第185話 上手くやれば取り込める……ってコト……?


「聖女殿は……良い部下に恵まれましたな」


 ふとパトリックが微笑んで、温くなった紅茶を口に運んだ。

 皮肉でもなく、ただ思ったままのことを言葉にした。誰の目にもそう見えた。


 発言の意図が掴めないカテリーナは言葉は返さず視線で真意を問う。

 パトリックもまたそれを受けてそっと陶杯をソーサーに置いた。


「あなたを失えば彼女たちは散り散りになりかねない。自分の居場所を守りたい打算があったとしても、巨大権力を前にしてはなかなか動けるものではないのでは?」


「たしかにそうですわね。当代聖女わたくしでも排除しようとする者がおりますゆえ」


 カテリーナの微笑みに別の感情が混ざった。

 自分自身と教え子たるクリスティーナが狙われたこと、このふたつの事件は彼女の中で根深く残っているのだ。


「ならば余計に配慮もなにもされないでしょうな」


 将軍の言葉に聖女はそっと頷いた。

 そこまでやってのける者たちが女だけの騎士団を潰すのを躊躇うはずもない。


「わたくしもそう思います。薔薇騎士団には“歴史”がありませんので」


 かの騎士団は従来から存在してはおらず、稀代の魔法能力を持つカテリーナのために作られたものだ。

 代替わりすれば何かしらの理由をつけて解散させるだろう。


「つまり、


 エリックが腕を組んだ。


「……ああ、なるほど。わたくしたちは新興派閥と見られているわけですか。そうした感覚はありませんでした」


 指摘されたのは女騎士たちの僧兵化だった。


 女騎士たちが代を重ねるうちに独自の政治力を持たれては堪らない。そうなれば将来聖女の選定にも彼女たちの意志が関わってくる。

 教会主流派はそれを危惧すると見ているのだ。カテリーナの暗殺に動いた者もそうした動機があったのかもしれない。


「騎士たちが結びつかないよう各地の修道院に送られるでしょうし、政治力の高い者は最前線送りで排除されるかもしれない。……フム、聖女殿が動くのを見越して仕込んだ者がいるかもしれませんな」


 ここでパトリックは推測を口にした。


 ――排除したかったのは過激派だけではなかったと。


 カテリーナは内心で唸る。

 一切想定していなかったわけではないが、あらためて他人から突き付けられると考えてしまう。


 ――いえ、ちょっと待って。


「……あなたたち、護衛役を任された際、誰かに言われていたわね?」


 カテリーナは護衛のふたりを見た。

 ふたりとも目を逸らす。ビンゴである。


 政治的感覚がの自分でもこうした部分に思い至っているのだ。

 騎士団幹部が気付いていないわけがない。


「……その……団長から、『戦の勝敗にもよるが、もしもの時は亡命の手筈を整えられるように情報を集めろ』と……」

「ええと……『カテリーナ様の嗅覚は信じられるが、ちゃんと舵取りしないと危なっかしい』とも……」


 ふたりとも観念したらしく、とても言いにくそうに口を開いた。

 ロミルダが先に、ゾーエが後に続く形だったが「後者は言っていいのか?」とエリックたちは思う。


 とはいえ、彼女たちの意志に関係なく、答えないのは不可能だった。

 都合四人の――“魔人”としか思えない人間の視線を浴びて沈黙を保てるはずもない。


「最初から敵対派閥が動く可能性を考慮していたわけか。まぁ、たしかに主人想いではあるな」


 エリックは皮肉を飛ばした。

 この場で一番ビビられているのは自分だと理解しているので、カテリーナが叱責せずに済むよう口を挟んだ形だ。


 ――こういう気遣いができるから、知らない間にモテるんだろうな……。


 ハーバートは同僚のムーヴに軽く呆れた。


「たいしたものです。修道女の延長線上に置いておくには勿体ないですな。レディということを差し引いても教会上層部は見る目がない」


 レイモンドもフォローを入れた。

 こちらもこちらで空軍らしいな振舞いだと陸軍ハーバートは思う。


「保守派なんてどこもそんなものでは? しかし、利用すべき対象を外に持ってきたのは度胸がありますね」


「気付けても実際に選択できるかは別だからな。我が身の危険を顧みず動いたのだから大したものだよ」


「いずれにせよ、レディたちのお眼鏡に適ったなら光栄だね」


 将官たちは口々にこの場にいない薔薇騎士団の幹部たちを高く評価した。


「さて、そちらの意志は理解しました。聖女殿のそれとは少し異なるようですが」


 騎士団の覚悟を感じ取ったパトリックはそっと笑う。


「わたくしの身を案じてくれたことはありがたく思います。事前に相談はしてほしかったですが……」


「そんな暇も作らず、すっ飛んで来たからじゃないのか?」


 エリックはからかうように笑う。


「……エリック様はいじわるです」


 答えになっていないのは図星だったかららしい。


「いいじゃないか。周りが優秀だから無茶も利くんだ」


 笑って護衛たちを見る。

 当の本人たちはどう反応していいかわからない感じだ。


 彼ら〈パラベラム〉は果たしてなのか。

 仮に教会の地位を脅かすとして、それが主人にとって害をなすなら我が身に代えても守り抜く。そうでないなら――


 いささか行き過ぎな敬意を持つロミルダだけでなく、普段は飄々としているゾーエからも自分たちを見定めようとする意思が見えるようだった。

 おそらくこの場にいない多くの騎士団関係者もそう思って動いたのだろう。


「ここらで少し話をまとめようか」


 パトリックが軽く手を叩いた。

 それぞれが姿勢を正す。話の向きが変わると思ってのことだろう。


「繰り返すようだが、我々は次の交渉に聖女殿を利用するつもりはない。正直に言って――


 少女たちが驚愕に目を見開くのがわかった。

 

 

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