第213話 包囲殲滅陣


「“なんじ、奈落の底で生まれしほむら。煉獄の嚇怒かくどを以って其れを現世うつしよつかわし、魔をそのかいなに引き込まんとす――”」


 背筋の悪寒が急激に強くなっていく。


 ――アレを喰らったらマズい。


 そうロバートの本能が警告を上げてきた。


『おい、サムライ。なんだあの聞いてると恥ずかしくなるようなポエムは』


 近くにいないからか、緊張感の欠片もない狙撃手エルンストがげんなりした声を上げた。

 悪寒は悪寒でもか。相変わらず過ぎてロバートは逆に頼もしくなってくる。


『詠唱の文字数を増やして気分が高まると魔法が強くなるんですよ……!』


 サブカル知識なので将斗が答えた。


 敵の動きを共有すべく設置した指向性マイクで音を拾っているため、詠唱の声が丸聞こえなのだ。

 しかも、翻訳機能のおかげで細かなところまで丸わかりである。


 もちろん、そんなことなど当の少女本人は知るはずもない。

 教えたら恥ずかしさでその場に崩れ落ちたりしないだろうか。そうすれば戦わずに済む。

 草むらに潜んで様子を窺う将斗はそんなことを考えてしまう。


『それよりクリューガー少佐――』


 今は戦闘中だ。余計な意識を振り払って将斗は「早く何とかしてくれ」と口を開きかける。


『じゃあ、そういうのはA4ノートにでも書いといてもらうか』


 淡々と答えたと思った瞬間、通信回線の向こうから鈍い音。

 痛みにも近い衝撃に驚くも、すぐに12.7mm弾が発射された音だと気付く。

 エルンストはのっけから対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを使っていた。


 ――いくらなんでも容赦がなさすぎる!


 事態を理解した将斗の背中に冷や汗が浮かび上がった。

 アレを生身の人間が喰らえば、身体が千切れ飛んでしまう。

 双眼鏡の向こうで杖を向けた少女がスプラッターな死体になる光景が――


「きゃあっ!?」


 聞こえて来たのは断末魔ではなく絹を裂くような悲鳴だった。


 掲げていた杖が途中から折れた――というよりも途中部分から吹き飛んでいた。


 不十分な状態で術者のコントロールを外れた火球は明後日の方向へ飛び――空中で爆発した。

 なるほど、あれなら馬車のひとつを吹き飛ばすくらいわけなさそうだ。


 一方術者の少女は、凄まじい衝撃が手を襲ったのか、少女は反対側の手で押さえてその場に座り込んでしまう。

 もしかすると手首なりが折れているかもしれないが、手が千切れ飛ぶよりはずっとマシだろう。


『とりあえず無力化クリア。ありゃ手榴弾くらいの威力はあるな。何か妙な動きがあれば次は頭を吹き飛ばす。――これでいいのか、サムライ』


「ありがとうございます、クリューガー少佐」


 エルンストは今回通常のM82A1ではなく、それをアメリカ海兵隊が独自改良して大型サプレッサーを簡易脱着可能にしたM107A1を用意していた。


 ただ当てればいいのではない。

 肉体への被害を出さず、武器のみを破壊し、尚且つ銃声に気付かれない狙撃を成し遂げるための備えだった。


 ただ敵を吹き飛ばすより、困難な狙撃の方が“やり甲斐”がある。

 訊かれればそう答えたに違いないが、チームメンバーである将斗の意志を最大限尊重したのだ。たいしたツンデレっぷりだ。


「任せた。UAV、敵の逃走手段を探せ。いくらなんでも徒歩で脱出させるとは思えない」


 エルンストの戦果を確認しながらロバートは次の命令を下す。


『“ウイング”、了解しました。ご武運を』


 小声でインカムに告げたロバートは魔法が不発に終わった勇者たちを見据える。


「貴様、何をした……!」


 仲間の方に視線を送った剣の勇者が警戒した様子でロバートを睨みつける。


「さて、な」


 ロバートは立ったまま動かない。

 もしも相手がファンタジー的な身体能力で迫れば斬られてしまう恐れがあるにもかかわらず。


「――新手が来ます!」


 短髪の少年が警告の叫びをあげる。迫ってくる気配があった。


 刀を抜いた将斗、それとナイフを握りしめたスコットの姿だ。

 ウォルターの姿はない。おそらく近くに潜んでいると思われる。

 

「「迷彩服に日本刀!?」」


 剣の勇者の後ろにいた手甲の少女と短槍を持った少年が驚きの声を発した。

 死人にでも出会ったような表情――それだけの衝撃だったのだろう。


「ご名答、勇者諸君」


 ロバートは軽く両手を広げて答える。まるでロールプレイングゲームの悪役である。


「おまえら、地球人か……!」


 さすがに剣の少年も現実を認識したようだ。


「ご名答。もう少し早く気付いてくれれば、後ろのガールに手荒な真似をせずに済んだんだが……」


 残念そうにロバートは語りかけるが、それを聞いた少年の顔が苛立ちに染まる。


「魔族ならまだマシだった。異世界の秩序を乱してよろしくやってる大人がいるなんて最悪な気分だ」


 少年は苦々しい表情を浮かべて吐き捨てる。


「なるほど、そう見えるのか……。しかし、君たちがやっていることはどうなんだ?」

 

 ロバートは拳銃を抜くでもなく静かに語りかけた。


 魔法攻撃は未遂に終わった。それと地球人のカミングアウトをして状況は軽くリセットされている。

 対話をする機会はあるだろう。半分は詰んだも同然の状況だ。油断するわけではないが武装解除を諦めるべき段階ではない。


「勝手に呼び寄せられた世界のことなど知るか。俺たちは魔族を滅ぼして日本へ帰る。文明に劣る世界でいい気分の野蛮人が邪魔をするなら斬って捨てる。それだけだ」


「マエバラ、アンタ、何を勝手な――むぐっ!」


 手甲の少女が声を上げようとするが隣の少年に口を塞がれた。

 剣を抜いて殺気立っている少年に何を言っても無駄だと判断したらしい。それどころかむしろ身の安全を確保するためのようにも見えた。


 仲間がこの様子では、剣の勇者は相当精神的にキているようだ。これは会話になるかどうか――


「マサト、文化が違うからだと思うんだが、彼は何を言っているんだ?」


 どうあっても斬らねばならないか。そう右手を刀へ伸ばそうとする将斗にロバートから声がかかった。


 このタイミングで何を言っているんだ? 思わずそう返しそうになる。


「……自分たちの目的のためなら暴力は正当化されると言っていますね」


「わかってる、皮肉だよ」


 ロバートは小さく鼻を鳴らした。

 どうしてこんな役回りになったのかと嘆きたいのだろう。現実逃避の一種だったらしい。


 しかし、それもすぐに消え、元の軍人然とした表情に戻る。

 彼も理解しているのだ。そろそろ結論を出さねばならないと。

 同じくそれを理解した将斗は昂っていた精神が落ち着いていく。


「……言っておくがな、勇者諸君」


 短く前置きをしたロバートは淡々と語り始める。


「我々〈パラベラム〉はヴェストファーレン執政府および亜人連合DHUの要請に基づき、東方領域の安定のため治安維持活動を行っている」


「……何を言っている?」


 少年の表情に困惑が混じる。何を言われているか本気で理解できないのだ。


「君たちが、神の名の下を騙る教会の工作員として新人類連合へ暗殺を行うというのであれば、遺憾ながらテロリストとして処断しなければならない」


「テロリストだって……!?」


 剣を構えた少年の顔が怒りのあまり一瞬で朱色に染まった。


「そうだ。対話の場を設けたにもかかわらず、交渉が決裂するや否や軍勢を派遣しただけでなく、裏で構成員を密かに亡き者にしようとする。これをテロリストと言わずになんと呼ぶ? 違う呼び名があるなら教えてもらいたい」


「黙れ! 年長者が偉いとでも言うつもりか!? こうでもしなければ生きていけない世界にいながら、アンタらは俺たちの生きる権利を否定するのか!!」


 ついに少年は激昂した。

 魔力が爆発的に高まっていくのが肌でわかる。これが勇者として召喚された者が与えられる身体能力なのか。


「否定などしていない。生き方ならまだ変えられる。過去は取り戻せないが未来は――」


「うるさい、説教をするつもりかっ! 俺は……俺はもう何人も殺しているんだっ!」


 もう少し早く出会えていれば――


 そう続いたであろう声なき悲鳴とともに、剣の勇者はついに暴発した。




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