第170話 GunSmoke Insanity


 攻撃命令を受け動き出した討伐軍の展開は早かった。

 さすがは統制された軍隊だ。


「騎馬兵総員! 行くぞ!」


 その中でに突出する集団があった。騎兵部隊だ。


「突き破――」


 歩兵よりも早く、そして彼らが前進する道を作るため、彼らは敵防衛線を食い破らんと突撃を敢行する。


 そんな彼らの前に突如として轟音とともに白煙が発生した。


 再度ダメ押しの命令を叫んだ指揮官の声は鳴り響いた音に飲み込まれる。


「「「なんだ!?」」」


 突然の事態に驚愕を覚えつつも、暴れ出しそうになる馬を宥めようとする騎兵たち。

 その中のひとりも、唸りを上げて近くを飛んで行った“何か”に全身が竦みそうになる。


「無事か!」


 恐怖を打ち消すため問いかけたが、答えるはずの同僚の声がない。


「おい――」


 視線を向けると、左側を走っていた同僚の頭部が弾け飛んでいた。


「――――」


 驚愕の声を上げる間もない。

 肉体の制御を司る部位を失った身体は後方へ倒れ込み、やがて馬から落ちる。

 あまりにも呆気ない死だった。


「騎兵部隊長戦死!」「なにが起きた!」「敵の魔法攻撃か!?」「ばかな! あんな数の魔法使いがいるなんて聞いていないぞ!」


 無事だった兵たちが口々に騒ぎ、新たな混乱が生まれた。

 敵を目前として生まれたそれはあまりにも致命的と言えた。


「ひいっ!?」


 白煙の向こうからふたたび轟音が鳴り響き、新たな犠牲者がいくつも生み出された。

 身体のすぐ近くを通り過ぎていく何かが唸る。運よく逃れた者の心臓が激しく鼓動を打つ。

 正体はわからずとも本能で死の気配を感じ取ったのだ。


「散開! 散開しろ! 固まるな!」

「密度が濃い! 密集してると当たるぞ! 広がれ!」


 騎馬兵は経験から予測を立てた。 


 煙で狙いなどつけられないはずだが、それを一斉攻撃による密度でカバーしている。

 あるいは、当てるつもりなどない牽制もあるのか。


「勢いが死ぬぞ、いいのか!」

「ホントに死ぬよりマシだ!」


 突破力を高めるため、騎兵たちは密集して突き進んで来た。


 曲射の矢であれば早々当たらないと無視して進むが、一撃で致命傷となる攻撃であれば話は別だ。

 あれを受けてはひとたまりもない。


 そもそも、恐慌状態ですでに士気が崩壊しかけている。


「距離を詰めろ! この白煙では相手の騎兵も同士討ちを避ける!」


 指揮を引き継いだ騎士は相手の攻撃手段を魔法と仮定した。


 遠距離から攻撃できるなら、肉薄してしまえば勝手の利かない可能性が高い。

 正体がわからない以上、そこに賭けるしかなかった。正直運任せである。


「取り付けばこちらの勝ちだ!」」


 願望もいいところだがそれしか活路はない。


 何度目かの轟音が生まれ、悲鳴が上がった。


 恐ろしいがそれでもやるしかない。覚悟を決める。


 ところが――ここで謎の兵器が持つ“最大の効果”が発生した。


「ダメだ! 馬が暴れる!」「おい、落ち着け!」「うあああああ!?」「まずいぞ!」


 人間もかなりの混乱状態に陥っていたが、それ以上に馬が連続して襲い掛かる謎の轟音に耐えられなかった。


 主人の命令を無視して暴れ回り、乗り手を振り落とす。

 ひどい場合は馬が転倒してしまい、後続がそこへ突っ込んで多重事故を起こしてしまう。

 何人かの騎兵は馬に踏まれて死傷した。


 騎馬の暴走。これが攻撃以上の損害――まさしく二次被害を生み出した。


「構うな、我らは行くぞ!」


 どうにか馬を制御した何人かの騎兵はそれでも突撃を選んだ。日頃の訓練の賜物だろう。


 一部分でもいい。敵を食い破れば次の選択肢が生まれる。その可能性に賭けた。


「見えた! 馬防柵を越えれば――」


 白煙の壁を越えたところで、騎兵は更なる絶望に叩き込まれた。


「うぉっ!?」


 馬が再びいななき、暴れ出したのだ。今度は押さえ込もうと思ってもどうにもならない。


「何かあるぞ!」「なんだこれは!」


 馬から振り落とされ、兜の脱げた騎兵の頬に痛みが走った。

 露出している肌が切り裂かれている。それだけでなく全身が何かに絡めとられて動けないことに気付く。

 鋭い刃が無数に付いた鉄の茨だった。


「罠だ!」


 叫んだが、すでに周りは犠牲者だらけとなっていた。


 わずかながら斜面を形成する部分には馬防柵に絡まる形で鉄の茨が張り巡らされていた。

 これに馬が足を取られ投げ出されたのだ。


「くそ! 動けん!」


 藻掻けば藻掻くほど余計に絡まってくる。鎧と擦れて不快な音が上がった。


 ――いや、それよりも敵はどこだ!?


 兵士として積んだ経験からどうにか冷静さを取り戻す。

 自分が動けないなら、生ある限り味方に情報を伝えねばならない。たとえ次に自分が死ぬのだとしても。


 そうでなければとても死にきれなかった。


 だが――


「おのれぇぇぇっ!」


 同じ目に遭っている他の兵士から呪いの声が迸った。


「敵は――」


 視線を動かすと状況を理解した。仕掛けられた罠はこれだけではなかったのだ。


 蹂躙するはずだった敵歩兵の姿がほとんど見えない。

 そこでようやく彼は気付く。殺し間へ誘い込まれていたのだと。


 非常にまずい。これでは踏み潰すことはおろか薙ぎ払うことさえできない。

 唯一機動力と突破力を兼ね備えた騎兵が完全に足止めされてしまった。


「敵は斜面の向こうに穴を掘っているぞ!」


 後方へ伝われと叫んだが、それは幾度目かの白煙と轟音によって掻き消された。




「前はどうなっているのだ!」


 最後尾を走っていた騎兵が叫んだ。

 視線の向こうで、またひとりと敵に近付いていた騎兵がやられていく。

 いずれは自分たちもあそこへ差し掛かる。


 ――どれだけ損耗した?


「ここは撤退すべきではないのか……!?」


 そんな言葉が残された兵の中から上がった。

 良くない傾向だ。


 前線に出た以上、敵の攻撃は身分など一切勘案してくれない。ほんのちょっとの運の差で次は自分が死ぬ。

 これまで感じたことがないほど濃密な死の気配を感じていた。


「ここで退いてみろ! 敵前逃亡で処刑されるぞ!」


 仲間から事実上不可能であると突き付けられた。


 討伐軍のトップは教会の僧兵だ。同国人でもない自分たちの撤退を逃亡と見做されれば――


 そして、刻一刻と変化していく戦場での逡巡は致命的な隙と作り出していた。


「ぐあっ!」


 悲鳴が上がった。

 前に進むか退くか、それを決めかねているところに今度は大量の矢が降り注いだ。


「なぜ矢が飛んで来るんだ!」


 気付かぬうちに弓兵の射程にまで入り込んでいたのか。


 いや、違う。敵が逃げ出さないよう


「退け! 撤退だ! 態勢を立て直す!」


 このままでは壊滅しかねない。比較的高位の騎兵が叫ぶが、その判断はあまりに遅かった。


「無理です! 真後ろに歩兵と魔法兵が来ています!」

「我々が動けば彼らを巻き込むか、彼らが孤立無援となります!」


 部下から悲痛な声が上がった。こちらもまた不可能と言われたに等しい。


「な、ならば突撃だ! 食い破れ! 活路は前にしかないぞ!」


 このまま座視しているよりはマシ、イチかバチかの策だった。

 騎馬突撃の利点を殺すことになるが、敵へ肉薄する前に壊滅してしまっては何の意味もないのだ。


「これはまずいぞ……」


 ひとりの騎兵がつぶやいた。

 つられて周りが後方を見れば――軍勢が渋滞を起こしていた。


 今や攻める側の勢いは完全に止められたと言っていい。


「止まるな! 構わず突き進――」


 少なくともここで攻勢を成功させる可能性は潰えた。


 動きを止めた攻撃部隊の頭上へ風を切る音と共に何かが降り注ぎ、彼らの意識は肉体もろともバラバラに吹き飛ばされた。

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