第197話 転落
「何ですって!?」
エリックの言葉に、さすがのイリストフも驚愕を隠し切れなかった。
「驚きは察するに余りあります。ですが、じきに猊下にも伝わる話でしょう」
エリックが淡々と答えたところで扉が叩かれた。先程よりも強いものだった。
「……少々お待ちを」
イリストフは緊急性を感じ取ったらしく、短く断りを入れてそちらに向かう。
漏れ聞こえる言葉からすると、ようやく事態が伝わったようだ。
「ここまで遅いなんて……。警備体制に問題がありますわね」
「そう言ってやるな。前代未聞なんだろう」
「だからこそですわ」
珍しく不機嫌さを隠さないカテリーナの言葉にエリックは笑うしかなかった。
そんなことを言えば自分たちはどうなるのか。まぁ、あえて触れるところではないので黙っておくが。
「お待たせいたしました」
しばらくしてイリストフが戻って来た。その表情は明らかに硬い。
「……今まさに襲撃の報がありました」
若き枢機卿は椅子に座ると静かに息を吐き出した。
突如として台頭してきた“新人類連合”の将軍を名乗る者が現れただけでなく、魔族の襲撃までもが起きて騒ぎとなっている。
懸命に隠そうとしているが、すでに彼の許容値は限界に近づいていた。
「どうやら聖女殿とその候補たちを狙ったテロのようですね。傷病人に紛れ込むとは小賢しい真似をしたものです」
イリストフが続ける前にエリックが先に詳細を述べた。
もちろん、ワザとである。
「そこまで知っていて――」
イリストフは「なぜ先に言ってくれなかったのか」と続くはずの言葉を発する寸前で飲み込んだ。
「誰も知らないことを告げれば、余計な疑いを向けられる」エリックは視線でそう語っていたし、自分が同じ立場でもそうすると思い至ったためだ。
「しかし、なぜご存じだったのか……」
いささか神経質になっていたと反省した枢機卿は無難な言葉に言い直した。
――これが演技ならたいしたものだが……。
「隠す必要もないので申し上げますが――」
エリックは一度言葉を切り、相手の反応をそれとなく観察する。
今回、無理をしてでも会談の場を設けたのは、<パラベラム>の意志を伝える以外にも、イリストフが魔族と通じていないか確かめておく狙いがあった。
カテリーナと比較的親しい彼がそうであったら目も当てられないからだ。
「我々が助勢した上ですでに鎮圧しております。薔薇騎士団にいくらか被害が出たようですが……。知っていたのはそれが理由です」
あまり勿体ぶっても仕方がないとエリックは真相を明かした。
「納得しました。……敢えて問いますが、あなたがたの仕業ではないのですね?」
「アズラエル猊下、それはさすがに――」
マッチポンプではないかと問われ、なぜかカテリーナが腰を浮かせた。エリックは無言で腕を伸ばして聖女の短慮を止める。
「お立場を考えれば当然の疑問でしょう」
枢機卿としてあらゆる可能性を考えねばならない。
それが理解できるため、エリックは動じなかった。
もっと言えば重要なのはそこでなく、イリストフが事態の首謀者を新人類連合側に誘導しようとしたかどうかだ。
内通者にとっては、新人類連合が人類の裏切り者であったほうが都合がいいに決まっている。
彼にそうした狙いがあるか、それをこの先の会話から見極める必要があった。
「状況が状況だけにあまり長居はできません。ですので端的に申し上げます」
意趣返しではないが、エリックは自分から仕掛けることにした。
せっかく主流派ではなくとも聖剣教会の枢機卿に面会できたのだ。
〈パラベラム〉の意思くらい、表明しておくべきだ。
「我々“新人類連合”は、教会、ひいては人類に敵対するつもりはありません。これは噓偽りない事実です」
ミリアを通して管理者とやらから「世界を変えろ」と言われたが、それは生存圏が確保できたうえでの話だ。
今は「教会を倒す」とか「魔族を倒す」とかそのような次元ではない。言ってしまえば足元を見られるのでそこはボカすしかないが。
「これは異なことを。使者を高圧的な態度で追い返しておきながら、それを信じろとおっしゃいますか。すでに討伐軍は派遣されおります。遅きに失したのでは?」
イリストフはあくまでも教会側としての立場を崩さない。
まだ自身の意見を表す局面ではないと考えているのだろう。
こうした態度は討伐軍がどうなったかを知らないからでもある。
それらを察したエリックは、相手のペースに乗った
「教会が干渉した理由として、我々ないしはヴェストファーレンに魔族との内通嫌疑があるようですが、ここがそもそもの誤りです。にもかかわらず、一切疑問を抱かず居丈高に接してきたのはそちらが先です」
言葉は鋭いものの、エリックはあくまで淡々とした口調を崩さない。
ここで感情を見せるメリットなどなく、むしろ露わにすれば御しやすいと侮られる恐れがあった。
もっとも――だからと言って彼の舌鋒が緩むわけではない。
「我々<パラベラム>が魔族の召喚でこの世界に来たのは否定しませんが、魔族とは一切結びついていない。むしろ連中のテロを未然に防いでいる。ところが、あなたがた教会は我々がそうだと決めてかかり、反論を軍事力で封殺しようとした。これが民に規範を示すべき宗教勢力のやることですか」
実際に教会との交渉にあたった人間として、新人類連合の総意を告げた。
細かい言い分は先の使者たちが握り潰していなければ伝わっているだろうが、然るべき立場の人間に直接自分の言葉で言っておきたかった。
彼なりのちょっとした意地でもある。
「まぁ、今となってはそれも些事となりました」
ここでエリックは口調を緩めた。
より責められると思っていたイリストフはどういうことかと小さく眉を動かす。
「ご存じないかもしれませんが、東方へ派遣された教会軍は全面降伏いたしました。これもじきに報せが届くでしょう」
「なっ……!!」
ふたたびの、いやそれを遥かに上回る驚愕がイリストフの表情に浮かび上がった。
思わず目を見開いた青年はカテリーナを見るが、聖女は黙って「嘘ではない」と首を横に振った。
「教会は少なくとも今回の件において、“すべてを決められる立場”から転落しました」
「…………」
表情から血の気が引いたイリストフは言葉を返せない。
まだ精鋭軍がいる。そう言い返すこともできた。
しかし、迂闊なことを言えば、この先の大陸の運命そのものが変わる。それほどの選択を枢機卿とはいえ彼ひとりでできるわけがなかった。
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