第203話 異邦人
「……ロバート殿、それはどういう意味ですか?」
クリスティーナが疑問の声を上げる。
穏やかとは言えない言葉を聞いたせいで、先般治まったはずの剣呑さが声によみがえっていた。
――もしかしてコイツ、出会った時より短気になってないか?
ふとロバートはそんな予感に襲われたが、今はその時でないと気付かなかったことにした。
「すべては
余計な思考を振り払ってロバートは言葉を紡ぐ。
「と言われますと……」
「教会上層部は俺たちが魔族なんて本当に思っちゃいない。都合がいいから内部の政争に利用しているだけだ。その程度には連中も頭が回る」
隙さえあれば陰謀を仕掛けて来る。最早習性とでも呼ぶべきレベルだ。
「まさか……。これもあの日から続く流れなのですか?」
クリスティーナの目が驚きに見開かれた。怒り心頭の割には察しがいい。
「ああ。連中はどうにか盤面をひっくり返そうとしている。妙な入れ知恵をして戦を引き起こしたばかりか、新興勢力まで築き上げたんだ。死ぬほど邪魔に思っているはずだ」
下手をすれば魔族よりもよほど悪の化身に思っているかもしれない。
「今回の勇者は、それに対する警告だと?」
「そうだな、そのひとつだろう。もちろん、『人類を裏切ればこうなる』と世間に知らしめる狙いもあるんだろうが」
ロバートは淡々と語る。
つくづくロクでもない話だが、腹を立ててもキリがない。
「そんな……! 教会はそこまで卑劣な行為をする組織となったのですか……!」
ついに王女から虚脱感と憤怒の声が噴出した。
聖女候補でもあったクリスティーナには到底受け入れられなかったようだ。形の良い眉が今は怒りの形に変わっている。
「あくまで目的は警告だ。標的はエトセリアにいる連絡員でも、ヴァンハネン商会の関係者でもいい。上手くいけば大物にも辿り着ける。それくらいの感覚だろう」
自分で言っていながら気分は良くない。それでも続けなければならない。
まるでチェスの駒を動かすのを見ているような感覚だ。
どの程度のスパンで異世界人を召喚できるかわからないが、この程度の仕込みに使えるくらいには召喚魔法は“活用”されているのだろう。
はたして、地球で発生する行方不明者のどれほどが同じような目に遭っているのだろうか。
ふとそのような疑問がロバートの中に生まれた。
「なんだよそれ! 関係者なら誰でもいいみたいじゃん!」
「商会関係者まで巻き込もうなんて……。許せません……」
それまで黙って聞いていたサシェとマリナも堪えきれず同様の反応を示した。
特にふたりは故郷がこの国であること、それ以上に商会への関係があるため不快感も余計に強くなるのだ。
「自分たちの体制を維持するためだ。道義的に正しいかどうかは重要じゃない」
ロバートは口調を崩さぬよう努める。
「だからってそんな勝手が!」
マリナはなおも収まらない様子だった。サシェほど大人しくない性格がここにきて激情となっているのだ。
「はん、邪魔なヤツは片っ端から始末か。いかにも自分たちが人類の盟主とでも思っていそうな連中のやりそうなことだ」
スコットもこれ見よがしに鼻を鳴らす。
これはロバートの代わりに女性陣に向けて共感した形だ。
チームのリーダーは常に冷静な判断を求められるが、正しいというだけでは人はついて来ない。
そこで副官ポジションの彼が「気持ちの面では理解できる」とわかりやすく肯定する必要があった。
サシェやマリナに好かれるだけあって、一見粗野そのものに感じられるスコットだが、こういった配慮はできるのだ。普段は面倒だからやらないだけで。
「しかし、何故今になってこのようなことを……」
クリスティーナは理解できないと怪訝な表情を浮かべている。
「戦に勝てると思って仕込んだ策だろう。今となっては悪手でしかないが」
ロバートは教会の思惑を見抜いていた。
「おそらく、戦の勝利に乗じて揺さぶりをかけたかったのでしょうね」
ジェームズも頷く。
各国を切り崩せばヴェストファーレンは孤立するし、恨みを抱えたバルバリアなどは蜂起するかもしれない。
そうなれば、あとは亜人共々滅ぼすだけだ。奴隷の売買で利益を上げられるし、人類圏に対する見せしめともなり一挙両得だ。
もっとも、すべては絵に描いた餅で終わったのだが。
「でも、実際のところどうするんです? 事態はもう動き出していますよね?」
ここで将斗が疑問を呈した。
戦には勝った。今更、教会のたられば話などしても意味がない。
「そうだな、教会のアホどもは後回しだ。いずれツケは払ってもらうが……。問題は今来てる連中だな」
「そういえばキリシマ大尉、写真は撮れなかったのかい?」
思い出したようにジェームズが疑問を差し挟んだ。
要注意人物がいるなら、外見的特徴は真っ先に把握しておきたい。
個別に動いている時に遭遇してもいいよう、チームで共有すべき部分だった。
勇者のいる場に参加していなかったからこそ言える言葉だ。
「無理ですね。カメラを向ければ気付かれたと思います」
「……そいつは面倒なヤツらだな」
ロバートは腕を組んで唸った。
「急にただの素人か怪しくなってきましたね」
「まぁ、元々の能力かどうかは関係ない。今現在の脅威となるなら対策を考えなきゃならん」
「カメラの存在を知っていることもそうですが……おそらく、彼らはもう地球人じゃありません」
将斗がそこまで言い切るのは珍しい。
そう思ってロバートは視線を向けたが、彼が浮かべているのはそれまでのものとは打って変わり武人の顔だった。
「サムライがそう評価するとはな」
「特にひとりが厄介そうでしたね。常に周囲を探っていたので視線ですら危なかったかもしれません」
他の三人は食事に興じていたが、ひとりは作業としか思っていないように無言で料理を口に運んでいた。
それでいて周りは敵とばかりに警戒しているのだ。明らかに異様だった。
「俺たちの気配感知みたいなもんか?」
「おそらくは。ですが、もう少し強力かも」
さすがに勇者として召喚されただけはあって、そう呼ばれるに足る能力はあるようだ。
しかし、ロバートは表情を変えない。
「そこは気にしていない。カチ合う時は何をしていてもカチ合う。こちらから近付かなければそのセンサーも無意味だ」
街中でニアミスすることがあっても、こちらが仕掛けなければそれで終わる話だ。
公共の場で行動に移すならテロリストとして処理できるし、殴り込んで来てもその時には探知距離などもはや関係ない。
「あの場はとにかく怪しまれないように終始しました。自分からアピールする必要もないでしょうから……」
「正解だな。あそこで暴れられたら厄介だった」
単体の武力に優れる者を使うのだ。実力行使とて辞さないつもりに違いない。
下手に勘づかれれば、あの場で殺しにきていたかもしれない。常識で考えるのは危険だ。
「……なるほど、たしかに面倒だ。向こうへ殴り込みはできなくても、人類の裏切り者を抹殺するくらいはできるってか。セコい連中の考えそうなことだ」
スコットが苛立たしげに足を踏み鳴らした。
戦が始まる前に派遣されたとなれば、今頃教会から止めるための使いが向かっている頃かもしれない。
しかし、数日で届くとは思えない。背後で動いている者からは「始末しろ」と命じられているはずだ。
「マサト、そいつらの見た目は覚えているか?」
ここで議論していても仕方がない。ロバートは具体的な対策に話を変える。
「そこは抜かりなく。姿を見ればわかりますし、おそらく中佐も気付くかと」
「わかった。一応、本部に伺いは立てる。執政府との交渉もある。早めにカタをつけたい」
地球人と思しき人間がいるなら、報告は上げておく必要がある。
緊急時ならまだしも「教会から差し向けられた刺客だから始末しました」は組織人として通らない。
「ひとつ質問なのですが……」
将斗から上がったのは遠慮がちな声だった。
「なんだ?」
流れから予測はついていたが、ロバートは敢えて訊ねることにした。
「彼らを保護する選択肢はあるのですか?」
将斗から返って来たのは予想通りの問いだった。
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