第172話 戦場談義〜中編〜
「ハンセン少佐。あの迫撃砲という兵器、我らでも作れるのでしょうか?」
意を決したようにクリスティーナが問いを発した。
隣のリューディアも同じような視線を向けてくる。
「なんだいきなり?」
巨漢の代わりにロバートは問いかけたが、彼にも理由はわかっていた。
少し寄った眉根が隠し切れない困惑を表している。
――もう心配しているのか。難儀なヤツらだな……。
ロバートは声と嘆息、それらすべてを封じ込めた。
周りのメンバーでも気付いた者は似たような表情をしている。
“名があっても力なき同盟者など不要”――
彼女たちがそうした危機感・焦燥感を抱いたことをロバートは肌で察していた。
「いえ、今後我らがどれだけ〈パラベラム〉に近付けるかが肝要かと思ったまでです……」
焦りを悟られないためか、言葉を濁すクリスティーナは伏し目がちだ。
こうしたことを考えるところは兄リーンフリートそっくりだ。先般、救出作戦時に交わした内容を思い出す。
――不安はわからんでもないが……。
今まさに目の前で教会軍が地面ごと吹き飛ばされていく姿を見れば、そうした意識を抱いてもなんら不思議ではない。
無論、今回相手にしているのは教会最精鋭ではない。
もしも最前線で魔族と戦いを繰り広げる彼らとの戦いであれば、こうはスムーズにいかなかっただろう。
それでも、たとえ二軍か三軍だとしても、人類最高権威と呼ばれた組織の軍を相手に打撃を与えたことに変化の予兆を感じ取っているのだ。
「できなくはない。……相当な年数をかければ、もしかするとな」
スコットは悩んだ末、やや言いにくそうに口を開いた。
王女ふたりの表情が前半部分を聞いて明るくなり、後半でふたたび曇る。なんとも忙しない。
「「そんなにも……」」
偶然にも少女ふたりの声色が重なった。
「俺たちの世界で何百年もかけて積み上げた技術だぞ? 支援したって何段跳びってわけにはいかねぇよ」
「ようやく鉛の
スコットが頭を掻き、ロバートも補足して遠回しに「諦めろ」と告げた。
「本来は火薬の扱いだってかなりの注意が要るんだぞ? それが定着してないのに砲を作るなんて危なくてならねぇ」
スコットにしては珍しい慎重論だった。
しかし、現実に青銅砲はおろか木砲すら作っていない段階なのだ。
炸裂する砲弾の導入など夢のまた夢。そこは揺るがない。無理をしても敵の前に味方が吹き飛ぶ。
――まぁ、さすがにそこまで指摘はするまい。
〈パラベラム〉メンバーは空気を読んで言葉を選んだ。
「迫撃砲を作る話はさておき、役目が広がるって言うのは塹壕対策ですよね?」
固くなった空気の中でジェームズが理解の声を上げた。
結論の出ない話をしても意味がない。話題を変えようとしたのだ。
少しわざとらしかっただろうか?
いや、焦燥感を覚えているふたりがそれに気付いた様子はない。傍らではミリアが微笑を浮かべていた。
「正解。魔族との戦いは知らないが、人間同士の場合、銃砲の進化によって防御側の体制が変わっていく」
「少なくとも今回の戦で銃の威力やこちらの迎撃態勢は知られたと見るべきだろうな。数年あれば戦も変わるぞ」
思惑に乗ったスコットとロバートが引き続き交互に解説していく。
「でも少佐、そこはよろしいんですか?」
将斗が疑問を呈した。
銃という新兵器を導入したこと、鉄条網や塹壕といった仕組みを採用したこと。
ワイバーン(ヒクイドリ含む)を除けば大きく変わってこなかった戦の形にここで変化点が現れた。
これらは何かしらの対策を打たねば、断片的かもしれないが情報が各国へ流れてしまう。
少なくともマスケット銃は火薬さえどうにかなれば構造的に複製はそれほど難しくない。
「いいも悪いもない。情報を漏らしたくないならひとり残らず殲滅するか、捕虜にして戦争奴隷として鉱山送りにでもするかだ。バルバリアにいい場所があったな」
極めて事務的な口調でスコットは鼻を鳴らした。
「さすがにそれは……。我々の大義がなくなってしまいます」
クリスティーナが懸念を示した。
陥れられた教会への
「我らとしては正直に申して同盟国以外のヒトがどうなろうと関係ない。もちろん、〈パラベラム〉やヴェストファーレンの意見を尊重するが」
一方のリューディアは淡々と語っているものの、長年に
教会のせいで彼らは迫害を受けて来たのだ。そこに与する者たちを人道的に扱う理由がエルフにはない。
殺せと言わないのが彼女にできるせめてもの譲歩なのだろう。
「勘違いするな。なにも『そうしろ』と言ってるわけじゃない」
誤解されても困るのでスコットは発言を訂正した。
元から政治的な判断など下したくない。そういうのは“大佐殿”に丸投げすべき話だ。
「殲滅なんてしてみろ。今度は新人類連合が魔族に匹敵する脅威と認識されかねない。敵を本気にさせるぞ。技術はいずれ漏れる。虐殺者の烙印の方が遥かに厄介だ」
本人なりにニュートラルに言ったつもりだったがイマイチ伝わっていなかったようだ。
態度を見れば考えていないのは丸わかりだが、付き合いの浅いクリスティーナやリューディアにそれを求めるのは酷だった。
「政治的に折り合いがつく範囲――必死にさせないためにも、程々のラインで済ませるのが重要ってことだ。恨みつらみが混ざるとどうにもならなくなる」
端的な物言いになりがちなスコットをフォローしたのはロバートだった。
それを聞いたクリスティーナから安堵の溜め息が漏れる。
「まぁ、工業技術や政治の話は後にして戦の話に戻そう」
――まだまだ自分も未熟だな。
そっと苦笑した巨漢は話を元に戻した。
「今考えるべきは戦を終わらせること、それに伴う連合の知識の習得だ」
本部に詰めている武官たちも先ほどから話を止めて聞き耳を立てているのがわかった。
それぞれに思案顔を浮かべているのを見るに、先ほどの話も無駄ではなかったのだろう。
「……迫撃砲のように、大きい曲射弾道を描いてほぼ垂直に落下するってことは、前方の遮蔽物に防御されても真上から攻撃できるわけでもある」
砲弾の落下角度が垂直に近いほど、弾殻の破片が効率良く飛散するため殺傷効果も高い。
「防御は一般に正面を優先しますからね。上方からの攻撃を想定していないことが多い。実際外を見ればわかります」
将斗が周りにもわかるよう、敢えて嚙み砕いた言い回しをした。
「そうだ。大きな仰角をとるから、砲を今回のように防御陣地内に設置してもそのまま射撃できる。裏を返せば高い防壁や稜線の後背に位置する目標も攻撃できるわけだな」
それを聞いてサシェやクリスティーナ、リューディアは理解を示す。
マリナも今回は戦いに関することだからか何とかついてきている気配がある。煙は上がっているが。
「ついでに、今からでもUAVで確認した本陣の天幕を狙うだけで砲弾が敵司令部を綺麗に吹き飛ばしてくれますがね」
ジェームズがにこやかに微笑んだ。相変わらずイギリス人のジョークはキツい。
「それができないからこうして苦労しているんだろ」
ロバートは耐えきれず苦笑した。
本音ではサクっと片付けたい。
しかし、教会討伐軍のトップは敗軍の将として身柄を確保する必要がある。地面と一緒に耕せば済む賊相手とは違うのだ。
「でもどうなんでしょうね。この世界じゃワイバーンがいます。上空からの攻撃への対策は早期に導入すると思いますが」
ジェームズが疑問を呈する。もっともな意見だった。
「どうかな。検討することと導入できるかはまた別の問題だ。まぁ、迫撃砲対策とワイバーン対策はクロスするところがありそうだがな。攻撃手段は欲しいところだ」
ロバートは腕を組んで唸った。
多くの兵士が籠れる塹壕など、結局最後は地下要塞となる。
これは大砲の実用化よりも更に先の話だ。それを待つわけにもいかない。
やはり、防御よりも攻撃手段が必要だ。力を誇示しなければいけない世界でもある。
「無駄に終わるかもしれませんが、いくつか案はあります」
それまで聞き手側に回っていた将斗がそっと手を上げた。
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