第167話 そして時は動き出す
「伝令! 緊急です!」
指揮官級が揃った司令室に駆け込んでくる〈パラベラム〉兵士の姿があった。
「通せ!」
鎧姿に身を包んだランツクネヒト辺境伯が言葉を発する。
軍勢の総大将は第一王子たるリーンフリートが務めているが、細々としたことは副将であるランツクネヒト卿が差配していた。
「…………」
この場における〈パラベラム〉最上級者のハーバートも何も言わずに頷いた。
「北西部より非常通信あり! 国境警備任務に就いていた部隊が奇襲を受け壊滅! 指揮官ゲルハルト・フォン・クライスナー男爵が捕虜になったとのこと! 敵戦力にはワイバーンあり! ワイバーンあり!」
「なんと……!」「最初から投入してきたか……!」「魔族戦線の切り札を!」「大丈夫なのか……?」
場に大きな緊張が走る。
少なくともヴェストファーレンとDHUは航空戦力への対抗手段を持っていない。
「無線を配置しておいて正解でしたね」
「なってほしくはなかったがな。……通信が送れたってことは兵は無事だろうが、砦の被害が気になる」
ロバートが声を上げ、ハーバートが応じた。
周りからの視線がそれとなく集まる中、野戦服に身を包んだ〈パラベラム〉の参加者は部屋の隅にいて短く言葉を交わすに留める。
「ということは通信兵を? どこから出したんです?」
「自衛軍の工兵隊から志願を募った。緊急時だからな」
将斗の小声での問いに明石大尉が答えた。
嬉しくない予想通り仕込みが効果を発揮してくれたのだ。
「本部だけに繋がるようにすれば現地人だけで使えるとも考えたが……」
「それは中止に?」
「諸々の理由でな。“紛失”しても後々面倒だ」
「まぁたしかに」
余計な火種は抱え込むものではない。
ヴェストファーレン側が回っていることの方がはるかに大事なのだ。
「我々の備えはどうだ?」
「ひとまずは問題なく。第二大隊にも状況は伝えておきます」
DHU司令官のエリアスと第一大隊長トビアスは様子を窺っている形だ。
此度はバルバリア以上に本格的な連携が必要となる。ここで訓練の成果を見せつけなければならない。
「連中、早速仕掛けて来おったか」「捕虜ということは男爵はおそらく無事と見ていいのか?」「人質として何か要求してくるつもりだろうか」「欲しいのは確固たる戦果だ。おそらく交渉にしても今すぐではあるまい」
「それらも気になるが、こちらの砦はどうなった? 被害は?」
ランツクネヒト卿は周りの言葉に流されることなく伝令兵に問いかけた。
「クライスナー卿には悪いが、少なくとも殺すつもりであればその場でやっている。我々が知るべきは戦への影響だ」
貴族たちの動揺を鎮めるためにランツクネヒト卿はゆっくりと言葉を並べていく。
口には出さないが、今は貴族ひとりの身柄よりもそちらの方が遥かに重要だった。
これ以外にも「これしきのことができなければ〈パラベラム〉だけでなくDHUにも笑われる」という思いがある。
しばしば「三人集まれば派閥ができる」とは言うが、ヴェストファーレンもDHU(内部では酷い有様だが)もどちらがより有用でパートナーに足る存在か〈パラベラム〉に知らしめようとしていた。
今回の戦いで効果を発揮すると思われる兵器の供給問題もある。敵対視するつもりはないが競争相手ではあるのだ。
「地上が焼き払われたのとワイバーンへの対抗手段がないため、指揮官の身柄と引き換えに降伏。兵には最初の攻撃でかなりの被害が出た模様です」
続く報告に場の緊張がより高まっていく。
「頭上からの攻撃など想定していない。そのような存在など恐怖以外の何物でもなかろう……」
ランツクネヒト卿の表情が苦渋に歪んだ。
子供が大人に頭を押さえ付けられるようなものだ。文字通り何もできなかったに違いない。
「しかも火炎攻撃です。生物との相性が非常に悪い」
衝撃が瞬間的に巻き散らされる炸裂魔法なら運が良ければ生き残れるが、高温にじっくり晒される状況では人間は耐えられない。
これは魔法の属性がどうのといった話ではなかった。
「ただ、地下に作られていた避難所と倉庫は深さのおかげで無事、こちらと通信できたのもそれが功を奏しました」
何人かが胸を撫で下ろすのが見えた。
たとえ後手に回ったとしても何もできなかったわけではないのが不幸中の幸いだ。
「敵はどこから来たんだ? それはわかっているのか?」
ランツクネヒト卿は重ねて問いかけた。
大事なのはそこである。策源地がわからなければ何の対策も打てない。
「事前の偵察ではスロブスチアの国境近くに砦があることは掴んでいます。クライスナー男爵はそこに連行されたかと」
「まさかスロブスチアが敵対すると?」
リーンフリートが口を開いた。
隣国が積極的な敵対策を取ると厄介だ。動員も速いため明確な脅威となる。
「現時点で宣戦布告はされておりません。今回の攻撃は教会軍の先行部隊が接収したと推測されます」
「出兵代わりに砦を使わせたというところか。なるほど、隣国に恨みを買うのを避けていると見える」
リーンフリートは意図を理解したとばかりに笑って見せた。
ほとんど虚勢だ。それでも司令官の立場からそうしなくてはならない。
「男爵を救出しなければ」
「しかし……どう見てもコイツは陽動だぞ」
腕を組んだ武闘派貴族のひとりが眉根を寄せた。
「かといって見捨てるわけにもいきますまい。お味方の士気に関わります」
動かなければ近隣領主の寝返りを生みかねない。
勝てる見込みや自分たちが生き残れる算段がつくから味方にいるに過ぎない状況だ。
聖剣教会を相手にするとはそれほどまでの行為なのだ。
「戦力をどこから抽出する。北西部まで派遣するとなるとそれなりの規模になるぞ」
軍全体の話になるためリーンフリートが中身に関わろうとする。
「すでに連合軍は各持ち場に布陣できるよう調整済み。そちらに戦力を割く余裕がない。我々はこちらの戦いに集中するべきです」
慎重派の貴族が消極的な意見を口にした。
王族に
あくまでも本命は今いる場所で勝利することであり、援軍を出さないことを怯懦と罵られる筋合いなどない。そう言わんばかりの態度だった。
「されど、もしも放置しておけば防衛線に穴があきかねません。この砦を突破するのは容易ではないでしょうが迂回されると厄介です」
次に出たのは援軍を出すべきとの意見だった。
予期せぬところにワイバーンを投入してきたのだからそれが続かない保証などないのだ。
リーンフリートはどちらの案に対しても評価を下さなかった。
“
「どの意見を採用する場合にも関わることだが、敵航空戦力にはどう対処する」
場の空気が冷たくなった。
「ただ軍を向かわせても対抗手段がない。その上、派遣軍まで壊滅したなど知れればどうなるか」
どうにもならない時には連合が瓦解しかねない。
王子にはそれが理解できていた。
「――我々の出番ですな」
それまで様子を窺っていたロバートがそっと声を上げた。
上官として同席しているハーバートは発言を止めない。
「〈パラベラム〉が……?」「バルバリアで王城に突入したあの……」「功績は十分だな」「だが相手は空を……」
場がにわかにざわつくが、ロバートはそれらに動じることもなく言葉を続ける。
「ケネディ大佐、戦闘部隊から何名かお借りしたいのですが。“イーグル”に動かせる者がいればなお良しですね」
「何人か出せるぞ。ウチの連中もそろそろ溜まっている頃だ」
同席していたウォルターが賛意を示した。
間者対策ではなく、この砦に詰めている“イーグル”チームは訓練以外にすることがなく暇を持て余していた。
「具体的にどうするつもりだね、マッキンガー少佐」
もちろんハーバートはわかった上で訊いている。
周りの者たちに彼らが何をするのか理解させるためだ。
「すでに戦端は開かれたと見るべきです。向こうがその気ならこちらも然るべき手段に出るべきでしょう。無論、本命は捕虜の奪還ですが」
「
続くこの言葉も答えを理解した上で発している。むしろ、この言葉こそが重要なのだ。
「特殊作戦航空隊にSAM要員を数名、それと――ファントムⅡの使用許可を。これで撃滅して見せます」
「なるほど、
敵の真打とも呼ぶべき兵器が投入されている以上、こちらも出し惜しみするつもりはない
「その砦が敵航空戦力の拠点となっているなら、いずれはこちらにも向かって来る。竜にとっては火を噴くだけでも被害は対地上戦力とは比べるべくもない。早めに潰しておくべきでしょう」
「……よろしい。
ふたりの間で交わされる会話を前にヴェストファーレン側が目を白黒させるだけだ。
そんな彼らでもひとつだけわかったことがある。
彼らは本気なのだ――と。
開戦を告げる狼煙は目立たぬところから立ち上ったが、それだけに後々大きな影響となって表に現れるものとなりそうだ。
――いよいよ自分たちの独壇場だ。
ハーバートも知らぬ間に口元に笑みを浮かべていた。
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