第212話 おいでよ殺し間(キリング・フィールド)へ!


 昨夜のブリーフィングの記憶を反芻しながら、狙撃姿勢となったエルンストは覗き込んだスコープ越しにターゲットを探す。

 カモフラージュネットを被っており、完全に周囲と同化している。


 ――いた。


 エルンストが真っ先に照準を合わせたのは、ロバートの馬車目掛けて駆けていく三名ではなく、後方で杖を掲げている先が折れたとんがり帽子の少女だった。


「あいつが将斗の言ってた魔法使いか……」


「無警戒。あれじゃ長生きできない」


 狙撃手のつぶやきに、同じく偽装を施したカレンが隣で応じた。


 フードを被った彼女の言うように、魔法使いの少女は馬車に向かっていく仲間だけを注視しており、周囲への警戒はまるでなっていない。

 いくらエトランゼ周辺の治安状況が良いとはいえ、襲撃を仕掛ける側としては不用心にも程がある。

 多少は戦ってきたにしても、まだまだ経験が足りないのだ。


「そう言ってやるな。ありゃド素人だ」


「戦場で弱いことは罪。でも、この距離から狙われるなんて普通考えないのも事実」


 カレンの指摘はもっともだ。たしかに1キロ近く先から狙われているなど想定外だろう。

 どうやらこちらに現代兵器があるとは伝わっていないらしい。

 ベリサリオを始末した時、ショットガンSPAS-12を回収していて正解だった。


 ――べつにズルしてるわけじゃないんだが。


 エルンストは小さく鼻を鳴らす。


「気になるのは大尉――じゃなかった、少佐と同郷なのにあんな素人丸出しなこと」


 続く疑問にエルンストは「ふむ」と思った。

 同じ故郷なら武器について知っている、警戒するのではないかと言いたいのだろう。


「カレン。おまえ、騎士の心得とか剣術を知っているか?」


「……そういうこと。理解した」


 フードの中のケモミミが動いた。


 専門外のことを知らないのは当然の話だ。

 これまでの経験で、異界から来た者は〈パラベラム〉のメンバーたちのように高度な訓練を積んでいると勝手に考えてしまうのだろう。


「連中が素人なのは間違いないが……勇者の能力だけは侮れない」


「乱暴なだけなんてホント厄介」


 端的な言葉だがその通りだ。

 しかし、そんな連中を今回は相手にしなければならない。

 油断をせず、確実に一手ずつ進めていく必要があった。


「さて、どうなるか中佐のお手並み拝見……」


 つぶやきながら安全装置を指で弾いて外し、エルンストはトリガーに指を這わせる。

 知らぬ間にまずひとり、喉元に死神の鎌が添えられた。




「そこの馬車、止まれ!」


 先頭を走る真新しい鎧姿の少年が叫んだ。

 よく通る若い声だ。あれが勇者だろうか。


 御者席後ろの窓越しにロバートは目を細める。

 黒髪の少年を先頭に似たような印象を受け、そこで気が付いた。


 ――アジア人……いや、違う。あれは……! マサトが穏便に進めようとした理由はこれだな。


「止めてくれ」


 相手の要求通り、馬車を止めるようロバートは小窓を開けて指示を出す。


「中佐、よろしいのですか?」


 御者が命令に従いつつも問いかけた。

 彼もまた〈パラベラム〉連絡員で、現地人に扮してはいるものの、御者台の下に短機関銃MP5を隠している。


「用件くらいは聞いてやるさ。それに、まだ何もされてない。それともなんだ、今からヘルファイアで吹き飛ばすか?」


「ちょっと、それは無理そうですね……」


 軍曹は小さく首を振った。


 自分たちへの加害半径を考えると、もう空爆はできない。

 やれるとすれば先制攻撃でひとりでも仕留めることくらいだ。


 覚悟を決めた軍曹は、隠した銃をあらためて意識する。


「戦闘要員じゃなんだ、無理はしないでいい。相手はビックリドッキリファンタジー人間だぞ?」


 ロバートは冗談めかして笑った。

 単身であればここまで悠長に構えていられなかったかもしれない。

 だが、今は仲間が周囲に控えてくれている。その事実が彼の思考をより一層落ち着かせていた。


「何用だ。ヴェストファーレン王国の使者である」


 馬車から降りたロバートは、十数メートル先に立ってこちらを見る少年たちに声をかけた。


「教会の目を搔い潜って人類圏に紛れ込んだ魔族だな? 死んでもらう」


 言うや否や少年は両手剣を抜いた。

 単刀直入にも程があった。とても会話をする気があるようには見えない。


 しかし、逆に言えばそれだけ教会は“殺る気”なのだろう。どのようにけしかけたは別にして。


 彼についてきた少年と少女の表情が強張ったように見えた。

 こちらは覚悟不十分といった様子だ。


「魔族だと? 無礼な、どこの手の者だ」


 ロバートは使者の演技を続ける。

 いくら殺しに来た相手とはいえ「じゃあ戦うか」というのは不自然だ。


 それに、海兵隊のブルードレスを見ても反応を示さないあたり、やはり“そうした知識”は持っていないようだ。

 後ろにいるふたりも同様らしい。ひとり訝しげにしている少年がいるが……あまり期待はできそうにない。

 

「これから死ぬ者が知る必要はない」


 剣の切っ先が真っすぐに向けられる。話にも乗って来ない上、躊躇する素振りは一切見られない。


 ――これがマサトの言っていた中二病か……?


 こちらの話をまともに聞く気配すらない。ロバートは頭痛を覚えてしまう。


「私を害せば、戦が泥沼化すると理解しているんだな?」


「俺には関係ないことだ」


 少年は吐き捨てるようにそう答えた。


 自分が動くことで世界がどうなってしまうか、彼らはまるで理解していない。あるいは意図的に無視している。


 いや……本来そんなものなのだろう。

 年齢だけ見ればハイスクールに通っているくらいの学生だ。「世界のことを考えろ」なんて授業で建前としてしか言われない言葉だ。


 真に唾棄すべきは、そんな者たちを殺し屋として寄越した教会の連中だ。

 そう思わなければやっていられない。


 ――それよりも妙なのは……


 抹殺宣言を出しておきながら、未だ距離を詰めて来る様子がないことの方がロバートは気になった。


 まさかこれは――


 そう思った瞬間、妙な気配が勇者たちの後ろで膨らんでいくのがわかった。

 背筋に悪寒。


『魔法攻撃、来ます!』


 将斗の鋭い警告が上がった。 




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