第207話 前本番
いよいよエトセリア王族との会談となった。
商業担当の貴族たちが逃げ帰るように「城へ持ち帰る」と告げた日からわずか三日で事態が動いた形となる。
最初に会った彼らが勤勉だったかはさておき、エトセリア執政府そのものはかなり早い反応を示したのだ。
それだけ事態を真剣に捉えたと言える。
どうやら執政府中枢までもが狭い世界で生きているわけではなさそうだ。
「今度は商会を名乗らなくても良いのですか?」
イブニングドレスに身を包んだクリスティーナが問いを発した。
相変わらず――いや、今度は王族を名乗るに相応しい化粧で、より見事な美しさに仕上がっている。
ミリアと翼によるサポートは文句なしの出来映えだった。
「ジェームズが番頭の役職を持っているのは事実だし、兼務とも言い張れるからな。ただ、俺たちの立場を見せるためにもいつもの礼服でいく」
こちらもこちらで着替えを終えて戻って来たロバートが答え、隣にいたジェームズが頷く。
制服で良かったかもしれないが、後々小国の王族相手だから侮ったと余計なところから言われたくもない。
「なるほど。ところで会場はどちらに?」
「遣いの者が書状を持って来たが……」
ロバートは封蝋を上手く剥がした書状を取り出して中身をあらためた。
王家の紋章が捺されており、それを見咎めたクリスティーナの表情がわずかに硬くなる。
「この前の店で構わないそうだ。王城に招くにはまぁ色々手続きが面倒なんだろう。さしずめ前本番といったところだな」
逆に言えば
「店の人たちにはちょっと気の毒ですね」
クリスティーナは苦笑する。
設備は整っていても、そう頻繁に王族やらの貴賓を迎え入れた経験などないだろう。
先日は貴族相手だし、それ以前に使った時はクリスティーナの存在を明らかにしていない。今回は相当準備に追われたはずだ。
「王族も使ったことのあるより格式高い店になるチャンスだ。悪いことばかりじゃない。さぁ行くぞ」
ヴァンハネン商会の馬車で会場へ向かう。
これといった問題もなく到着するが、今日は完全に貸し切り状態だ。衛兵たちが会場の周りに配置され、物々しい雰囲気を発している。
自国のみならず他国の王族まで出て来るとなれば、緊張度合いもそこらの貴族とはケタが違う。
あまり外交的な経験のないクリスティーナでもそう思えるほどだった。
「……先に着いているようだな」
入口で降りたロバートは軽く辺りを見回し、次いでクリスティーナの手を取って馬車から降りさせる。
士官用のブルードレスで美女をエスコートする光景は見慣れない衣装ながらかなり絵になっていた。
周りの衛兵たちも思わずほぅと溜め息を漏らしたほどだ。
「どうしてわかるのですか?」
仮にそうだとしても馬車を待機させる場所はここではないはずだ。
にもかかわらずロバートは相手方が到着したことを断言していた。
「衛兵たちの空気ですよ」
ジェームズが答えた。ロバートも頷く。
「中に要人がいなければここまでピリピリしちゃいない」
「もしや遅れてしまったのでしょうか?」
クリスティーナの顔に不安が浮かぶ。
穏便に進めるつもりではあるが、最終的にエトセリアを勢力下に置くことになる。心証を悪くしていないか気になったのだ。
「自国側が先に着いていないとまずいと思ったんだろう。もしかすると――いや、やめておこう。憶測だ」
ロバートは何かを口にしようとしてやめた。
「何か気になることでも?」
「……少しな。あとでわかることだし、たいした話じゃない」
王女の疑問に対してロバートは曖昧に微笑むに留めた。
ここで話す気はないと理解したクリスティーナはそれ以上追及しない。
本当に重要なことであれば共有してくれるはずだ。
「こちらでございます」
衛兵に書状を渡すと、前回と同じ場所に通される。
この店では一番いい部屋なのだろう。以前の客分でもそうした扱いをしてくれたことにロバートは「いい店だな」と思った。
「ヴェストファーレン王家、クリスティーナ殿下、ご到着されました」
「どうぞ」
中からの言葉を受け、一行は店員に促される形で部屋に入る。
「お待ちしておりました」
待っていたのは年若い青年だった。
色素の薄い金髪をやや伸ばしており、気持ち垂れ下がった目尻から温和な印象を受ける。
独特の雰囲気もそうだが、品のいい身なりからして相当高位の者だと瞬時にわかった。
両隣には同じく、それでいてやや控えめな衣装の中年男性がふたり。
以前に会った伯爵たちのような装飾品に見せつけるようないやらしさがない。どうやら相応の立場の貴族を伴って来たらしい。
「名乗りはこちらから。エトセリア王国第一王子、カール・グスターフォ・エトランジアです。同席しているのは軍務卿のウタラヴオリ侯爵と内務卿のハースキヴィ侯爵となります」
カール王子の紹介を受けて左右の二名が一礼する。
少なくともこの時点でバルバリアのように自国へ乗り込んで来た相手への敵意は感じられなかった。
もっとも、あちらは戦となったばかりか城にカチ込みをかけたので比べるべくもないのだが。
「ご丁寧に恐れ入ります、カール殿下。わたくしはヴェストファーレン王女クリスティーナ・セイレス・ヴェストファーレン。こちらは――」
「お会いできて光栄に存じ上げます、王子殿下。私は新人類連合、傭兵国家〈パラベラム〉所属、ヴェンネンティア駐留部隊指揮官を務めますロバート・マッキンガー中佐です。こちらは副官のジェームズ・トマス・タウンゼント少佐」
クリスティーナからの紹介を受けて頭を下げたロバートに続き、ジェームズも手慣れた所作で一礼する。
怪訝に思われるのは承知の上で「新人類連合の方から来ました」と曖昧な名乗りはしないでおいた。
軽く頷くエトセリア側の面々だが、予想通り表情には困惑の色が滲んでいた。
地球式の軍服や階級に馴染みがないからだろう。とはいえ、蛮族扱いされなければたいした問題ではない。
「おかけください」
表情を元に戻し、カールが手で着席を促してきた。
一礼したクリスティーナに倣う形でロバートとジェームズは腰を下ろす。
「前置きは好まれないでしょうから、早速本題に入りたいと思います。貴国は我が国との交易をお望みと聞いております」
ともすればせっかちと思われるカールの態度だが、すでに貴族を通してヴェストファーレン側の目的は聞き及んでいる。
ここで外交儀礼以上のやり取りをすれば、本気度を疑われると思ったのかもしれない。
――やはりそうか。
ロバートは自身の予測が外れていないと確信した。
しかし、こちらから札を切っては意味がない。今は然るべき時を待つ。
「ご配慮痛み入ります。我々は隣国同士ですが、これまであまり交易がございませんでした。関係構築、それと相互発展の可能性を模索できればと考えた次第です」
クリスティーナも余計なことは言わず、相手側の申し出に乗った。
元よりここでグダグダと世間話と腹の探り合いをするつもりもない。
「なるほど……。たしかに隣国同士がいがみ合うのは建設的ではありませんね」
カールは考える素振りを見せる。丁寧ではあるものの、けして下手に出てはいない。
不信や敵意などではなく、ヴェストファーレン――ひいては新人類連合の真意がわからないゆえの態度だろう。
であれば、好感度稼ぎに社交辞令を並べる必要はない。クリスティーナにはそう感じられた。
本当にどうでもいいと思っているなら、向こうから接触して来るはずもないのだから。
「されど、殿下の行動力には驚かされました。お越しになるとあらかじめわかっていれば、伯爵がご無礼を働くこともなかったでしょうが……」
カールは困ったように笑った。
これは「身分を偽って軽々しく来ないでくれ」という苦言だろう。ちょっとした皮肉に聞こえるのはせめてもの意地か。
「初めからあまり話を大きくしても身構えられるかと思いまして。我が国から国王の親書という形にするのも大仰でしょうから……」
クリスティーナはカールの言葉をさらりと躱した。〈パラベラム〉の面々に鍛えられていることで、この程度の皮肉では青筋を浮かべることもない。
「大仰というのは『自分たちの軍門に下れ』という内容でしょうか」
カールからの視線が強まった気がした。
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