第188話 汎打撃戦力


『いやはや、回線越しに見せつける高度なプレイですかねぇ。アメリカ人もやるもんですなぁ』

『ええと……経験がないわたしにはそういう高度なのはちょっと早いかなって……』


 ロバートの言葉に呼応する声が上がった。

 明らかに事態を楽しんでいると響きでわかる。こんな腹黒野郎は〈パラベラム〉にはひとりしかいない。


『いいなぁ、ああいうの……』

『仲よさそうですけど、ちょっと人前では勇気が要りますね……』

『おまえたち……ああいうのがいいのか……?』


『婚姻届けにスキンシップ……逆転勝利するにはそういう手もあるわね……』

『……ちょっと? 翼姉ぇ?』


『うーん、わたしは逆について来ちゃっていいのかなって思ってるけど……』

『アンネは信徒なんだろ? 聖地くらい拝んでおいて損はない』


 反論を口にする間もなく、その他思い思いの声が続いた。

 エリックとカテリーナの護衛役として“レイヴン”の大半と“イーグル”の一部も変装の上同行しているのだ。彼らは目立たないよう周囲で距離を空けて別々に行動している。


 付き合いがそれほど長くないエリックでも、ほぼ瞬時に誰(どのペア)のものかわかるから不思議である。

 同じ思いなのかカテリーナが隣でくすりと笑っていた。


「おまえらな……」


 通信回線でふざけるのをどうにかしろと思うが、今の自分が言っても共感は得られない気がして止めた。

 生来お喋りな性格ではないが、最近ではそれに輪をかけて口数が減った気がする。墓穴を掘らないために。


『お言葉ですが、我々はこれ見よがしにイチャコラしてはおりませんので……』


 たしかにそうかもしれない。


 しかし、こちらとて任務で厄介――もとい、ゲストを相手にしてるだけなのだ。

 上官の威厳を保つためにも最低限喋らなければならない。


「俺はちゃんとエスコートしているぞ、マッキンガー中佐。そちらこそ殿下パートナーに失礼がないようにしろ」


『私だってきちんとしておりますよ、


「どうだかな」


 答えてからエリックは小さく顔を顰めた。

 まるで負け惜しみのようではないか。


 カテリーナが袖を引きながらマイクのスイッチを切った。エリックも何かあると思ってそれに倣う。


「エリック様……」


「ガキのような物言いだってのはわかってる。閣下なんて言われるとどうもな……」


 自嘲気味に鼻を鳴らした。なんとなくイヤだったのだ。


 ちょっと前まで佐官同士だったのにこれだ。

 異世界に来てまで出世したいとは思っていなかったが、まるで自分だけ遠くに来てしまった気分になる。


「あまり気負い過ぎてはいけませんわ。寄る辺なき場所で過ごすのは容易なことではありません」


 カテリーナの言葉がなぜだか妙に胸にすんなりと染み入って来た。

 聖女の魔力だろうか。だとしたらすごいものだ。


「……まぁいい。あまり気は抜くなよ、


 気を取り直して、そして何事もなかったように、エリックは今一度「ここは敵地のど真ん中だ」と注意を喚起した。 


 偽装バカップル騒動はさておき、なぜ彼ら〈パラベラム〉主要メンバーがイノケンティウムの街中を歩いているのか?

 それは新人類連合 対 教会の交渉を前に、カテリーナを通じて一部教会勢力に接触するためだった。


つまづくわけにはまいりませんわね」


 カテリーナがそっとつぶやいた。自分に言い聞かせているようだった。


「さっきのセリフじゃないが、あまり気負うな。やるだけやったらなるようにしかならない」


 カテリーナを無事に連れ帰れれば、エリックはどう転んでもいいと思っている。

 先日、パトリックは「聖女殿を政治利用しない」と明言したが、本人が自ら動くと言えば特に反対する理由もない。

 だた、その随伴要員にエリックが指名されたという事実があるだけで……。


「でも、こんなに早く来られるなんて……。まだちょっと信じられませんわ」


 カテリーナは曖昧な言葉を選びつつ、本心からの感嘆を露わにした。


 昨日の今頃はパラディアムにいたのに、それがどうしたことだろう。そんな声が聞こえてくるようだった。


「そうかもな。まぁ、


 エリックは曖昧に微笑んだ。


『そんなあっさり流してしまえる話じゃないですけどねぇ』


『まぁまぁ。外じゃ変な発言はできないから。でも、完全にこの世界での常識を覆しているよね。フランシスから逃げた時以上によくわかったよ』


 通信越しにミリアとジェームズが揃って苦笑した。


 彼女らは一足先に盗聴器の類がない宿を確保し、上空のUAVから送られてくるリアルタイム映像を見ながら支援任務に就いている。

 通信には参加してこないエルンストも同様だ。今頃“支援”できる場所を探しているのだろう。


『あんな闇夜に易々とヘリを飛ばせるなんて本当にすごかったです。知識としては知っていましたけど、やっぱり本物は違いますね……』


 ミリアは興奮冷めやらぬ様子だった。

 知識はあっても経験がない彼女からすれば刺激的な体験だったのだろう。


『あれもあれでスキルを突き詰めたプロだから……』


 簡単に言えば、月のない夜を選んで人目を避け、ヘリを使って距離を一気に稼いだのだ。

 これこそ陰の立役者――第160特殊作戦航空連隊ナイトストーカーズの真骨頂である。


『本当に米軍の規模には驚かされます』


『何回か宇宙人もやっつけてるから当然だね。弱点は連邦議会ぐらいだよ』


「ジェームズさん、時々わかりにくいギャグを挟むのはどうにかしてもらえませんか……?』


 それまでの反応から打って変わって、ミリアは呆れ声を発した。


『えぇ……。他のみんなが喋れないから頑張ったんだけれどなぁ……』

『やっぱり腹黒ジョーク以外はイマイチかもです』

『そうかぁ……。それはさておき、いくら優秀な特殊部隊員が集まっても、目的地に辿り着けなければ何の意味がないからね』


 ジェームズの言う通り、あらゆる条件下での長距離飛行を行えるパイロットと航空機こそがこの世界では大きな役割を果たす。

 彼らとヘリナイトストーカーズのおかげで夜が明ける頃には道程ルートの大半をクリアし、カテリーナの息がかかった商会の支店で準備を整えられた。


 そこから先は馬車での移動となったが、それもたった数時間である。

 片道だけでも確実に二週間近い距離を稼ぎだしている。これは揺らがない優位性だ。


「馬車の移動はどうも慣れそうにないが……」


 支援サイドの会話を聞きながらエリックは腰をさすってつぶやいた。


 彼は初めての経験となるが、馬車の揺れは現代人の尻にはキツかった。

 いくら肉体が強化されようともここだけは改善の気配がないと皆が口を揃えている。


 こうしたこともあり、潜入要員のためにバネや軸受けなどを改造した偽装馬車を用意できないか、現在工兵部隊が懸命に研究・試作を行っている。

 

「おかげで時間を有意義に使えそうですわ。ありがとうございます、旦那様」


「ははは、旦那としてこれくらいはさせてもらわないとな」


 何度目かの抱き着き攻撃を受けたエリックは諦めて役割に徹した。


 今回の潜入、カテリーナの要望を叶えた形になるが、当然〈パラベラム〉にもメリットはある。

 今も上空を飛んでいるUAVだけでなく、現地人の協力まであるのだ。画像偵察以外の情報を収集できるまたとない機会だった。


 これならば教会から交渉の使者が来る前の仕込みだけでなく、将来的な布石を打つことも可能だ。


「それに誰もわたくしを……。なんだか不思議な感覚ですわ」


 カテリーナは複雑そうにつぶやいた。


 まさかヴェストファーレンに向かい、暗殺者を差し向けられたはずのカテリーナが、すぐ近くにいるなど教会関係者の誰も想像しないだろう。

 それこそが〈パラベラム〉の狙いだった。


甲斐があったな。……それにしても警備が多くないか?」


 喉元に隠したマイクを叩きながら誰にでもなくつぶやいた。


 辺りに巨大な建物が多くなると、随所に立つ僧兵らしき存在が目立ち始める。

 ファンタジー世界だけに振り回すのは問題ないのか、はたまた威嚇の意味合いが強いのか大きなハルバードを持っていた。


『ここは人類側の本拠地と呼ぶべき場所です。間者など紛れ込み放題の人ごみですから警戒して当然かと』


 ミリアが答えた。

 細かいことを気にせず自由に話せるのは現状彼らしかいない。そうなれば口数も自然と増えるのだろう。


『あとはフランシス王国の魔族によるテロ未遂の影響でしょうね。一般市民には知らされていなくとも、魔族が戦略を変えたことは教会内でそれなりに共有されていると見るべきです。我々は……もう少し先ですかね』


 ジェームズの言う通り、魔族への警戒ばかりで皆こちらは素通りだ。不審がっている様子も見られない。


 実際、東方での敗戦の報が届くまでおそらくまだ1週間はかかる。

 魔族が最優先警戒対象なら、そちらばかりに目が行っているのだろう。

 彼らの持つ高い魔力を探知すべく動いている可能性が高く、通信電波が飛んでいるなど知る由もない。


「あそこが中心、サン・エディツィオーネ大聖堂ですわ」


 しばらく歩くと大きな聖堂が見えてきた。

 建屋は広いだろうが、あれが聖剣教会本部における“真の中枢”なのだろう。


 ――アレを今吹き飛ばしたら、いったいどうなるんだろうな。


 ふとエリックはそんな疑問に駆られた。

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