第168話 今は焦らず


「おい、なんだあれ……!」


 ターボシャフトエンジンの音を響かせ、新人類連合クロスノク基地に飛んで来たMH-60L DAPヘリの姿に、初めて見る何人かの兵士たちは目を丸くしていた。


「おまえ知らないのか? 〈パラベラム〉の“兵器”だって話だぞ」


 近くにいた別の兵士が先任面をして小馬鹿にしてきた。

 先に一度目にしているだけなので五十歩百歩なのだが、そういった先駆者感が兵士にとっては気持ちの上で大事らしい。


「“兵器”ぃ!? あれがぁ!? 生物ナマモノじゃねぇのか!?」


 驚愕のあまり「どうでお前もちょっと前で知らなかっただろ」という言葉は吹き飛んでしまった。


「難しいことなんて知らねぇよ。だが、あれもバリスタなんかを複雑にしたものらしい」

「俺は空飛ぶ馬車だって聞いたぞ」

「さっぱりわかんねぇ……」


 技術者エンジニアなど存在しない世界で、“からくり”に興味を持つのはごく一部だ。

 兵士たちの興味はすぐに戦の方――現在自分たちを取り巻く状況に向かう。


「でも、なんであんなもんが? まだ戦は始まってないんだろ?」

「聞いた話じゃ国境警備部隊が攻撃を受けたらしい。ワイバーンが投入されたってよ」

「うそだろ!? ありゃあ魔族戦線に全力で送り込まれてるはずだ!」

「それだけ早くこっちを片付けたいんだろ。北方の兵力をこっちに捻出するのも簡単じゃないはずだ。指揮官も捕虜になったって……」

「どうすんだよ。俺たちにワイバーンなんてないだろ」

「それで〈パラベラム〉が動いたって話だ」

「はー、つまり連中にはワイバーン倒せる手段が?」


 ヘリを遠巻きにした兵士たちが自身の持っている情報を交換する。


 何故兵卒に過ぎない彼らがこうした情報を持っているのか。上層部が意図的に流した結果だ。


「奥の手みたいだけどな。ワイバーン相手でも遅れは取らないって話だ」

「あー、だから“救出作戦”とか言ってたのか」


 普通であれば救出作戦など一般兵にまで知れ渡るものではない。

 しかし、無秩序にやってはかえって不安を煽ることに繋がりかねないが、今回は戦力も惜しみなく投入しており成功する確信があった。

 兵力同士が真正面からぶつかり合う会戦を前にできるだけ士気を上げておきたかったのだ。


「おい、あれ――」


 彼らの興味と驚きは、ヘリから捕虜になったと噂が流れていたクライスナー男爵が降りて来たのを目の当たりにし、また総司令官であるリーンフリート王子が護衛を伴い出迎えた瞬間ピークに達した。


「殿下、この度はご迷惑を――」


「よい。我らではワイバーンに対抗できなかった。それを承知で任地に赴いた卿の献身に感謝する」


 その場に跪こうとする男爵を、リーンフリートは両肩に手を当てて半ば強引に押し留めた。


 今は弱々しく憔悴していても彼は戦って生還した“英雄”だ。

 部隊を預かる以上、責任は確実に存在するが、今はそれを問うべき時ではない。すべてが終わってからだ。


 つまらぬことをしていては何のためにこうして兵士たちの目のある場所に司令官自ら出向いたかわからなくなる。


「も、勿体なきお言葉……」


 毛布に身を包まれたクライスナー卿の言葉は震えていた。


 先ほどまでは現実感が湧いていなかっただけで、まさか助けに来てくれるなど思ってもいなかったのだろう。

 目尻にもうっすらと涙が浮かんでいた。


「とにかく、今は休め。元々卿は騎兵部隊を率いていた。出番も必ずや用意する」


 その言葉と共にリーンフリートが頷くと、付き添っていた兵士たちが介助する形で男爵を本部建物に連れて行く。


「……彼の容態はどうなのです?」


 男爵たちが去るのを見送ってからリーンフリートは問いを発した。


「命に別状はありません」

「医療兵の見立てでは治療を行えば数日で回復するものと」


 救出部隊を率いて男爵を連れ帰った〈パラベラム〉兵士――スコットと将斗が報告した。

 付き合わせる必要もないので突入要員とリューディア、マリナとサシェ、それとSA-15の操作要員は先に引き上げている。


「救出作戦の指揮ご苦労でした、ハンセン少佐、キリシマ中尉。彼には十分な治療をお願いします」


 王子が目線で促し、彼らも本部建物へと戻る。


「勿論です。最高レベルの医療を施します」

「外傷は魔法でどうにかなるでしょうがそこから先は医学の出番です」


 すぐにサシェとリューディア、それにクリスティーナが治療にあたるだろうが、治癒魔法では外傷は治せても疲労までは回復しない。

 ここは点滴や栄養剤――医療技術の出番だ。

 これも兵器だけでない〈パラベラム〉の持つれっきとしたアドバンテージなのだ。


「ご配慮痛み入ります。ところで、敵航空戦力ワイバーンはどうでした」


「まともに戦えば、アレ相手に軍は壊走するでしょうね」


 質問の意味する部分に気付いたスコットは一切の尊宅なく現実を突き付けた。


「……それほどまでのものですか」


 リーンフリートは衝撃を受けたがどうにか平静を保てた。まだここには人の目がある。


「はい。さすがは対魔族戦線を押し上げたとうそぶくだけのことはありますな」

「我々なら倒せますが、それでは根本的な解決にはなりません。いずれは“同等の手段”が必要になります」


 スコットと将斗はチラリと視線を合わせた。


「同等の手段ですか……。そこに〈パラベラム〉の助力は得られないのですね?」


 言葉のニュアンスから意図を察したリーンフリートが表情を曇らせた。


「残念ながら。矢面にならばいくらでも立ちますが」


 スコットは即答した。


 いつまで〈パラベラム〉がこの世界にいられるか、未知数の部分には触れなかった。

 わかりもしない話をして不安にすべきではない。


 しかし、彼らは勇者など比較にもならない異物なのだ。何かの間違いで、世界はまだしも一国程度なら易々と滅ぼしかねないほどの。

 役目が終われば消えてしまっても不思議ではない。


「支援を受ける側が言うのもなんですが……“銃”のように技術供与はお願いできないのでしょうか?」


「数十年かければあるいは。ですが、正直それ以前の問題なのです」


 将斗はやや迂遠な物言いをとった。

 今すぐ対策が欲しいのは理解している。誤解がないよう示しておくためだった。


 巨漢も横で静かに首を振っている。


 ――私では理解しきれていないか。


 リーンフリートはこの場にクリスティーナがいればと思った。


「もしやとは思っておりましたが……。あの“鉄の矢”はそれほどまでのものですか……」


 リーンフリートが言う“鉄の矢”とはファントムⅡのことだろう。


 ――おいおい、ヴェストファーレンに航空機を供与するだって? 論外、不可能だ。


 さすがのスコットも王族相手には心の声を押し殺した。双方立場がある。


「よしんば動かせたとしても維持ができないかと。貴国には技術者エンジニアと呼べる人間がおりません」

「自分たちで最低限の保守ができて初めて戦力化と言えます。ほんの少し前まで剣や槍の穂先を打っていた職人に、複雑なカラクリを理解させるのは酷な話です」


 どうにかスコットが絞り出した言葉を将斗が補足した。

 こういう時、彼は現地人へどのように言葉をかければいいかわかっているようで心強い。


「そうですね……。銃の千倍は複雑だと思ってください。我々の世界でも銃ならおよそ六百年、それに対して航空戦力は百年ほどの歴史です。つい最近現れたものと言ってもいい」


 懇切丁寧に教えてようやくマスケット銃を作り始められるかといった技術水準なのだ。

 遅くてもその三百年後に登場する工業製品をそう簡単に理解できるとは思えない。


「あなた方の世界には――」


「ええ。ワイバーンも含めて魔物はおりませんでした」


 将斗は微妙な表情で答えた。

 魔物がいない代わりに人間同士の争いの激化で大量死メガデスも起きた世界だ。


「我々の世界に竜騎士団があれば世界を席巻していたかもしれません」

 

 最大の問題は対抗手段がないことだ。

 ファンタジー世界における“エポックメイキング”と言っていいだろう。


竜騎士団ドラグナイツの登場がすべてを変えてしまったと。人類全体で見れば悪い話ではないのだろうが……」


「だからこそ我々のような存在が呼ばれたのかもしれません」


 ふとそんなことをスコットは口にした。


 たしかに、ワイバーンは勇者やそれに類する者では撃ち落とせない。

 英雄譚に竜退治のくだりがあるのは、相手が同じ土俵で戦ってくれるからだ。


「技術の専門家ではない者の意見ですが、ざっと考えても魔法に依存しない技術でワイバーンを倒すには相当な水準を必要とするでしょう」


 第一次世界大戦の航空機、有名なフォッカーD.VIIを例にしてみる。

 速度の優劣はさておき、7.92mm弾では翼竜の鱗を貫通できない。

 竜騎士を狙えばと思わなくもないが、小さな搭乗者を直接狙うには相当接近する必要があり、反撃の火炎放射で火達磨になるのがオチだ。


 正直、検討するにも値しない。


「わかりました。今後の課題としましょう。せめて今は勝利を喜びたい。〈パラベラム〉には重ねて感謝を。ワイバーンを倒せた事実だけでも士気は上昇します」


 空から一方的に蹂躙される可能性が低くなっただけでも兵士たちは戦える。


「それだけではありません。味方を見捨てないとわかれば離反も出なくなります。あとは勝つだけですね」


 スコットは答えながら「覚悟を決めたか?」と王子に視線を向ける。

 総大将が泰然と構えていなければ、自然と動揺は兵にまで伝わるのだ。


「ええ。なんとしても撃退しなければなりません」


 頷いたリーンフリートは立ち止まって西方を見据えた。


 青年の雰囲気は、この数か月で随分とらしくなってきた。


 敵はすぐ近くまでやって来ている。支援はするが直接的な勝利は彼らに掴んでもらわねばならない。


 ――焦らずともいい。変化を受け入れた彼らならできる。


 訓練に教導役で参加してきたスコットと将斗はそう感じていた。

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