第208話 小国の矜持
――来た。
ロバートとジェームズは一瞬視線を交わす。
思ったよりも早いところで核心に触れてきた。
「……バルバリアの件ですね」
クリスティーナは一拍置いたものの、特に表情を動かすことなく答えた。
驚きはしたが、ロバートが店に入る前に口にしていた言葉からすぐに結びつけることができた。
おそらくまだ隠している札はありそうだが、今は触れないで大丈夫だろう。
「貴国は東部および北部を安定させたのです。次は西側――そこへ通じる国々への対応が必要。我々はそう考えます」
カールは頷く。
相手の態度次第だが、いよいよとなれば戦も辞さない。悲壮な覚悟が垣間見えた。
「一部誤解があるようです」
クリスティーナは敢えてそう前置きをする。
結果的にそうなるかもしれないのは別として、恫喝しに来たわけではないのだ。
「バルバリアは同盟を組んだエルフたち
ここで罪悪感など滲ませても意味がない。必要だと信じたから戦ったのだ。
「そういえば、殿下は魔族との内通嫌疑をかけられておりましたね。教会が討伐軍を派遣するのを見越しての行動でしょうか?」
「内通の話はまったくの無実です。魔族はフランシスに潜入しておりましたが」
クリスティーナは微笑んだ。
この一年ほどで何度口にしたかわからない言葉だ。
慣れてしまったせいで、もはや感情は波立たないし表情が動くこともない。
「……後半は口にしないものでは?」
「事実は事実ですので」
それくらいは誠実にしておきたい。
というよりも、隠していてはロバートたちが紹介できなくなってしまう。
「とまぁ、教会とは不幸なすれ違いから対立することになりました」
もちろん、不幸なすれ違いで済むわけがない。
しかし不思議なもので、勝って終わりとなれば、さほど騒ぐような話ではなくなってしまった。
「そうした混乱に乗じて背後を衝かれては堪りません。信じるに足る関係性はできていませんでしたから」
クリスティーナは控えめに微笑んだ。
何も嘘は言っていない。教会対策もそうだが、あのままバルバリアを放置していても何もいいことがなかった。一連の事態が起きた時点で戦う運命だったのだ。
「正直に申し上げれば――」
一度言葉を切ったカールは笑みの中に困惑を浮かべさせた。
「あなたがたが教会を破る前ならばこの会談に応じたかはわかりません」
ついに次のカードが切られた。
しかも、さして間も置かないうちにだ。
「……ご存じでしたか」
カールから発せられた思いがけない言葉に、クリスティーナは驚きを隠せなかった。
同時に、ロバートが本当に言わんとしていたのはこれなのだと理解する。
「我々をあまり見くびらないでいただきたい――と勇ましく言えれば良かったのですが、現実にはその程度が精一杯です」
カールに浮かんでいたのは苦い笑みだった。
軍務卿も内務卿も似たような反応だ。自分たちの“実力”を正確に把握していなければできない態度だ。
「申し訳ございません。お見苦しいところを……」
クリスティーナは非礼を詫びると、カールは笑ったまま「構いません」と首を振る。
彼女の態度は外交的には少々よろしくなかったが、まぁ愛嬌と言える範囲だ。
相手側も不快感を表したりはしていない。
あるいは、教会討伐軍を退けるような相手から不興を買いたくないか。
「ご存じの通り、我が国は小国です。人の出入りは商人こそ大きく増えましたが、言ってしまえばそれだけです。税収は増えても国力が増したわけでもない」
ともすれば卑屈に感じられる言葉だが、当のカールは淡々としていた。
純然たる事実、それ以上でもそれ以下でもなく受け止めていると言いたいのだ。
「しかし、大国から軍事的恫喝を受けたからというだけで従うわけにはいきません。それがより我が国を取り巻く事態を悪化させる可能性もある」
一瞬だけカールの視線がロバートに向けられた。
「おっしゃる通りだと思います。我らと同じくエトセリア王家にも一国の土地と民を預かる責任がおありでしょう」
カールの言葉にクリスティーナは頷く。
彼らも「最初からヴェストファーレンが折れていれば、こんなことにはならなかった」ぐらいは思っているかもしれない。
同時に、そうした被害者的態度を表に出さないのは、「どのみち結果は同じになっていた」と思うところがあるからだろう。
「会談をお受けすると決めたのはそこです。貴国が攻め落とされる事態となっていれば、我が国とて何らかの干渉を受けた可能性がある」
教会軍へ軍事拠点を提供したり、そこからなし崩しに始まる駐留、大陸北部で教会が影響力をより強化するため干渉を受ける……などなど。
考えられる事態を挙げればキリがない。
「それゆえに、これまで支配者側にいた教会が敗北した事実は我が国にとって大きいのです。貴国との正式な交易、大いに結構です。ですが、我々はその先の話をお聞きしたい」
王子の視線がこれまでになく強まった気がした。
カール――いや、エトセリア王家はヴェストファーレンをはじめとした新人類連合に加わることを前向きに考えている。
――変な理想やお題目は不要でしょうね……。
クリスティーナはロバートを見る。
指揮官は頷くだけだった。しかし、それだけで十分だ。
「教会は大きくなり過ぎました。色々なところに綻びが生じている」
意を決して王女は語り始めた。
「これはほんの一例に過ぎませんが、彼らは政争のために内部の無関係な人間を謀に巻き込むような組織になり果ててしまった。どうしてこのような組織が人類を導けるというのでしょうか?」
「そのために新秩序を立ち上げると?」
教会の地位を奪って同じことをするつもりではないのかと問う。
「いいえ、目指すのはあくまで新勢力として独立することです。彼らにとって代わるつもりはありません」
クリスティーナは小さく首を振った。
永遠に腐敗しない組織などない。いつかはまた何かに代わられる可能性はある。
しかし、それは今ではない。
どこまで響くかわからないが、この場にいる代表者として言っておかねばならないことだった。
「ですが、相応の勢力でなければ交渉にもならない。今重きを置いていることは連合の理念よりもそこです」
「なるほど……。十分に理解できる話です。我々が同じことをしようとしても、歯牙にもかけられないでしょう」
カールは控えめに頷き、それから小国ゆえの無力感を滲ませた。
「殿下にそう言っていただければ幸いです」
クリスティーナは後半部は聞かなかったことにして微笑みを返した。
「ゆえに貴国にもその枠組みの中に入っていただきたい。教会討伐軍を退けた今が最大の好機だと考えています。今が最も事態の動く時です」
勢いのままクリスティーナは本当の目的を口にする。
「時代の分かれ目にいるようですね。……そういえば、この件と関係するのか、数日前から妙な者たちが王都に入っているようです」
「そちらにも……」
クリスティーナは小さく唸る。今度は驚きを控えることができた。
しかし、驚くべきことに、カールたちは勇者たちの存在にも気付いていたらしい。
だが、それをこのタイミングで明らかにするのはなぜか。そんな疑問がクリスティーナの中に浮かび上がる。
「ここよりずっと依頼のある西方からやって来る若い冒険者など、自分から調べてくれと言っているようなものです」
これはたいした労力ではないとカールは笑った。
「ただ、あなたがたのように商会を前面に出していれば気付かなかったかもしれませんが……」
いよいよロバートたちに視線が向けられた。
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