第164話 Blade Dance


 めり込んだ天井を起点として、無数に分裂した光の針が放射状に降り注いだ。

 ひとつひとつに込められた破壊力が射線上にあるものすべてにダーツのように突き立っていく。


「「きゃああああっ!?」」


 間近に迫る死の気配と板一枚向こうを叩く強烈な音に少女たちから悲鳴が上がる。

 離れていてもシンクロするのだから不思議なものだ。


 ――なるほど、たしかにこれはフレシェット弾だ。


 エリックは背中に冷や汗が滲むのを感じていた。


 ショットガンなど比較にもならない面制圧攻撃だった。

 奥の手として使ってきただけのことはある。さすがにあれは素手では防げそうにない。


 いや、それよりも――


「まだ終わってないぞ! 敵は――」


 エリックが言い終わる前に激突音が生まれた。


 拳銃を抜く中で聞こえてきたのは金属同士の鳴き声。

 未だ粉塵が漂う中、魔法攻撃が終わると同時に飛び出した将斗がトドメを刺すべく前進してきた暗殺者と粉塵の中でぶつかったのだ。


交戦中エンゲージ!!」


 将斗からの叫び声が聞こえた。

 これだけ大声を張れるならひとまず無事だ。


 やがて激しく斬り結ぶ両者の動きで粉塵が晴れる。

 あの短い時間で転送したのか将斗の手は日本刀を握っていた。


 対する暗殺者は柔らかな身体の動きで将斗の斬撃を躱していく。


「ジェームズさん……」

「厄介な刺客が送り込まれたね……」


 今は見守るしかない者たちの緊張が高まっていく。


 周知の事実だが、将斗の剣術はかなりのものだ。

 並大抵の相手ならすでに何度斬られているかわからない。それを暗殺者は躱している。


 押されていないのがせめても救いだが――


「あれ?」


 そこでミリアはふと気付く。


「どうしたんだ?」

「いえ、将斗さんの攻撃を回避する動きが少しずつ……」


 閃く刃の距離が段々と相手の身体に近付いていっている。

 そう、。動きにくい格好での戦い方と相手の躱し方に。


 そして――ついに刃と刃が正面からぶつかった。


 避けるのでは間に合わず、受け止めるしかなかった。女の眉が小さく寄った。


「諦めちゃ、くんねぇか……!」


 刃と刃がきしり合う音を立てる中、将斗は問いかけるが相手は反応を示さない。

 目的を遂行せんとする冷徹な目があるだけだ。


 ――こいつは使


 女の細腕と思ったが、やはりここはファンタジー世界。魔力でブーストされているのか互いの膂力はほぼ拮抗している。


 仕方がないので将斗は

 押し切ろうとしていた相手は力のバランスを崩して前のめりとなる。


「……!?」


 将斗は女暗殺者から動揺の気配を感じ取った。


 そこで“サムライ”は確信する。

 暗殺術以外の腕は磨いていても凄腕と真正面から戦った経験がさほどないのだと。


 ここで顎を打ち抜けば――


 どうにか捕縛できないかと動いたところで将斗は違和感に気付く。


 ――反撃がない?


 まるで敗北を認めているようだった。

 同時に脳天まで突き上がるような悪寒。今度は先ほどよりもずっと大きい。


 魔力が急速に練り上げられていくのがわかった。相手の身体の中で。


「おまえっ!」


 相手の意図を察した将斗が吼えた。


「……さようなら」


 初めて声を聞いたと思った時には相手の殺気が膨れ上がっていた。


 外さないタイミングを狙っていたのだろう。最期の反撃として短剣が渾身の力で突き出された。


 叫んだ将斗は迫る刃を安全靴で蹴り飛ばす。

 再び女の袖口から閃くナイフ。本命はこちらだった。


 描く軌道の先にあるは将斗の首筋。とても避けられる距離ではなかった。


「悪いが――」


 そのまま手の中で刀を旋回させ、無茶苦茶な動きで迫り来るナイフを弾き飛ばした。

 一歩間違えれば空振りか、はたまた自分の手首なりを切り飛ばしている。


先約デートの予定があってな!」


 叫んだ将斗は回転する刃を避けて柄を握りしめる。相手の瞳が驚愕に見開かれたのがわかった。


 翻った刃は肩口から入り込んで胸部を大きく切り裂き、最後に脇腹から抜ける。

 鮮血を巻き散らして崩れ落ちた身体は受け身も取らない。ほぼ即死だった。


 術者が絶命したことで、構築されかけていた魔法式が粒子となり、身体から虚空に向けて霧散する。


 そこまで見届けて、ようやく安堵の溜め息が将斗の口から漏れた。


「マサト、怪我はないか? よく阻止してくれた」


 ロバートが駆け寄って来た。隣にはクリスティーナを伴っている。


「少佐、ご無事でしたか」


「みんなのおかげでな。お姫様の方も問題ない」


 答えるロバートの額には汗が滲んでいた。


 隙あれば援護するつもりだったのか拳銃をレディポジションに構えている。


 無理もない。おそらくこの世界に来て一番の窮地だった。

 自分たちだけならまだしも、守らなければいけない対象がいた時点でクモに襲われた時よりも厳しい状況だったのだ。


「新手は――」


 廊下を走る音。

 男性陣が拳銃を構える中、武装した一個分隊が雪崩れ込んできた。


 サポート役に就いていた“イーグル”チームだった。魔法の炸裂音を聞いて駆け付けたのだ。


「無事か!」


 ライフルを持ったウォルターが近付いてくる。


 魔法攻撃なので矢弾フレシェットが残っているわけではない。

 だが、ショットガンを一斉発射したような惨状を見れば誰だって心中穏やかではいられない。


「なんとか。まさか異世界で爆弾テロに遭うとは思いませんでした」


「まったくだ。しかし、不発にできたのは他でもない、マサトのおかげだ」


 労うようにロバートはサムライの肩を叩く。


「生け捕りは無理でしたがね。おそらく――


「ますますテロだな。目的が達成できなくなった暗殺者がやりそうなことだ」


 ロバートが顔をしかめた。地球時代を思い出したのだろう。


 任務達成が困難な場合、取れる手段は限られている。

 強引に遂行する、逃走する、痕跡を残さない。ざっと考えてこのあたりだ。


 まさか生還以外のすべてをまとめて達成しようとするとは思いもしなかったが。


「しかし、ホントお前はよく……」


 ロバートは呆れ返っていた。


「なんだ?」


「サムライの“ご活躍”っぷりがな。とんでもなくいいタイミングで助けに来てくれた」


 興味を持ったらしいウォルターの問いにロバートが笑った。


「おいおい、西部劇の騎兵隊じゃねぇんだぞ。ニンジャにサムライ、お次は拳銃片手にカウボーイでもやるってか?」


 ――そういえば昔、サムライとガンマンを融合させたようなゲームがあったなぁ……。


 まともに答える気もない将斗は唐突にどうでもいいことを思い出した。


「で、何をした……って言うか何があったんだよ」


「暗殺目的の自爆テロだよ。殺意が強過ぎた。守るだけならできたかもしれんが――」


 ロバートは言葉を切って部屋の惨状に目をやる。

 ウォルターもそれである程度察したらしい。


「二段仕込みの“奥の手”にまで対処しきれなかったかもしれん。……マサト、


なんてこったHoly shit……。おまえイカレてんのか?」


 ウォルターは唖然とした。

 普通は得体の知れないものとして回避するくらいしか考えられないはずだ。


「根拠がなかったわけじゃないですよ。地面を普通に転がりましたからね。手榴弾に近いものだと判断しました」


 床が燃えたり落とした衝撃で起爆しない時点でと踏んだ。術者が退避するため時間も必要なはずだ。

 それらを見て将斗は確信したのだ。


「わかっていても普通は身体が動かんぞ」


「うーん……。まぁ、あの状況じゃあ俺がやるしかなかったので……」


 将斗は困ったように笑った。

 簡単に言ってのけるが、とんでもない胆力だ。


「でも、そのおかげでみんな無事だった。おまえがひとりでひっくり返したんだ、胸を張れ」


「たしかに上出来なんてもんじゃねぇな。……ところでなんでコックコートなんか着てるんだ?」


 少しずつ普段の思考に戻り、ウォルターはようやく将斗の姿に違和感を覚えたのだ。


「あー、お出しする料理を運んで来る途中だったんです。妙な気配を感じましたのでそのまま……」


「なんだ、それじゃせっかくのメインディッシュが冷めちまったな。おまえの料理美味いのに」


 淡々と答えながら血振るいをして刀身を鞘に納める将斗と、残念そうにライフルを担ぐウォルター。


 対する教会勢――特に護衛のふたり――は呆然としたままだった。

 ほとんど腰が抜けていた。護衛の役目を忘れたわけではない。それでも思考と身体が追いつかないほどの出来事だった。


「「なんか……とんでもないところに来ちゃったかも……」」


 またしてもふたりの声が重なった。

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