第204話 Stranger



 迷う素振りもない即答だった。ほとんど「そのつもりはない」と言っているに等しい。

 ロバートの反応に将斗は面食らう。


「どうしてですか? 地球人が暗殺に使われるんですよ? 異世界人にやらせるような連中から引き離すなりしないと」


 将斗にしては珍しく嫌悪感まで示していた。

 隣の翼も表情の変化は少ないが、おおむね同意といった様子だ。


 現実は綺麗事だけでは成り立たない。そんなことは将斗も翼も理解している。

 だが、頭ではわかっていても、異邦人への仕打ちのひどさに不快感を拭えない。


 被害者が地球人なら、一歩間違えれば自分たちも同じ立場になっていた可能性がある。

 そう考えると、どうしても心情的に肩入れしてしまうのだ。


「逆だよ、サムライ。。上手くいけば神罰、失敗してもバカな冒険者が狂を発したとして切り捨てればいい」


 日本人一行の感情など知らぬとばかりにエルンストが皮肉を発した。


 勇者には特に関心がないらしく、彼は部屋の隅でライフルの分解整備を獣人の少女カリンに教えている。

 彼らしいと言えば彼らしいが今の将斗には少し苛立たしい。


「クリューガー少佐、そんな無法が……」


「それがこの世界の普通なんだろ。教会の連中からすれば、それだけ使いやすいヤツってことだ。冒険者よりもずっと高度な教育を受けてるからな」


 言葉は返してくるものの、エルンストは一定以上の興味を示さない。

 もっとも、いざ撃つ相手となれば途端に戦意を漲らせるだろう。そこがより一層タチが悪いとも言えた。


「エルンストの言うことも一理ある。この世界に寄る辺がない以上、俺らとは違って“雇い主”には逆らえない」


 それまで黙って聞いていたウォルターが言葉を挟んだ。手にはチェコビールの小瓶が握られていた。


 エトセリアには旧デルタ――“イーグル”チームも派遣されているが、副官以下は訓練も兼ねて西方の治安維持作戦に従事していた。

 ウォルターは少ない高級士官でもあるため、連絡役・オブザーバー役として不本意ながらエトランゼで留守番役となった。

 “レイヴン”と行動を共にしているが、彼は宿で待機しており、くだんの勇者たちを見てはいない。


「ベックウィズ中佐……」


 将斗の顔に苦いものが溢れる。

 傍で見ていたリューディアが手を伸ばすかどうか躊躇っているのが見える。


「逃げ出しても行き場なんてない。最悪大使館に駆け込める地球の方がよっぽどマシだ。俺らなら勝手に居場所でも何でも作るが、素人じゃそうもいかん」


 続けたウォルターは瓶の中身を一気に呷る。

 彼にも思うところはあるらしいが、それを表に出すつもりはないらしい。


「……“前科”のあるおまえが言うと説得力があるな」


 自分よりもずっと淡々としているウォルターに、ロバートは苦笑を浮かべそうになる。


デルタウチじゃ、秘密作戦で死んだら“事故死”だ。敵地で孤立しても、まず助けは求められない。そう思えば俺らは元々地球と変わらん。死ぬ時は死ぬ。だから今を楽しむ」


 皮肉も気にせずウォルターは淡々と語る。


 最強の名と引き換えに、とてつもない難易度の作戦に従事してきた者の達観した死生観があった。

 また、それをどうにか将斗に届けようとしているのが見て取れた。


「いくらなんでも割り切り過ぎだ。うちにゃキレイどころが多いからな。モットーは『命を大事に』だよ」


 ウォルターの意図を理解したロバートが話題の向きを変える。


「他所のチームの方針に異論はない。ウチだって将来どうなるかはわからん」


 ウォルターもそれ以上は深く掘り下げない。将斗の心情も、ロバートが背負っているものを理解していたからだ。


「ただ、何事にも。それだけを忘れなければいい。わかるか、キリシマ大尉」


 ウォルターが言わんとしているのは、クリスティーナやマリナにサシェ、それからリューディアといった現地組のことだ。

 彼女らの命を預かる以上――“危険”はいち早く取り除かねばならない。


 それを直接的な言葉ではなく将斗に伝えようとしていた。


「では、襲撃を避けるため、エトセリアの教会経由で接触するとか――」


「やめておけ」


 尚も食い下がろうとする将斗にロバートは短く告げた。言われた側は思わず指揮官を凝視する。


「仮にも勇者を使うなら、相当上から出た命令だ。末端の連中には知らされていないはずだし、知っていたところで教会が敵対者たる俺たちに協力するわけもない」


 ロバートはクリスティーナを一瞬だけ見た。意図に気付いた王女は困ったような笑みを浮かべる。


 せめてここがヴェストファーレンであれば話は別だった。あそこでは教会も強気に出られない。

 この国とは交渉こそ進めているが、今の時点で味方とは到底呼べない状況だ。


「……それにな、マサト」


 ロバートは一度言葉を切る。


「おまえはさっきから地球人地球人と言うが……?」


「何者、ですか……?」


 問われた将斗は真意を測りかねて戸惑う。

 それこそ自分が知りたいことだ。日本人の少年少女くらいしか相手のことはわかっていない。


「端的に言い直そう。おまえはそいつらが?」


「それは……」


 突き付けられた言葉に将斗はついに言葉を失う。

 相手の素性・中身を憶測だけで判断するなという指摘だった。


「今わかっているのは地球から来たらしい――それだけだろう? おまえはそいつらの何を知っているんだ? 知り合いでもないんだろう?」


 ロバートは舌鋒を緩めない。

 見かねたジェームズが「そのへんにしておいては?」と視線を向けてくるが、難しい問題だけにはっきりさせておく必要があった。

 同じ日本人である翼も、おそらく将斗と同じような感覚でいるはずだ。

 そこから作戦が破綻しては元も子もない。


「……何も、知りません」


 すでに将斗は悄然としていた。居並ぶ翼も視線を伏せている。


「だろうな。俺だって知らない。そういうことなんだ」


 あまり責めすぎてもよくない。そろそろ話を切り上げに入る。


「俺たちに現代兵器があるように、勇者たちにも強力な能力があると想定するべきだ。思惑がわからない以上、教会の命令で動いているなら不必要に接触すべきじゃない」


 ここは地球ではない。


 文明や司法の庇護を受けられない代わりに、無法を罰する法律も不十分だ。

 個人が兵器並みの力を持てばどうなるか。それでも善性を保っていられるのか。ましてや相手は少数で導き役もいないのだ。


「……すみません、甘い認識でした」


 将斗はようやくロバートの真意を理解する。

 何も知らないからこそ先入観を持つのは危険なのだ。


「気持ちはわかるがな、まずは構えておくくらいがちょうどいい」


 普通に考えれば、彼らは“拉致された同郷人”だ。上手く接触すれば戦力として取り込めるかもしれない。

 ロバートとてそれくらいは考える。


「何を吹き込まれているか知らないが、相手はこちらを殺す気だ。たまたま俺たちがいるからいいが、そうでなければ現地要員が襲われた可能性がある」


「現代人に殺人を犯させようと言うんです、どんな対価を提示されていることか。積極的に狙ってくる可能性も考えるべきですね」


 ロバートに続く形でジェームズも冷淡に語る。


 感情ばかりが先行していたが、言われてみればその通りだ。

 たとえ元地球人だろうが油断はできない。


 異世界人がこの世界で生きていくには大きな組織の庇護が必要だ。

 自分たちのように“仲間”や武器を召喚できるチートを持っているわけではない。

 生殺与奪の権利を握られているようなものだ。


 生き残るためには手段を選ばない――誰かの命を奪うしかない。


 そんな世界に来てしまったのだとあらためて将斗は理解する。

 今までは殺してもいい相手だと自分を納得させてきたが、今度は――


「大層な肩書きを持っちゃあいるが、要は潜在能力があるだけのトーシロってことだろ?」


 ここでスコットがやや不機嫌そうに声を上げた。


「俺はマサトみたいに地球人の保護とかはどうでもいい。襲ってくるのも構わない。大事なのは、世界を救うつもりでチンケなパシリをやらされてるガキどもが俺たちの敵になるかならないか、それだけだ」


 巨漢は腕を組んで鼻を鳴らす。

 彼のような“特殊部隊の中の特殊部隊”に選抜された者からすれば、勇者のような存在はあまり面白い話ではないのかもしれない。


 少数精鋭と言えば聞こえはいいものの、言い換えればゲタを履かされお膳立てまでされている者たちだ。

 数多く存在する兵士の中から選抜され、厳しい訓練を潜り抜けてきた者とは比べようもない。


「相変わらず脳筋ですねぇ、ハンセン中佐は」


 エルンストが笑う。


「抜かせ。撃っていいって言われたら喜々として動くんだろうが、クリューガー」


「勇者を仕留めるにはどんな弾丸が必要なのか。それは気になりますね」


 応えるエルンストは分解整備を終えたライフルの機関部を操作する。

 双眸はいつしか狩人の目になっていた。


 将斗はチームメンバーの言葉に唖然とする。


「俺たちには俺たちの役目がある。教会がコソコソ動こうが、俺たちはそれに動じるわけにはいかない」


 教会がまともな思考力もないバカ揃いなら話はもっと単純だ。

 召喚機能で戦力を可能な限り整え、本部を空挺降下で急襲して占領してしまえばいい。

 幸いにして先日の潜入でマッピングも終えている。


 しかし、現実は物語ではなく、物事は簡単には進まない。


 何百万人以上の人間が暮らす大陸で、ある日突然牛耳っていた連中が消え失せればどうなるか。

 瞬く間に次の覇者の座を巡って群雄割拠――日本の戦国時代並みの混乱が生まれる。なにより魔族がそうした好機を見逃すはずがない。


 大陸を巻き込む大混乱を〈パラベラム〉の規模で収拾させられるかは未知数だが、それは彼らが請け負ったの役目――『世界を動かすこと』とは異なる。


「任務は進めるが、勇者たちが妨害してくるならそれは叩いて潰す。殺す殺さないはその時だ。いいか、順番を間違えるな。おまえたちは精鋭だ。それに恥じない戦い方をしろ」


 ここにいる地球組は皆が各国の特殊部隊出身――プロの中でもさらに技量を高め人間の限界を目指してきた者たちだ。


 対するは勇者。才能に恵まれ世界を救う可能性を秘めた者たち。


 図らずも両者が運命に導かれるように邂逅しようとしていた。



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