第205話 引き裂かれた心の傷


 教会から指定された宿でひと晩を明かした勇者たちは、街に出て情報収集のためにぶらぶらと歩く。


 宿を営む教会関係者には偵察と伝えてある。

 滞在の費用はかからないようだが、彼らには表向きの身分があった。

 仕掛けるまでさらに数日かかるようであれば、怪しまれないよう冒険者として活動することも検討しなければならない。


 そこも含めて街を見ておく必要があった。


「しかし、どうにも妙ですね……」


 昼食に立ち寄った飲食店のテラス席で、おもむろにタクマは声を上げた。

 見るべきところはひと通り回ったところだったため、食事に向かっていた同行者たちの視線が集まる。


「……何がだ?」


 対面に座っていたシュウヤは、いかにも不承不承といった様子で食事の手を止め視線を向けた。


 どう見ても興味はなさそうだったが、念のため訊いておくといった感じだ。

 あるいは三人の中でタクマの頭脳がもっとも役に立つからか。そうした打算が見えた。


 ――本当にこの人は……。


 タクマは呆れを表情の下に隠す。地球時代からいつもやっていることなので特に


 いくらなんでもコミュニケーションを取る気がなさすぎる。ここまでひどいと、もはや笑ってしまいそうになる。

 これで同じ日本人で同じ高校の学生――“仲間”というのだからタチの悪い冗談のようだ。


 元々シュウヤはこんな人間ではなかった。

 タクマはそう記憶しているが、それだけ異世界へ転移させられた現実はシュウヤの心を蝕んでいるのだろう。


「反旗を翻したっていう勢力……たしか“新人類連合”でしたっけ?」


 語り掛けるタクマは、仲間に抱く感情のほぼすべてを封じ込めていた。

 少しでも話が弾むようにと、まとめ役らしく問いかける形をとっている。


「あー。聖女候補筆頭が魔族と内通して裏切ったらしいね」


 パンをちぎって口に運んでいたレイナが答える。

 タクマの言葉であれば反応するにやぶさかでないと言った様子だ。シュウヤとは目も合わせない。



 間髪容れずにタクマは反応した。


「いくら聖女候補の素性が王女だからといって、祖国を巻き込んで魔族と内通なんてすると思いますか?」


「……え、人類を支配する側になろうとしたんじゃないの?」


 まったく考えていなかったとばかりにレイナがきょとんとした顔になった。

 彼女も彼女でシュウヤとは別の意味で細かいことをあまり考えない性格をしていた。

 長らくやってきた空手の経験を活かし、拳闘士として一番異世界に馴染んでいるかもしれない。


「いえ、ヴェストファーレンは長らく教会に貢献してきたばかりでなく聖女候補まで輩出しているらしいです。普通、王族ひとりの判断では裏切りません」


「元々そのつもりだったとかは?」


 レイナは腕を組む。


「万が一そうだとしても、祖国が教会へその者の身柄を引き渡すでしょう」


「頭がおかしくなった王族のために国は道連れにできないもんねぇ~」


 エリカがふわふわとした声を上げた。

 彼女を除くこの場の誰にも理解できないがどこか楽しそうに笑っている。興味がある話題だとか知識欲とかではない。

 ただあるがままに事態を受け入れる。壊れかけた心の平静を保つためだ。


「そう。仮にすべてをクリアしても、反旗を翻したというだけでは長年人類から迫害されていた亜人が素直に協力すると思えないんですよね」


 エリカへは適当に言葉を返してタクマは話を進めていく。


「魔族が絡んでいるんじゃないの? 仲介役的な」


 レイナはわかりやすい方に考える。


「どうでしょう。甘い言葉をかけられたと言っても、魔族は戦線を押し返しているわけではありません。それなのに呼応するかは微妙だと思います」


「同時蜂起でその隙に攻めてくるとかはないのかな? そしたらいよいよ大混乱になるでしょ?」


 何が楽しいのかエリカは笑みを深める。


 世界がどうなろうと自分には関係ない。ただ、あるがままに推移するのを眺めたいだけ。それも派手なら派手なだけいい。そんな退廃的な態度だ。


「それこそ不確定要素ですよ。お互いに相応の交流や信頼関係がなければ共同作戦なんて到底できません」


 使い捨てにされると疑念があれば誰も全力では戦わない。それを為すには長い時間をかけた浸透工作が必要になる。

 思想の誘導だけでなく、武器や食料、技術といった支援だ。


 魔族からすれば陽動程度で十分と言うのかもしれないが、肝心の蜂起側の士気が低ければ乗ってはこないはずだ。


 にもかかわらず、新人類連合は蜂起した。

 どういうわけか先述の懸念などないように、彼らは人間と亜人の同盟勢力としてバルバリアを攻め落とし、教会に対しても真正面から戦うことを選んだ。


「利用されているだけって不信感は最大の敵です。実際、距離があっては連携もままなりません。電信的なものも存在しませんし」


「あー、世界史でそんな感じの習ったかも」


 少しだけ近代に興味があったレイナは、記憶の片隅にあった授業の内容を思い出す。

 世界史の教師の語り口調が面白くなければとっくに忘れていただろうが、人生何が役に立つかわからないものだ。


「地理的に離れた中小国が同盟結んだって大国には勝てないよねぇ~」


 エリカも話に乗っかってくる。

 そうした地球の歴史の流れはこの世界でも起こるのか。そこに興味があるようだった。


「ですから、本当に魔族が暗躍しているのか確証が持てません」


 微妙に空気が変わった。タクマが口にしたのは教会への疑念の言葉だった。


「魔族には高度な文明が確認されていないと聞いています。にもかかわらず、街を見ると東の方から交易品が入ってきている。どうも最近出回り始めたものらしいですが……」


「魔族じゃなくて別の文化とかそういうのだってこと?」


 エリカが小首を傾げた少し興味を持ったように見えた。


「あくまでも可能性ですが。それ次第では……今回の任務はかなり“後ろ暗いもの”になる可能性があります」


 いつの間にか話を聞いていた者の表情が固くなっていた。

 レイナだけでなく、ふわふわと笑っていたエリカでさえも。


 自分自身を誤魔化してここまでやってきただけで、自分の手で生命を奪わねばならない行為に何も感じていないわけではないのだ。

 その結果として、レイナは深く考えることを止め、エリカは心が安定しなくなった。残るタクマも、平静の演技を続けることで本当の自分の感情から目を逸らし続けている。


 それぞれが葛藤を抱く中――


「そんな仮定の話はどうでもいい。大事なのは任務を完了させることだ」


 少年少女たちの中で、シュウヤだけはずっと変わらぬ表情のままだった。


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