第184話 守るべき場所
「ちょっと、ロミルダ……!? どういうつもりだ……!?」
ゾーエが非難めいた視線を向けた。
この場においては彼女の反応が正常である。護衛に発言権などあるはずもないのだ。
ハーバートが「どうする?」と視線を向けた。対するパトリックは相好を崩して頷く。
「構わないよ、お嬢さん。この際、疑問は払拭しておくべきだ」
微笑みかけたパトリックを見て、ロミルダの形の良い眉が小さく動く。
拒絶されても文句を言えないところを快諾されて言い出した本人も困惑していた。
「ちょっと……! 悪いことは言わないからやめとけよ……!」
ゾーエはゾーエで同じく困惑しつつも、耳打ちして相棒を必死に止めようとしている。
こちらはどちらかと言えばパトリックの真意が読めずに警戒しているのもありそうだった。
下手に言質でも取られたら堪らないと思っているのだろう。そうした警戒感を抱くのは当然だ。
「ありがとうございます、閣下。本来、わたしが口を挟むべきではないのでしょうが……」
「ちょっ……」
相棒をそっとどけると、ロミルダは小さく一礼した。
「そんなことはない。ここに招いた以上、地位も立場も私は問わない。続けてくれたまえ。ケネディ准将もマクレイヴン准将も発言してくれよ?」
軽く手を掲げたパトリックが少女に続きを促した。
全員に発言を許した以上、ゾーエもそうだがカテリーナもロミルダを止められなくなった。
「では、あらためまして……」
ここで下手なことを言えばどうなるか。カテリーナの立場が悪くなる可能性も十分にあり得る。
その自覚が果たしてロミルダにあるか。
「どうするんだよ、もう……」
彼女たちを見守るカテリーナは微笑を浮かべたままだ。
――たしかに少々危ういな……。でもまぁ、お姉さま大好きちゃんなりに必死なんだろう。
エリックは内心でゾーエ、ロミルダそれぞれの行動に一定の理解を示す。
彼女の行動は、本人も自覚しているように本来なら僭越としか言いようがない。
いかに出身が貴族令嬢と言えど、今の立場はあくまで“聖女の護衛”だ。
端的に言えば、その辺の兵士とさほど変わらない。
それでも尚動こうとしているのだ。
――俺たちが
あくまでこれはエリックの推論だ。
しかし、そう考えれば目的がどちらでも、あるいは両方でも納得はできる。
――まぁ、ここまでは閣下たちが続けてきた話の流れとしては悪くない。あとはどう着地するかだな。
傍で眺めるエリックはわずかに目を細めて背中をソファに預けた。
必ずしもここでカテリーナとの協力関係に持ち込む必要はない。
その一方、こちらの情報を並べているうちに勝手に感化される可能性もある。
カテリーナを除く年端もいかない少女を騙すようで気は引けるが、それもまたひとつの“情報戦”なのだ。
「今回教会は大きく負けました。精鋭ではないといえ負けは負けです」
「そうだね」
パトリックは頷いた。
「このままでは組織の崩壊に繋がりかねないのでは? それでも閣下は彼らと捕虜の交渉をなさるのですか?」
躊躇い気味ながら少女が口にしたのは、かなり踏み込んだ問いだった。
少なくとも教会関係者として本来避けるであろう言葉が含まれている。
受け取り方次第では「勝手に崩壊するなら放っておけばいいのでは?」と訊ねているわけだ。
背信行為と言われる要素は十分ある。
ところが、
――本当に肝の据わった女だな。
エリックは舌を巻く。
既に彼女は自身が動くべき場以外では“観察者”となることを選んでいるようだ。
それこそが自分の役目だと言わんばかりに。
「我々を試しているのか、はたまた純粋な疑問なのかはさておき……方針は変わらないよ。おそらく教会の動きはひとつしかない」
答えるパトリックの眉が小さく動いた。少し困ったようにも見える。
「何故でしょう。負けたからと素直に交渉に応じては教会に兵力を供出している諸国家の離反が起こりかねないのでは……?」
面子が傷付けられた教会が折れるのに、諸国家が追随するのが考えられないのだろう。
「なるほど。お嬢さんはそう考えたわけか。残念だがその見通しは甘いと思うぞ」
「そうですね。ただ一度の敗北で彼らが末期と判断するのはいささか気が早いでしょうな」
パトリックは曖昧に笑い、代わりにレイモンドが答えた。
「ですが、あれだけの敗北はわたしの知る限りでも前代未聞のはずです」
釈然としなかったロミルダは首を傾げた。
あれだけの圧倒的勝利を上げておきながら、〈パラベラム〉が次なる仕掛けを施さないのは異常に思えるのだろう。
負けた相手はとことん叩けという世界だ。おかしく見えるのは無理もない。
「なぁ。疑問を口にするのは結構だが、もう少し危ぶむというか……組織への帰属意識みたいなものはないのか?」
少し落ち着けとエリックは呆れ気味に言葉を挟んだ。
「我々は教会の兵ではなくカテリーナ様の護衛ですので」
対するロミルダはほとんど即答で僧兵たちと同列視されるのを拒否した。
塩対応だ。もっとも、おかげで確信が持てた。
「なるほど、一蓮托生ってヤツか」
エリックは苦笑を浮かべ、対するロミルダは少しバツの悪い顔となった。
要するに、彼女が重視しているのはカテリーナの身に危険が及ぶかどうかなのだろう。
「いや、かえって納得がいったよ。お前さん、教会に戻るべきかどうか迷ってるな?」
「…………」
ロミルダは答えない。
「エリック様、あまり彼女をいじめないであげてくださいまし」
見かねたカテリーナが口を開いた。
愛する人に異を唱えるのは心苦しいが、自分を信じてくれている
「いじめているつもりはないぞ。ただ、『せっかく見付けた“居場所”を失いたくないんだろうな』とは思っているが」
「……それはいじめているようなものですわ」
カテリーナは困ったように笑う。
あまりにもエリックの言葉の切れ味が鋭いため、撫でただけでも本音を暴いてしまうのだ。
「皆様の来られた世界とは異なり、わたくしどもの世界では、貴族であっても女性では生き方を選ぶことさえ儘なりません。家を残すため、あるいは栄えさせるために政略結婚をさせられます」
「そうなると、尼僧になるくらいしかない」
「ええ」
エリックの問いに、カテリーナはやや伏し目がちに頷いた。
「しかし、それだけではまた違う狭い世界に入るだけです」
「だから薔薇騎士団を作ったのか」
「もう少し生き方を選べてもいい。だから、彼女たちを守れる場所が必要でした。聖女の立場を利用したわたくしのわがままですが」
恥ずかしそうに笑うカテリーナ。
エリックは彼女たちのことが今少し理解できた気がした。
教会の戒律の中で窮屈に生きるよりも、いくらか奔放なところのあるカテリーナの下なら違う生き方ができるのだろう。
「しかし、もしも教会が崩壊するなら、それも遠からず消えてなくなる。組織そのものが大事なんじゃなく、今を失いたくないから俺たちにあんな問いをしたんだな?」
もう少し本音を喋れよとエリックは少女に視線を向けた。
よく見れば少女の両手が強く握りしめられている。
怒りのそれではない。緊張だ。
――そういえば、俺はビビられてたな。
会食の時に少し絡んだことを思い出し、エリックは苦笑を浮かべそうになる。
ただ、それでもロミルダは勇気を振り絞って〈パラベラム〉将官たちの前に立った。
大陸が混乱に陥る前に、カテリーナと共に生きていける場所を見つけ出すべく――
その覚悟は評価すべきだとエリックは感じていた。
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