第209話 生き残るため


『教会が勇者を擁しているように、新人類連合にも同様の存在があるのでは?』


 そんな声が聞こえた気がした。


 ――おいおい、この王子様……。


 カールはまさかの三段構えで手札を切ってきた、というよりも、それだけの札を手にしてこの場に臨んでいた。

 エトセリアを小国と侮ったつもりはないが、予想をはるかに上回って執政府中枢は優秀だ。


「今の今まで我々にお声をかけられなかったのはそのためですか」


 ロバートはわずかながら困惑を浮かべて問いを返した。


「ええ」


 カールはそっと微笑んだ。


 彼は得体が知れないからとロバートたちを無視・敬遠していたのではない。

 ヴェストファーレンとの関係性を見極めるため、ずっと様子を見るに留めていたのだ。


「こう言っては失礼ですが、クリスティーナ殿下がどの程度ご自身でお考えか知りたかったのもあります。あなた方に早晩助けを求めるようであれば、我々も慎重にならざるを得ませんでした」


「道理ですな」


 ロバートは当然だと頷く。

 仮にクリスティーナがすぐに役目を投げていたらどうなったか。

 これで不快感を表すようでは未熟どころの騒ぎではない。


「もしそうであれば、ヴェストファーレンの背後に何者かがいて、自分たちではなく表に出している国の姫を頭に据えて派遣してきたことになります。それは我が国への侮辱に等しい。もっとも、その心配は不要でしたが」


 カールは笑みを深める。

 それはどこか安堵したようにも見えた。


「この未曽有の事態に自分たちの存在を隠しているのです。そのような者たちと共に歩むことは難しいでしょうね。……さて、我々は試験に合格しましたか?」


 冗談めかしてロバートは問いかけた。


「というよりも『確信を得られた』と言うべきですね」


 カールは水を口に運んだ。


「確信、ですか」


「ええ。正直、ヴェストファーレンのみで今の状況に持って行けたとは思えなかったのです。だから、我々はヴァンハネン商会が台頭を始めた頃から調べていた」


 カールは以前から動いていたことを明らかにした。

 まさしく本気度を示しにかかってきている。


「もっとも、南の方から品々が流れ込んできていることと、商会の人員が増えていることくらいしかわかりませんでした。普通に考えればヴェストファーレンが動いていると結論を出すべきなのでしょうが、それはどうも腑に落ちなかった」


 カールはこれまでの経緯を口にする。


 なるほど、ずっと調べられてはいたわけだ。

 ただし、向こうは向こうで確信があるわけでもなく、気付かれないギリギリのところで止めていたようだが。


「気取られないよう細心の注意を払っていましたからね。その先まで考えておられたのは、まさしく殿下のご慧眼としか言いようがありません」


 対するロバートはなるべく素直な言葉で賛辞を送った。


「教会を相手に勝利を収められた方々にそう言っていただけると光栄です」


 カールが控えめな笑みで答えた。

 社交辞令かもしれないが、格上と思われる相手から評価の言葉を得られて悪い気はしないのだろう。


「世辞などではありません。当時はそうした時期ではないと、我々が動くのは必要な時だけにしていました。良くも悪くも我々は目立つものでして。そこの違和感にお気づきになられたのはただただお見事です」


 当然ながら無策で動いていたわけではない。

 〈パラベラム〉の存在が気付かれずに済んでいたのも、エトセリアでの活動を慎重に行ったからだ。


 特定の商会が突然台頭すれば、国外から入って来る者は確実にマークされる。

 だから戦闘要員は送らず、間接部隊の人間だけを連絡員として送り込んだ。ルンドヴァルのような護衛役がいたのもある。


「結果だけを見ればそうなりますが、真実に辿り着けたわけではありませんよ」


 カールは首を振って謙遜した。


「あと少し我々の詰めが甘かったら存在が露見していたかもしれません。それだけでも貴国の情報収集力は優れていることの証左となります」


 商会に勤めていながら外にばかり出る者がいればそれは誰だって怪しむ。

 一方、冒険者としてそれなりの活動歴と評価を持つ“イーグル”チームは冒険者として西部で活躍しているが今尚気付かれていない。


 このあたりのバランスを慎重に見極めた結果だ。


「小国とはいえ、国は国。敵となり得る存在は内外に存在しております。そこを怠れば今頃この国は存在していなかったでしょう。それが今回も役に立ったというだけです」


「ならば、小国のままで終わらせることなく、その力使ってみたいと思いませんか? これから大陸は望む望まざる関係なく荒れることでしょう。そうなる前に、動いておくのも為政者としての務めと私は思います」


 ロバートは単刀直入に切り出した。本心からの言葉だった。

 エトセリアのポテンシャルは高い。連合内に組み込めれば北方への道も有することができる。これは彼らにとっても悪い話ではない。


「あなたがた〈パラベラム〉にそれだけの権限があると?」


「絶対にとまでは申しませんが、エーレンフリート陛下には聞いていただけるでしょうね。バルバリアは降しましたが国家として解体したわけではない」


「……やはり、あなたがたでしたか。であれば、教会討伐軍を退けられたのも頷けます」


 新人類連合の軍事力を担う存在が〈パラベラム〉であるとカールは理解したらしい。


 ロバートはそっと頷いておく。

 元より軍服を着て来たのだ、隠すつもりなどない。

 相手が客観的な分析力を持っているなら、こちらも適切な情報を開示するだけだ。それが一番早い相互理解の道だ。


「情報が伝われば警戒されます。ですから、戦の直前まで教会に存在を気取られぬよう動いておりました。一度動員した兵士を入れ替えるのは難しいですからね」


「ただただ後に引けなくなって暴発したと思わせたのですか……。大国に準ずるとはいえ、所詮は東方の国――教会がそう油断していたならば、出し抜かれるのも無理はないですね。これまで隣国に軍事力を見せなかったのもそれが理由ですか?」


「ええ。いつかはこうして表に出てしまいますから」


 〈パラベラム〉の存在を教会と戦うまで隠していた理由がそれだ。


 それまでは矢面に立ってもらうのをヴェストファーレンにしておきたかった。そこはエーレンフリートにも了解を得ている。

 その代わりに彼らやクリスティーナには必要な知識や情報を与えた。

 もしも「現地人にはそんなものは不要だろう」と怠っていれば今回の会談は上手くいかなかっただろう。その選択は間違っていなかった。


「聞けば聞くほど、こうなるまで気付けなかった我が国の不明を恥じるしかなくなりますね……」


「いえ、我々が接触してからの貴国の対応は迅速でした。無礼な物言いに感じられるかもしれませんが、そうそうできることではないと考えます」


 これもまた嘘ではない。

 最初の貴族たちはさておき、その後の反応速度から今回の会談での内容、すでに評価は高まっている。


「初手で失敗しかけていますからね。我らが愚か者だけでないことをお見せせねばならなかった」


 恥ずかしそうにカールは小さく頬を掻いた。


「小国なりの生き残り方があるのです。中枢にいない貴族たちは知る由もないことですが……」


 続けた王子の言葉に内務卿と軍務卿も頷く。

 優秀な人間が中枢にいるから、なんとかここまででやってこられた。そう言っているように見えた。


「それはそれで国家の体制を維持する努力の形です。残念ながら世情が許してくれなくなりましたが……」


 ロバートとしても答えにくいところがあった。


 望んで来たわけではない世界で、自分たちの出現を切っ掛けとして多くの事件が発生してしまった。

 生き残るためにあれこれと動いたが、今度はそれによって大陸全体を巻き込みつつある。

 後悔しているわけではないが、ある種の“申し訳なさ”は存在しているのだ。


「ありがとうございました、ロバート殿」


 カールはそっと手を打ち合わせて椅子から立ち上がる。


「お聞きしたいことはおおよそ聞けました。良い会談になったと思います」


 こちらに向けて歩み寄ってきた。

 意図を察したロバートも相手に合わせて立ち上がり向かっていく。


「こちらこそ」


 手を差し出して握り合う――握手だ。

 過去の勇者から伝わったのかもしれないが、この世界にも握手の文化があると聞いていた。

 ちなみに、ここでロバートを選んだのは、女性クリスティーナに触れるのはよろしくないからだ。


「国王陛下へは新人類連合へ参画する方向で話を通しておきましょう。最終的な裁可は陛下ご本人からとなりますが、悪いことにはならないと思っています」


 握り合った手を挟んでカールが満足気な笑みを浮かべた。対するロバートもそれに応える。


「……あぁ、もしお時間がございますようであれば、この後会食の準備をさせていただいておりますが」


 思い出したようにカールが告げる。さすがにこれは演技だろう。

 今回店を押さえたのはエトセリア側だ。会談に訪れた他国の使者、それも王族をそのまま帰すわけにはいかないはずだ。


「……素晴らしい申し出ですが、我々にはどうもがあるようでしてね。貴国にご迷惑をおかけしないためにも、そちらの対応をせねばなりません」


 ロバートが申し訳なさそうにそう答えると、カールは「ああ……」と少し残念そうな、それでいた納得したような表情になった。

 続けて問わないのはこちらが何をするか、すでにわかっているからだろう。


「ですが……せっかくお誘いいただいたのです。クリスティーナ殿下と副官のジェームズを残していきます」


 クリスティーナが「えっ?」という目でロバートを見た。

 残るジェームズは曖昧に微笑んでいる。彼とて戦闘はこなせるが、より専門の分野はこちらになる。自身の役目を理解しているのだ。

 それを見た王女も「そういうことなのですね」と遅れて理解する。ロバートは目線だけで「がんばってくれ」と返す。


「今日は互いが無事に戻ることが重要だと考えます。カール殿下、平にご容赦を」


 ロバートは一礼する。


「そんな、むしろこちらこそご迷惑をおかけします。本来であれば我が国で対処すべき案件なのですが……」


 相手は衛兵程度でどうにかなる存在ではない。街で無闇に死人を出さないためにもここは〈パラベラム〉に任せた方がいいと判断していた。


「お任せください。ここからは――我々の出番です」


 ロバートはカールをして身震いしてしまうような笑みを浮かべた。


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