第199話 刺客
ヴェストファーレンから北西に向かうと、小国エトセリア王国がある。
ほんの少し前まで、ここは歴史の表舞台から遠ざかるどころか存在もほとんど忘れ去られ、商人たちにとっても交易のついでに通り過ぎるだけの国だった。
ところが、ある時を境に王都エトランゼの人の数が急に増えだした。
今では当時を知る者が驚くほどの人が街を行き交っている。
城壁の内側という制約があるため王都そのものの拡張は難しいかに思われたが、流れ込む多くの資金により都市の再整備が進められている。
街の中心から少し外れた場所には、火除地が新たに設けられ、普段は小規模ではあるが馬車のターミナルとして利用されていた。
「東からの出物があるぞ。今ならお得だぜ!「こっちは西からの魔道具だ! どうだ、現金があまりない。物々交換と行かないか?」「それならこのレートで……」「ダメだ。取り扱いを許してもまで時間がかかったんだ、これくらいは欲しい」「強欲なのはよくないぞ」「ヴェストファーレン行きの馬車は明日だ!席を押えるなら今だぞ!」「今日の宿はどうする」「案内所があるらしいぞ」
つい先日出来たばかりのそこでは、東西各国から集まって来た商人たちが荷物を積み替えたり同業者と交渉したり、あるいは旅人たちが次の行先への乗り換えをしようとしている。
そんな場所に一台の馬車が到着した。
陽はすでに半分以上傾き、もうしばらくすれば夕暮れが訪れようとしている頃だった。
「エトセリア王都、エトランゼに着きましたよ」
「あ、降ります降ります」「ほら起きて」「あー、疲れたー!」
御者の声を受け、西からやって来た乗合馬車からぞろぞろと旅人たちが降りていく。
その中には商人や単なる旅人たちとは異なる若い男女の姿があった。
四人組の彼らは、登録したばかりの駆け出し冒険者といった見た目をしている。
特に冒険者が活躍するような場所ではないことに何人かは怪訝に思うも、そこまで珍しくもない光景にすぐに興味を失う。
もしもこの国に高位冒険者がいれば、彼らの違和感に気付いたかもしれない。
そう、外見年齢に反して、身に包む装備がどれも整っているだけでなく、使い込まれた気配がない――かなり真新しいことに。
他にも教育を受けた者特有の知性が感じられ、ちぐはぐな印象を受けた。
「あ~、やっと着いた~」
男女のうちのひとりが伸びをして声を上げる。薄い茶色の髪をショートカットにした少女だった。
旅用に薄いローブを纏っているが、その下は動きやすそうな格好をしており、両手にはしっかりとした造りの手甲を装備している。
「ここが……エトセリアか? 何もないところにわざわざ俺たちを差し向けるとは……」
黒髪を少し伸ばした少年が、辺りを眺めてつまらなさそうに鼻を鳴らした。
無感動どころか不快感を隠そうともしない。
世界そのものを疑うような鋭い目付きといい、社交性からはおよそ外れた態度だった。
背負った両手剣と他者を拒絶するような雰囲気と相まって、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
「西方と比べたらどこも田舎に見えるのでしょう」
隣に立つ眼鏡をかけた短髪の少年が、元々浮かべていた笑みをわずかに深めた。
槍らしきものを布に包んだこちらは、見た目の年齢よりもずっと落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「いやぁ、シュウ君が言いたいのはそこじゃないと思うよ?」
彼らの後ろから栗色髪を背中まで伸ばした少女がふわふわと笑って言葉を投げた。
両手で持つ青い宝珠のはめ込まれた杖がどこかちぐはぐな印象を与える。
彼女は笑い続けているが、何がおかしいのか仲間にはいまいちわからない。いつものことだと軽く流してさえいた。
「タキザワ、余計なことは言わなくていい。さっさと“仕事”を片付けて帰るだけだ」
シュウと呼ばれた少年が先ほどよりも不機嫌な口調でタキザワと呼ばれた少女に言葉を投げつけた。
「ねぇ、それなりに付き合いも長くなったんだし、下の名前で呼んでくれてもいいんじゃない? ほら、遠慮しないでエリカってさぁ~」
気にした様子もない少女――エリカの言葉を受けた少年は苛立たしげに視線を鋭くする。
「黙れ。俺にはこんなところでじゃれ合ってる暇はない」
「ちょっと、マエバラ。さっきからアンタねぇ……」
薄茶髪の少女が腰に手を当て文句を並べようとする。
「エリカさん、レイナさん、やめておきましょう。シュウヤ君は疲れているようです」
「タクマ、そういう問題? 足並みをそろえておかないといけないってのに……」
止められたレイナはそれ以上続けはしないものの不服そう態度は隠そうともしなかった。
「長旅でしたから気が立つのもわかります。まずは休息して、それから考えましょう」
タクマと呼ばれた少年は表情を崩さず話の方向を変えた。シュウヤとは別の意味で世界を俯瞰したような空気があった。
「シュウヤ君もそれでいいですね?」
「動くのは明日からでいい。人間の中に紛れ込んだ魔族を殺せば前線に戻れる。行くぞ」
剣を背負った少年――シュウヤは、どうでもいいとばかりに背中を向けると、手配された宿を目指して歩き出す。
ついて来ないならひとりでもやると言わんばかりの頑なな態度だった。周りと噛み合っていないというよりも合わせる気がないようだった。
残る三人はそれぞれの反応を示すが、それらはどれも「やれやれ」と言いたげなものだった。初めてのことではないらしい。
「俺は……帰るんだ、早く……日本に……」
仲間との距離があったせいで、少年の言葉は誰にも届かないまま虚空に消えていった。
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