第202話 勝手に引かれ合う運命


 会談を終えた一行は店を出てヴァンハネン商会が用意した宿へと戻る。


 しばらくすると、バックアップ要員として店の1階に控えていた将斗たちが合流した。こちらは関係者と気取られないよう、格好を変えて現地人――平民風にしている。


「お疲れ様です、中佐。会談はどうでした?」


 部屋に入って来た将斗が問いかけた。


 普段であれば別室で状況をモニタリングするのだが、今回将斗たちは1階で周辺を警戒していたため内容は知らないのだ。

 もちろん、何か起きれば警報がいくようにはしていたが。


「まぁ……話はまとまったよ。今後、王城のもっと上の方と話を進めることになりそうだ。そのうち商会宛てに返事が来ると思う」


 答えるロバートの言葉だが、どことなく歯切れが悪い。


「……なぁ、ロバート。おまえ何をしたんだ? 連中、なんだか疲れ果てた表情で出て行ったぞ」


 気になったスコットが訝しげな声を上げた。


 普通の会談で終わったのなら、貴族衆があんな風にはならないはずだ。

 そう考えるとロバートが暴走したのでは。そう思ったに違いない。


「言っとくが俺じゃないぞ。やったのは――」


 ロバートは小さく溜め息を吐いて言葉を切る。

 

「クリスティーナだ」


 合流した全員が驚きと共に一点を向く。


 視線が集中した先――すべてが終わって冷静になったクリスティーナは、顔どころかほぼ全身を真っ赤にして震えていた。

 まさかこんな形で肩を露出させたドレスが、感情を表す役に立つとは誰も予想していなかっただろう。


「……本当に、申し訳ありません。あまりの態度に我慢できず先走ってしまいました……」


 事態を説明するのにこれほど端的で相応しい言葉もないだろう。


「名乗っちゃいなかったが……あれだけ無礼な振舞いをされれば無理もない」


 過ぎたことは仕方ないし理解もできる。ロバートはそっと首を振った。


 思い起こせば、元々クリスティーナはただのお姫様ではなかった。

 聖女候補筆頭であったことはさておき、フランシス王国に派遣された騎士団でも団長の地位にあった。


 べリザリオに始末されそうだった時も、ロバートたちが踏み込むまでは単身戦うつもりでいた――要するに本来は武闘派なのだ。


「それよりもマサト。そっちはどうだった?」


 あまり責めてもかわいそうだとロバートは話を変えた。


 どの道、あくまで今回は前哨戦でしかない。

 たとえ、ヴェストファーレンの王女が派遣されていると知られようが、本命の王族含む上層部相手の交渉が上手くいけばそれでいいのだ。

 それよりも、自分たちにとって障害となるものが存在するかどうか。こちらの方がよほど重要だった。


「下で食事しながら見てましたが……妙な連中がいました」

 

 将斗の声が真剣味を帯びた。

 この口振りでは自分たちにも関わることか。


「教会か? エトセリアか?」


 ロバートの反応は早かった。


 魔族を最初から除外していたが、彼らが狙うにはエトセリアはいくらなんでも小国すぎる。

 目立たない国から浸透する可能性はなくもないが、それならそのうち勝手に〈パラベラム〉とカチ合うため大きな問題とはならない。

 気にすべきは、それ以外の勢力だった場合だ。


「話からするに前者でしょう。――というよりも……」


 将斗はどう答えるべきか悩んだ。

 ひと言で片付く話ではあるが、与える影響は相応に大きいと考えていた。


「なんだ、言いにくいことか?」


 ロバートはわずかに身構える。

 まさか将斗でさえ平静ではいられないような歴戦のつわものが、最前線から送り込まれたのだろうか。

 ファンタジー世界の超激戦区を生き延びた存在だ。歩くバケモノかもしれない。兵器の使用に制限がある街中で戦って勝てるかどうか……。

 じわりと汗が背中に浮かび上がる。


「いたのは若い四人組の男女ですが、アレはおそらく地球人です。それも――」


 代わりに翼が答えた。


「……教会に召喚されたヤツらか」


 ふたり揃って頷く。

 〈パラベラム〉がこの世界に呼ばれる前に、すでに召喚された者がいるとはそれとなく聞いていた。


「年齢に見合わない整った身なりだけなら、どこかの組織の支援を受けた冒険者の可能性が高かったですが、振る舞いに少しがありました。おそらく、“勇者”と呼ばれる存在でしょう」


 翼は無意識のうちに言葉を選んでいた。

 確証がないからと「おそらく日本人、それも高校生くらいだった」とは言わなかったのだ。

 本当に重要な情報ではないこともあったが、同郷人かもしれないという意識がそうさせてしまったのかもしれない。


 将斗もそれは指摘しなかった。

 彼自身も年若い日本人らしき者を見れば困惑は避けられなかった。


「勇者ねぇ……。そんな大層なヤツらがなんでここにいるんだ?」


 勇者に思考が割かれていたロバートはふたりの意図には気付かなかった。


「まだ向こうに渡れる段階ではないのでしょう。この世界での経験が足りていないか」


 ジェームズが推論を述べた。


 対魔族の特攻スキルを持っている以上、彼らは魔族との戦いに投入すべき切り札だ。

 新人類連合と教会が対立していても、それは所詮人類圏内部でのゴタゴタ。消さねばならない火種であっても、彼らの出る幕ではないはずだ。


「つまり、魔族の本拠地へ送り込む前に何かさせたいと……。問題は『何を狙ってる』ですね……」


 翼がそれに続いた。


 導き出される結論はそれしかなかった。

 厳密には『誰を狙っているか』となるが、それはまだ口にしないでおく。曖昧な言葉を口にするのはよろしくない。

 ましてや今回の相手は地球人、しかも日本人らしき少年たちなのだ。


「そりゃ難しい話じゃない。魔族討伐の前に邪魔な連中を始末したいんだろ」


 翼が避けようとした推論を、ロバートはあっさり口にしていた。


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