第174話 午後の紅茶


 ここで時を少しばかり遡る。


 教会討伐軍が突撃を開始してしばらくした頃、司令部である本陣天幕では僧兵たちが談笑していた。


 魔法を使って空気を循環させているため、外気温のみならず音までも遮断しており内部は非常に快適だった。

 これを成し遂げるために中位魔法使いを配置しているのだから贅沢などというものではない。


「ようやくですな、カミッロ司祭」


「ああ、長かった。屈辱を与えてくれた愚か者どもに神罰を下せる」


 部下に語りかけられた壮年の僧侶は鷹揚に頷いた。

 軍全体への指示を出し終え、後は現場に任せるだけ。

 そうひと息ついたところだった。


 周りも彼の発言に頷いている。

 とても戦場にいるとは思えない空気だ。まだ始まったばかりだというのにもう勝った気でいる。


「我ら教会にあのような発言をするとは。火炙りにしても許せるものではありません」

「今となってはどうでもいい。たった幾月かでも気分良く生きられたのだ。あとはその身で報いを受けさせるだけだ」

「結構ですな。捕えるべき者を連れて本部へ凱旋すれば、上層部からの覚えもめでたくなりましょう」


 僧兵たちは口々に戦後の話を並べ合う。

 人類圏にて逆らう敵を容赦なく叩き潰して来た不敗神話を持つだけに、負ける可能性など考えもしないのだ。


「それでは茶でも淹れましょう。最近、出入りの商会から広がり始めたものが手に入りまして。評判も良いようです」


 僧兵のひとりが提案を口にした。


「ほぅ、それはいい。是非頼む」


 新しい茶葉は、聖女カテリーナが〈パラベラム〉から仕入れ、フロント企業の商会を通して本部へと広めたものだ。

 無論、彼らはそれが東方領域の産である――要するに経済的な攻撃を仕掛けられていることなど知る由もない。


「戦場におるでな。さすがに“聖血酒ワイン”を飲むわけにもいかん」


 カミッロ司祭は上機嫌で笑った。周りもつられて笑う。


 あとは勝利をおさめ、クリスティーナたち罪人どもを教会本部まで連行するだけだ。

 再度こんな辺境まで来るハメになった時は怒りを覚えたが、功績を上げれば司教昇進も見えてくる。

 そう考えれば機嫌も良くなろうものだ。


「ははは、カミッロ司祭は面白きことをおっしゃられる! 我慢した分、今宵の“聖血酒”はさぞや美味でしょう!」

「然り然り、愚か者どもの屍の山を眺めながらでも構いますまい!」

「我々は聖職者だぞ? そうしたけがれには触れるべきではない」

「それもそうですな! 特に蛮族や亜人が相手では!」


 残る僧兵たちが笑い声を上げた。お世辞にも上品とは言えない類のものだ。


 ――これが教会の僧侶だというのか?


 循環魔法を発動させっぱなしの魔法使いは内心で嫌悪感を覚えた。

 もちろん、ここで異を唱えようものなら即時処刑されかねないため、表情には微塵も出さぬよう努めるしかない。


「祝杯の準備はせねばなりませぬな。決着が見えたら近くの街に晩餐に使う食材を献上するよう触れを出しましょう」

「それはいい。罪人の国となったのだ。浄財を出せば汚れた魂も清められよう」

「罪を許すに足る浄財が集まるか見ものですな。集まりが悪ければ領主を処刑しましょう」

「晒し首を見れば気も変わろうな!」


 ついには威勢のいい言葉まで飛び交い始めた。


 彼らもまた昇進に繋がる功績を求めているのだろう。地方の戦とはいえ勝ちは勝ちだ。

 対魔族戦線や南方の聖教征服戦線以外では主立った戦もないため、後方で思想が先鋭化する者も多いのだ。


「ふむ、“聖血酒”とはまた異なるが良い香りと味わいだな」

「酒が嗜めぬ者もおりますゆえ、こうしたものは助かります」


 何人かが淹れられた紅茶に満足げな言葉を漏らした。

 元々、あまりアルコールが得意ではなかったり、味が好みではないのだろう。


 しかし、それを聞いた何人かが眉を顰めた。


「惰弱な者を許容するようなことを申すのはどうかと思うぞ?」

「然り。“聖血酒”は神から『己の血の代わりである』と授けられしものだ。受け入れられないようでは僧籍に身を置く者としていかがかと思うがな」

「信心が足りぬのでしょう。下級貴族出身の者など所詮は家を継げぬ身で厄介払いされたのですから」


 地球の国によっては“アルハラ”など各種ハラスメント認定されそうな言葉が飛び出た。


 果実から作った酒は“聖血酒”と呼ばれ、神の血として教会内に広まっている。

 理由の大半は酒飲みの言い訳だろうが、魔法があっても水が貴重なことにかわりはない。

 わざわざ煮沸しなければならない水よりも酒が好まれるのだ。


「双方、ここで言い争いなどするな。辺境の戦地に派遣され気が立っているのであろう。もうじきの辛抱だ」


 カミッロ司祭は仕方ないとばかりに仲裁に入った。


 最早誰も戦の推移に関心を向けていない。慢心と言えばそれまでだ。


 戦況については討伐軍の将に任せきりだ。

 生地の厚い天幕と、内外の空気を魔法によって分けた上で循環させているせいで、外で鳴り響く音が伝わってこなかったのもある。


 ゆえに彼らは自身の勝利を疑っていなかった。


 血相を変えた伝令兵が駆け込んで来るまでは――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る