勇者が血走った目でそう吼えた。

 殺気でギラついた双眸には恐怖と不安の色がはっきりと映っていた。


「“聖剣”だぞ!」


「ちょっと弾いただけだ」


 力は抜きつつ下段に刀を構えて将斗は「だからなんだ」とばかりに答えた。


『んなわけねぇだろ……』


 通信回線越しにエルンストの呆れ声が流れる。

 聞いている者全員が同時に頷いたことは誰も知らない。


「まさか、おまえも特殊能力タレントを……」


「タレント? あいにくと剣は地球仕込みだ。こっちに来てから身体は少しばかり軽くなったけれど」


 勇者たちのようなファンタジー武器とは異なり、将斗の得物は業物でもない普通の刀だ。

 あのように身幅と厚みのある刃にぶつけてはヘシ折れて当たり前。誰に聞いてもそう答えるはずだ。

 己の技量に絶対的な自信がなければ――いや、あっても常人にはできない芸当だった。


 そうまでして――自分の身を危険に晒してでも剣の勇者を止めるつもりだったのだ。


「俺は……俺は勇者だぞ……! 端役ごときが……舐めるなっ!」


 この世界を否定しておきながら、勇者を名乗る。

 世界に選ばれた人間だと思っていなければ、おそらく精神を保てないのだ。


 一瞬だけ将斗の表情に憐憫れんびんが生まれ、そして消えた。


「その端役に剣を弾かれた気分はどんなもんだい、勇者クン」


「黙れっ!」


 自分に敵意のすべてを引きつけようと、将斗は挑発の言葉を口にした。


 どうにか相手を止めるつもりなのだ。自身の能力の許すかぎり。

 そっと八双に構え直した姿勢からもその覚悟が伝わってきた。


「いいのか、マサト。相手は相当壊れちまっている。最悪の場合、おまえが――」


。――下がっていてください」


 ロバートは最後まで言わせてもらえなかった。

 不満はない。将斗なりの決意を決めてこの場に臨んでいる。そう傍から見ても理解できたからだ。


「わかった。他は任せろ」

「そろそろ動きそうだからな」


 ロバート、それにスコットは短く答えてサムライを送り出した。


「マエバラ!」


 仲間の危機を感じて駆け寄ろうとする少女。


 その前に立ち塞がる影があった。スコットだ。


「やめておけ」


 巨漢は彼にしては珍しく、控えめに闖入者を止めた。

 普段なら拳かナイフか銃弾、果ては爆発物が飛んでいる頃だ。やはり彼も将斗なかまに配慮しているらしい。


「そこをどいて!」


 少女は戦う構えを取る。

 向き合うだけでは気配から実力差がわからないらしい。

 武道の経験はありそうだが、その他の経験が不足している。スコットはそう結論付けた。


「お仲間はもう少し理性的かと思ってたんだが……」

 

「今更……止まれるわけないじゃない! アンタらを倒して、アタシだって日本に帰るんだから!」 


 抱いた迷いを振り切るように、少女は拒絶の言葉を叫んだ。


 異世界人エイリアン相手ならまだ自分を誤魔化すこともできたが、同じ世界の人間ちきゅうじんに出会ってしまい、彼女もまた現実が崩壊しかけているのだ。


「……いい覚悟だ。相手をしてやろう、かかってこい」


 今は話が通じない。

 そう直感したスコットはコンバットナイフをしまうと、わざとらしく手招きした。


「わたしを……バカにしたわね……!」


 侮られたと苛立ちを浮かべて少女が疾駆を開始。身体全体に殺気が篭もる。


「文化の違いだな。り合いたいならウェルカムだぞ、俺は」


「図体がデカいだけのおっさんに……負けてらんないのよォっ!」


 困ったと小さく笑うスコットの態度が少女をさらに苛立たせる。


「参ったな、事実だけにおっさんを否定できる要素がどこにもない」


「ふざけるな!」


 唸りを上げて迫る正拳突きを、スコットは掌底を前に突き出す形でいなす。


 これは読んでいたらしく、すぐさま追撃で放たれた少女の前蹴り――をフェイントに軌道変化させた回し蹴りが側頭部に襲いかかった。


 だが、これもまたスコットは肘を支点に動かした腕で防御。

 音からして脛当てごと直撃しているはずなのだが、巨漢は眉ひとつ動かさない。


「このおっ!!」


 勢いのまま少女は残る軸足で地面を蹴って身体を回転。空中からの踵蹴りに繋げる形で相手の防御を掻い潜って有効打を浴びせようとする。

 地球であれば創作でしか考えられない驚異的な身体能力だ。


「ほぅ、やるじゃないか」


 しかし、巨漢はそれすら読んでいた。


「なんで!? なんで有効打にならないの!!」


 必殺の攻撃が不発に終わった少女は距離を取る。人型の敵ならこれで仕留めてきた。

 顔には困惑と焦燥が浮かんでいた。


「悪くないぜ、お嬢ちゃん。年齢トシを考えたらいいコンビネーションだ。でもな、俺も長いこと世界各地で戦ったきた人間だ。負けてやるわけにはいかんのよ」


「だから……なんだっ!」


 怒号と共に地面を蹴って前進。魔力を闘気に変えているのか明らかに身体能力が上がっていた。

 瞬く間に間合いの内側へ潜り込むように距離を詰めると、鉤爪のようなフックがスコットの脇腹へ襲い掛かった。


 しかし、それよりも早くスコットは身体を半歩引いて手刀で拳を弾く。


 少女の姿勢が前のめりに崩れるが、抵抗はせずそのまま地面に手をつくと身体全体を捻って遠心力を生み出す。

 相手の足を狙った奇襲だったが、これもまた軽く掲げた足で受け止められる。


 転がって距離を取る――と見せかけ再度獣のように四足体制から地面を蹴って突進。

 真正面からの突きが空気を切り裂いてスコットの顔面を狙う。


「惜しいな」


 流れるような掌が軌道を逸らし、手首を返して少女の下顎を軽く弾いた。

 咄嗟に後方へ跳躍。距離を大きく開けて態勢を整え直す。


「さっきから! 手加減してるつもり!?」


 拳闘の構えで少女は激昂する。


 今のは本当なら有効打を入れられたはず――いや、先程も攻撃も何度か仕掛けるくらいは出来たはずだ。

 朧気ながら彼我の実力差が見えてきたことで、


「女のコの顔を殴る趣味はなくってな……ちょいと撫でただけだ、許してくれ」


「だとしたら舐められ――」


 ここはひとりでやっていてもダメだ。剣の勇者シュウヤと合流しよう。

 膝に軽く力を入れたところで、少女は膝から崩れ落ちた。

 混乱も一瞬ですぐに彼女は我が身に起きた事態を理解する。脳震盪のうしんとうだ。


「う……そ……」


 泥沼に沈み込んでいくような感覚と歪んでしまった視界。顔に触れる地面の感触もよくわからない。

 視覚と触覚と感覚が噛み合わず、吐き気がこみ上げてくる。


 やや遅れて理解する。

 あのたった一瞬の接触で脳を揺らされたのだと。


「終わりだ。動けないとは思うが――次は痛いぞ?」


 回り続ける視界の中、猛禽類のような灰色の瞳が自分を見下ろしているのだけは何故かわかった。


 あまりにも格が違う。少女はそう思い知らされた。

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