第211話 囮作戦


 ここで時を二十時間ほど遡る。


「あらためまして、事前ブリーフィングを行っておきたく。教会から派遣された“暗殺者”の狙いですが、できる限り要人に近い存在を始末したいはずです」


 壁に映し出された王都エトランゼの航空写真に向けて、翼がレーザーポインターの光を当てた。

 サブカル知識のある日本組主導の“対勇者事前対策会議”だ。


「道理だな。危ない橋を渡るのだから、立案者も実行役も本音じゃそう考えているだろう」


 壁に寄りかかったロバートが腕を組んで頷いた。

 ただ「行ってこい」だけでは本物の鉄砲玉だ。勇者を使う意味がない。


「成果次第で対価が変わるなら頷ける話だ。今の時点で商会関係者に被害が出ていないのがその裏付けかもしれん」


 そう続けたウォルターは椅子に背中を預けるとクーラーボックスから取り出した瓶ビールの栓を抜く。


「はい。わたしもそう考えています。よって、今回は相手を誘い込まねばなりません」


 勇者たちが仕掛けて来るであろうタイミングや場所を想定した上で、民間人への被害が出ない場所へ誘導し、そして対処する人員を配置をする必要がある。


「攻めに回れないのは少々もどかしいが……。他所の国の街中でドンパチはできないからな」


 頭を搔くロバート。

 いずれにしても簡単な話ではない。

 

 市民への巻き添え被害コラテラルダメージもそうだが、せっかく会談に漕ぎ着けたエトセリア執政府の印象が最悪になってしまう。

 それだけは避けねばならなかった。


「こちらから近付くのは難しいかと」


「ファントムかリーパーを飛ばして威嚇するのはだめなのか? 情報漏洩にしても逃がさなければいいんだろ?」


 エルンストが疑問を発した。

 圧倒的な力を見せつけてはどうかという提案だ。


「下手に追い詰めるとどんな手段に出るかわかりません。会談が終わり次第、街を出るしかないと思います」


 街に居座って市民を人質にされればどうしようもない。事を急いで被害が出ては本末転倒だ。


「……囮になって誘い出すのが一番か」


 ロバートは鼻を鳴らすと、ウォルターに向けて「ビールをくれ」とサインを出す。

 瓶が放り投げられキャッチ。ナイフで器用に栓を抜く。


「はい、危険もありますがそれしかないかと……」


 翼が困ったように小さく眉を動かした。

 自衛軍出身の彼女からするとブリーフィング中の飲酒は信じられないのだ。


 ――まぁ、異世界だしほとんどオフの時間だけれど。


 自分をそう納得させる。


「……わかった、俺がやろう」


 ビールを一気に流し込んでロバートは口元を腕で拭った。


「ロバート殿……!?」


 自分はどうしようと悩んでいたクリスティーナは予期せぬ言葉に驚きの声を上げた。


「会談に参加する人間で適役なのは俺しかいない。クリスティーナは会談にやって来た王族だ。巻き込むわけにはいかん」


 彼女に何かあれば迎え入れた側のエトセリアの面子にも関わる。関係の悪化は避けられない。


「さて、決まりだな。……オオヨド少佐、続けてくくれ」


 やや強引にロバートは話を切り替えた。

 他に適任もいないし、細かいことを気にしていると決まるものも決まらない。


「では続けます。相手のチーム構成にもよりますが、考えられる襲撃手順は限られています。ま――霧島大尉」


 クリスティーナに同乗していたせいで、うっかり翼は“個人的な呼び名”を口にしてしまいかける。


 気付いた何人かはニヤニヤしていた。取り乱したあの日に聞かれてしまっていたのだ。

 顔に血液が上がって来るのがわかる。無駄でも「コホン」と咳払いをして誤魔化すしかない。


「……相手は四人、前衛が三人の後衛がひとりと見ています。剣と短槍、それと手甲――肉弾戦ですかね」


「えらい断定的だな」


 エルンストが「まさかサブカル知識じゃないよな?」と問いかける。有名RPGの鉄板パーティ編成だったら目も当てられない。


「怪しまれないよう冒険者として狩りに出ていたみたいですね。街で彼らを見かけた連絡員からの情報です。彼らが慎重になり過ぎたおかげで情報が得られました」


 こちらから近付くのは危険だったが、偶然であれば警戒もされなかったようだ。

 チラ見ですら捕捉されるようなら、もうまともな手段では戦えなくなる。そこは不幸中の幸いだった。


「憶測でないならいい。続けてくれ」


 回答に満足したらしいスコットは、二本目のビールを取り出すと親指で弾いて栓を開ける。今更だがナチュラルに人間離れしていた。


「……はい。前衛が突っ込んで来て、補助する形で魔法攻撃を仕掛けてくるでしょう。彼らの中で最も警戒しないといけないのが魔法攻撃です」


 少し羨ましいと思いながら将斗は解説を続けていく。


「あぁ、そうだった。たまに忘れそうになるが異世界に来ていたな」


 瓶を傾けて中身を飲んだスコットが笑う。冗談としては皮肉が効き過ぎていた。


 実際、彼らが経験した魔法は、銃弾や手榴弾に毛が生えたようなものばかりで、今のところどうにもならない脅威には出会っていない。

 その程度と油断しているわけではないが、ある意味では即席爆発装置IEDと同じで、細心の注意を払っていても喰らう時は喰らうのだ。


 あるいは、地球の各種兵器が魔法を凌駕する破壊の権化で、それに慣れている方が異常と言われればそれまでなのかもしれないが。


「さすがにいきなり戦術級魔法なんて撃って来ないとは思いますが……」


 将斗は懸念点を口にした。


 やぶれかぶれになれば何をするかわからないが、現状そこまで教会は追い詰められていない。

 狂信者のような思想を持った人間が勇者たちを派遣していない限りは大丈夫だろう。


「大仰な名前だな。それをやられるとどうなる?」


 問いを投げたロバートは瓶の中身を呷る。


 軍人としての知識でイメージすると戦術核兵器だが、そんなものを使えば自分たちごと王都が消えてなくなる。

 おそらくこの世界規模での強力な魔法なのだろうと勝手に想像する。


「うーん、普通爆弾未満でしょうか。直撃したら消し炭とかですね」


Holy Shitクソッタレ、死体の確認もできないじゃないか」


「だから、いきなり街中で撃っては来ないと思います。どれが誰かわからなくなりますし。ただまぁ、外に出ればその枷はなくなりますけれど」


 こちらはこちらで対地(対戦車)ミサイルを撃ち込んでも同じような惨事にはなると思うがそこは敢えて口にしまい。


「なのでまず警戒すべき対象は――」


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